「まぼろし姫」
町火消し・い組の頭取・不動の喜兵衛と纏持ちの忠信三次らの前で「まぼろし姫」の語を残して死んだ浪人。さらに喜兵衛の二人の娘のうち、妹のおたまが何者かに拐かされた。一連の事件の背後には、本所菊屋敷に住む菊姫、別名鬼姫の影が…。まぼろし姫の謎を追う三次の身に、次々と危険が迫る!
高木彬光の時代伝奇小説紹介シリーズ、今回は、おそらくは高木時代伝奇小説の一つの頂点であろう「まぼろし姫」であります。
時は天保の頃、外出からの帰路を急ぐのは、纏大名と異名を持つい組の頭取・喜兵衛と、その跡を継ぐと目される好漢・忠信三次ら。彼らが、何者かに斬られて瀕死の浪人と出くわしたことから、物語は幕を開けます。
三次の前で「まぼろし姫」なる言葉を残して死んだ浪人の懐にあったのは、顔を黒く塗りつぶされた高貴な姫君の絵姿。
その絵姿に何とも言えぬ不吉さを感じた三次たちの予感が当たったか、次は喜兵衛の二女・おたまが誘拐され、そこにも、「まぼろし姫」の存在が…
おたまを救い出すため、わずかな手がかりを求めて三次は江戸の町を奔走するのですが――
平賀源内が遺した「源内雑記録」に記された五十年前の「まぼろし姫」事件とは? 事件の陰に見え隠れする美貌の謎の若衆の正体は? 三次や喜兵衛たちを襲う覆面の刺客は何者か?
そして、不吉な本所菊屋敷に住む鬼姫の異名を持つ将軍家息女・菊姫こそがまぼろし姫なのか――?
物語は次々と意外な様相を見せ、炎の中に終焉を迎えることとなります。
この概要を見ればおわかりの通り、本作は――他の高木時代小説同様――時代伝奇小説の王道を行くような作品であります。
その意味では、本作はさして新味がないようにも見えるかもしれませんが、しかし作品を構成する要素の一つ一つが良くできていて、陳腐さというものを感じさせないのが大きい。
登場人物、事件、舞台、小道具…その全てがうまく融合して、良くできた時代怪奇探偵小説というべき作品を、成立させているのであります。
そして今回再読して気付いたのですが、主人公、探偵役を、火消しに設定したというのがまたうまい。
侍ほど戦闘力があるわけでなく、岡っ引きや同心ほど権限や推理力があるわけでない。しかし普通の町人ほど非力ではなく、町内で顔が効き――そして何よりも、危険の中に飛び込むのが日常の職業。
そんな火消しを――時代伝奇もので主役を務めることが非常に少ない職業を――中心に据えた本作は、一種ハードボイルド的な雰囲気すら醸し出していて、どこまで狙ったかはわかりませんが、本作ならではの効果を挙げていると感じるのです。
終盤の展開がやや駆け足となってしまい、それまで作中で積み上げてきたものが、ちょっと勿体ないままに終わってしまった部分はあります。
しかし本作は、今の目で見ても良くできた時代伝奇小説であり、そして冒頭に述べたように、この分野での作者のベストワークの一つと言って良いでしょう。
このクラスの作品を量産できていれば、それこそ第二の角田喜久雄も夢ではなかったのに、いうのは、さすがに贔屓の引き倒しかもしれませんが…
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