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2011.04.11

「お髷番承り候 奸闘の緒」

 将軍の子を得るために執拗に働きかける大奥に不審を抱いた四代将軍家綱は、お髷番・深室賢治郎に調査を命じる。その背後には、五代将軍の座を巡って激しく争う綱重派と綱吉派の暗闘があった。その渦中に飛び込む形となった賢治郎は、次々と襲いかかる刺客に風心流小太刀で立ち向かう。

 上田秀人の新シリーズ「お髷番承り候」の第二弾「奸闘の緒」であります。
 第一弾「潜謀の影」では、徳川頼宣が家綱に対して残した言葉を巡る戦いが描かれましたが、振り返ってみれば前作はある意味プロローグ。
 本作のタイトルに「緒」の字があるように、物語はいよいよここから本格的にスタートする印象もあります。

 そしてその物語の中心となるのは、主人公・賢治郎が仕える家綱の後継を巡る暗闘であり、そして争うのは、徳川綱重と徳川綱吉…
 家綱を含め、実にこの三人はいずれも三代将軍家光の子。家光自身がその地位を得ることが出来た長幼の序により、家綱が将軍となりましたが、しかし、それでも天下人の地位を諦めることが出来ないのは人の性というものでしょうか。
 綱重、綱吉本人のみならず、その母、家臣、与する幕臣…その権勢欲は様々な人を結びつけ、巨大な力となってぶつかり合うこととなります。

 そんな争いの中、家綱が杖とも柱とも頼るのは、幼少時に傍におり、そして今は唯一将軍に刃を向けることのできるお髷番たる賢治郎のみ…
 というわけで、賢治郎が主人公として戦う理由は十分過ぎるほどあるのですが、さすがに敵は巨大すぎる上、家綱の命もちょっと漠然としていたため、冷静に考えてみると賢治郎は今回、それほど活躍していないように見えるのが残念なところではあります。

 これは、幕府の権力を巡る巨大な勢力同士のぶつかり合いを描く上田作品にはまま生じ得る事態ではあり、本作の残念な点ではありますが――そしてある意味、上田作品の弱点でもあります――しかし、それを補う魅力となっているのが、賢治郎の成長物語の側面でしょう。

 元々は松平姓の名門、そして今や家綱の直属の配下。そして剣は風心流小太刀の達人という、実に主人公らしい設定ではありつつも、賢治郎はまだまだ若い。
 家綱の目として、手として奔走する中で、彼自身、まだまだ知るところの少なかった世の中の裏表を、彼は目の当たりにしていくこととなります。

 世間知らずの若者が、密命の中で社会の陰影と機微を知っていくというのは、上田作品では重要な要素ではありますが、賢治郎は上田主人公の中でも上記の通り、群を抜いた恵まれた地位にあるのと裏腹に、純粋培養された――そしてその肩にとてつもなく重いものを背負った――青年。
 それだけに、彼の悩みも深く、また成長の余地は大きいのだと思います。

 正直なところ、本作では彼の成長はまだまだ、(前作に続き実に格好良い役どころの)松平伊豆守が嘆息するように、家綱の役に立つよう、間に合うのか、という面もあります。
 しかし、賢治郎の未来の妻・三弥(賢治郎は深室家に婿入りしたのですが、まだ三弥が幼いため現状では名目だけという設定)との、微笑ましくももどかしいやりとりに垣間見られるように、彼も一歩一歩、人間として成長していきます。

 それは、徳川幕府の行方という大事に比べれば、あくまでも小さな一歩かもしれませんが、しかし、それが並行し、交わるのが本シリーズならではのダイナミズムであり、面白さであると…私はそう感じている次第です。

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