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2011.04.22

「越女剣」(その1) 「白馬は西風にいななく」

 武侠小説界の巨人・金庸の作品といえば、やはり分厚い単行本でも数冊にもなる大長編という印象がありますが、その例外となるのが、「白馬は西風にいななく」「鴛鴦刀」「越女剣」の三作であります。
 作品集「越女剣」に収録されたこれらの中短編を、紹介しましょう。

「白馬は西風にいななく」

 両親を盗賊団に殺された少女・李文秀は、カザフ族の村に辿り着く。村の少年・スプと仲良くなった文秀だが、漢人を憎み抜くスプの父に、文秀は己の恋を諦める。そんな中、砂漠に迷い込んだ文秀は、謎の老達人に出会い、その弟子となるのだが…

 集中の約半分を占め、三作の中で最も長い本作は、舞台は一貫として西域、そして何よりも女性主人公という点で、作者の作品の中では異色作であります。

 失われた高昌迷宮を巡る争いの中で両親を殺された末、カザフ族の村で唯一の漢人・計老人に育てられることとなった文秀。
 当時、カザフ族の村は漢人の盗賊団にたびたび襲撃を受け、漢人に厳しい目が向けられる中、文秀は幼い恋を諦め、孤独に暮らすこととなります。

 それから時は流れ、美しく成長した文秀は、盗賊に襲われ迷い込んだ砂漠で、一人の老達人と出会い、なりゆきから彼を師と仰ぐことになるのですが――

 謎の秘宝、父母の復仇、謎の老達人との修行…これらの要素は、言うまでもなく、武侠小説では定番のもの。
 本作でもこの辺りまでくると、ああこの先はこうなるのだろうなあ、という一定の予測はつくのですが、しかし本作はそこから大きく離れた展開を見せます。

 人並み以上の武術を身につけたとはいえ、それはあくまでも成り行き上のこと。文秀は英雄好漢になるつもりはなく、そのメンタリティはあくまでも乙女のものであります。
 自分が漢人だったというただそれだけの理由で引き裂かれたかつての想い人が、いま他の娘と愛し合う姿に、千千に乱れる彼女の心。

 そんな最中、両親の仇の一人が再び彼女の前に姿を現したことで、物語は結末に向かって展開していくのですが…その、いかにも武侠小説的展開の中でも、やはり前面に出てくるのは彼女の、ごく普通の乙女である彼女の視点であり、心であります。

 これは真面目なファンには怒られるかもしれませんが、ヒロインの描写は――男性キャラクターに比べては――今一つの金庸らしく、本作の文秀のキャラクターも、いささか硬いというか、定番の悲劇のヒロインの域を出るところではありません。

 しかし、どちらかといえば他の作品では物語を彩る脇役に過ぎなかったヒロインが主役を務めることで、本作に、他の作品にはない味わいが備わったことは間違いありません。
 ヒーロー不在だからこそ、描ける物語もあるのです。


 そして――二つの民族の間に挟まれた文秀の存在(そしてラストが抱く想い)と、終盤で描かれる高昌王国の運命に、作者が何を託して書いたのかが透けて見えてきます。

 本作が執筆されたのは今から丁度50年前。そして香港返還から20年弱…
 文秀たちは、いまどのように生きているのでしょうか。

「白馬は西風にいななく」(金庸 徳間文庫「越女剣」所収) Amazon
越女剣 (徳間文庫)

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