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2011.04.02

「鬼姫」

 「サムライスピリッツ新章 剣客異聞録 甦りし蒼紅の刃」「新鬼武者 TWILIGT OF DESIRE」の漫画化を担当していた矢口岳が、「ウルトラジャンプ」誌上で数年にわたり不定期に掲載してきた「鬼姫」シリーズの単行本であります。

 短編連作スタイルで展開される本作の舞台は、徳川家光・家綱の頃の江戸。既に戦国の世は遠く去り、天下泰平の世と思われたその裏面で、新たな戦乱を画策する者たちに抗する者たちの活躍を描く作品集です。

 その本作のタイトルともなっている「鬼姫」、柳生宗冬の娘・於仁(しのぶ)は、うら若き乙女ながら、剣に天賦の才を持ち、そして何よりも、その才を振るうことにためらいのない――それゆえ鬼姫と呼ばれる少女。
 そんな彼女の存在は、既に形だけの将軍家指南役となっていた柳生家にとっては異端の存在であり、そして彼女にとっても、そんな実家と父のあり方は歯がゆいばかりであります。

 そんな彼女が真に敬慕するのは、今なお血塗れの剣を振るい、徳川の世を裏から守護する叔父・十兵衛のみ――
 かくて、於仁は十兵衛の後を追って裏の戦いの世界に身を沈め、血で血を洗う戦いを繰り広げていくこととなります。

 そんな彼女を中心に描かれる物語は、「鬼姫」「蔭狼」「矜宴」「侍舞」「幽鬼」「楽園」「刃舞遊戯」の全七編(正確には「蔭狼」のみ、彼女は登場せず、本作のもう一人の鬼姫というべき、服部半蔵が主人公となる作品)。

 それぞれに趣向を凝らされた物語は、こちらが唖然とするような大ネタ(半蔵が家光を人質に江戸城に立て籠もったり)もあり、また既にデビュー作の頃から達者だった作者の絵柄もあり、期待通りの作品かと思われたのですが――


 しかし、正直に申し上げれば、私にとって本作は、実に残念な作品でありました。

 ほとんど史実を無視したような展開(特に人物の生き死に)は別に構いませんし、中二病的なキャラの言動も許容範囲。
 しかし、そんな物語とキャラクターが乗せられる世界が、いかにも薄っぺらいのです。

 本作で一貫して描かれるのは、太平の世の裏側で蠢き、殺し合う者たちの姿。
 それは、表の世界では生きられず、そして――望むと望まざるとにかかわらず――表の世界を支えるために戦い、戦わされる者たちであります。
 ほとんどのエピソードの冒頭で示される「江戸は穢土なり――」という言葉は、そんな本作の姿を端的に示していると言えるでしょう。

 しかし、残念ながら、本作には裏はあっても表がない。
 鬼姫たちが背を向け、そしてそれを守ることを大義名分とする表の世界、公の世界が、本作の描写からはほとんどすっぽりと抜け去っている――あるとしても極端に偏った描写でのみ描かれている――ために、彼女たちの存在もまた、非常に薄っぺらいものとなってしまっているのです。

 例えば、忍びとしての自らを真っ当するために、望んでその身分を捨て、そしてそうまでして仕えた将軍が、それに値する者でなければあっさりとその命を奪いにかかるという本作の服部半蔵は、その歪みっぷりが実に面白いキャラクターではあります。
 しかし、彼女の行動原理であろう表の世界――彼女が何を守ろうとし、何に絶望したのか――に説得力がないために、結局単なる殺人狂(まあ、彼女たちの中にそういう要素が多分にあるのも事実ですが)が、上っ面だけの台詞を吐いて暴れ回っているだけに見えてしまうのです。

 不定期の連作短編というスタイルゆえの難しさはあるでしょう。しかしそれにしても――
 キャラクターやガジェットの中には、なかなかに目を引くものもあっただけに、非常に口惜しい限りなのであります。

「鬼姫」(矢口岳 エンターブレインファミ通クリアコミックス) Amazon

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