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2011.03.14

「SF水滸伝」 時にはこんな水滸伝(その二)

 水滸伝成分が足りないので禁断症状が出てきたから水滸伝リライト紹介、今回は「SF水滸伝」であります。
 今では江戸文化研究家という印象の強い石川英輔が、「SF西遊記」「SF三国志」などとともに発表したSFパロディものの一作であります。

 舞台となるのは、遙か未来のどこかの宇宙、天球星と呼ばれる惑星。
 高度に自動化され、完全に合理的な判断を行うはずの統治システムが、何故か劣化し、腐敗と悪政が横行する世界に、水滸伝の好漢たちが甦って…という趣向のスペースオペラ(おお、何と懐かしい響き!)であります。

 さすがに百八人の好漢が全員登場とはいかず、登場するのはそのうちの一部――宋江、呉用、林中、公孫勝、魯知深、戸三娘、盧俊義、リキ、武松の九人(表記は作中のものによります)。
 もちろん、舞台が舞台だけに、この九人の能力・来歴も、なかなかユニークに設定されています。

 統治システムの最下層にいながら、天才的なプログラミングの才を持ち、その力で密かに善政を行う<恵みの雨>こと宋江。
 悪人ほど採用されるという人材登用システムの特徴を見抜き、最年少で一等試験に合格した大天才・呉用。
 幻覚を見せたり、考えを読んだりと、相手の脳に働きかける超能力を持つエスパー・公孫勝。
 宇宙軍の天才パイロットでありながら、高求の罠にはめられ、口封じに殺されかけたところを救い出された林中。

 中には、何故かロボット学者の盧俊義や、潜水艦長の魯知深(ただし、潜水艦の名は「二竜号」)など、ちょっと不思議なアレンジの好漢もいますが、おおむね原典の設定を踏まえつつ、いかにもらしい活躍を見せてくれるのは、水滸伝ファンとしては無条件に楽しめるのです。
(特に宋江の、全く無欲の上に他人の長所を見抜く目に優れているため、人材配置の達人という設定は、これは目から鱗)


 しかし本作は、単に原典の設定を、スペースオペラの世界に移し替えただけのものではありません。

 物語の終盤、この世界でも悪役の高求や童貫らの背後に潜む強大な敵と戦うため、九人の好漢は、ついに自分たちが何者なのか、何のために天球星に生を受けたのかを知ることとなります。

 その内容についてはさすがに伏せますが、ここで本作は、単純に物語上の設定を語るのみならず、一種メタフィクショナルな視点を持ち込むことにより、「水滸伝」とはどのような物語なのか、人々が梁山泊の好漢たちに望むものは何なのか、という問いに対する答えをも提示しているのです。
(同時に、何故本作には九人しか好漢が登場しないか、という答えになっているのもうまい!)

 原典を読んだ時、わかったような気分になるけれども、冷静に考えるとよくわからなくなる、百八つの魔星と、百八人の好漢の関係。
 彼らが「水滸伝」という物語の中で、人として生を受けた理由の一端をも、本作は示しているようにすら感じられるのです。


 数十年前に刊行された作品ゆえ、今では少し手に入れにくいかもしれませんが(それでもAmazonなどにはかなり出ています)、水滸伝ファンであれば手にとってまず損のない、ユニークな水滸伝であります。

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