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2011.04.16

「燦 1 風の刃」

 田鶴藩の筆頭家老の子・吉倉伊月は、藩主長城守常寿の二男・圭寿に仕え、平穏な日々を送っていた。だが、鷹狩りの最中、常寿が鷹を自在に操る刺客に襲われ、立ち向かった伊月は拝領刀を折られてしまう。切腹して詫びようとする伊月の前に現れた刺客の少年は、自らを「神波の燦」と名乗った――

 最近は、時代小説プロパー以外の作家の時代小説が増えているのは、時代小説の幅を広げる意味で嬉しいことです。

 本作の作者・あさのあつこは、これまでも幾つか時代小説を発表しており、本作が初時代小説というわけではありませんが、しかし本作が初文庫書き下ろし時代小説であり、しかも伝奇色の強い作品とくれば、見逃せません。

 おそらくは江戸時代後期、江戸から遠く離れた田鶴藩――主人公・伊月は、幼い頃から藩主の二男・圭寿とともに育ち、主従というより親友ともいうべき間柄。
 藩主の子とはいえ、気楽な二男坊の身を良いことに、将来は戯作者志望の圭寿に仕えることに、生き甲斐と喜びを感じ、平和な日々を送ってきた伊月の運命は、しかしある事件をきっかけに大きく変わっていくこととなります。

 鷹狩りの最中、藩主・長城守常寿に襲いかかった謎の刺客。まだ年若い少年でありながら、無数の鷹を操り、そして剣を取っては藩でも有数の伊月を圧倒する武芸の腕前のその相手に立ち向かった伊月は、辛うじて藩主を守ったものの、藩主から拝領した太刀を折られてしまいます。

 不始末を詫びるため、自宅で切腹を決意した伊月。しかし何のつもりか、その前に現れた刺客の少年は、自らを神波の燦(かんばのさん)と名乗ります。
 神波の一族とは何者なのか、燦は何故伊月の前に現れたのか――
 伊月は、父から、想像だにしなかった秘密の数々を聞かされることとなります。

 本作はシリーズものの第一巻ということで、まだ導入部、内容的にも、時代伝奇ものとして非常に独創的というわけではありません。
 終盤の展開も、途中である程度読めるものではあります。

 にもかかわらず、読み始めれば一気に最後まで止まらなくなってしまうのは、人物描写の巧みさによるのは間違いありません。

 本作に登場する人物たちの陰影に富んだ造形――単なる書き割りの人形ではなく、どの人物も(他者の命を顧みない悪鬼のように見えた人物ですら)、人としての情を持ち、それが故に悩み、喜び、苦しみ…それでも生きていく。

 中でも、本作の主人公たる伊月と燦、さらに圭寿を加えた三人の少年の姿は、特に印象に残ります。
 自らの在るべき場所を決め、そこに平和で安逸な未来が存在することを疑ってこなかった伊月。「心のままに生きることを許された者」の名を名乗りながら、過去の一族の復讐に囚われた燦。恵まれた立場にありながら、それを厭い、外の世界を夢見ていた圭寿。

 彼ら三人の人生が、彼らの想いとは全く異なる形で交錯し、動き出し、流されていく――
 それは、なるほど本作の舞台とする時間と空間独自のものではありますが、しかし、その根底に流れる青春の痛みともいうべきものは、現代の我々にも間違いなく通底するものであり、そしてそこに私は惹かれるのです。
 この辺りの呼吸は、間違いなく作者一流のものでありましょう。

 青春ものとして、伝奇ものとして――作者ならではの展開に期待できそうです。


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