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2011.05.21

「絵巻水滸伝」 第89回「天兵」

 「我々は決して負けない!! All Men Are Brothers」の印象が強く残る最近の「絵巻水滸伝」ですが、先月・今月の第89回「天兵」より、いよいよ田虎との本格的な戦いも始まることとなります。

 河北に勢力を伸ばし、東京を窺うまでとなった晋王・田虎の討伐に向かうこととなった梁山泊軍。
 しかしこれは、梁山泊軍を滅ぼさんとする奸臣たちの罠を逃れるための一種の方便、決して自発的なものではありません。

 そもそも、元々は山賊であったものが、腐敗した官軍に対して異を唱え、国に互する勢力とまでなった、という点では、田虎軍も梁山泊軍と同じ。

 これが遼国のような、大宋国の領土を侵す異国との戦いであれば話は違いますが――しかしその遼国との戦いも、奸臣ばらのためにうやむやのまま休戦とされてしまったのですが――同類が相手では、好漢たちの意気もあがりません。

 かくて、奇妙な空白状態が梁山泊軍に生じることとなるのですが――

 しかし、ここで梁山泊軍と田虎軍の、明確な違いが描かれることとなります。
 駐屯を続ける梁山泊軍を訪れた人々の群れ――それは、田虎軍に家を、財産を、家族を奪われた人々でありました。

 王を僭称しても緒戦は弱き者からの略奪で暮らす賊徒。いや、王の下の軍も、田虎軍に抗おうとせず、それどころかやはり弱き者から略奪を行う始末…

 そんな中で、難民たちが梁山泊軍を頼ったのは、それは梁山泊軍が梁山泊軍であるからに他なりません。
 替天行道の旗印の下、弱きを助け強きをくじく好漢たち――それが梁山泊であるならば、似ているように見えた梁山泊軍と田虎軍は、水と油であります。

 今回の副題となっている「天兵」とは、本来の意味は天子の軍、朝廷の討伐軍のことであります。
 しかしながら、ここでいう天兵は、天に替わりて戦う軍、弱き者のために天が遣わした軍と解すべきなのでしょう。


 かくて、戦う理由を悟った梁山泊軍の進撃が始まることとなります。

 田虎軍の前線基地である蓋州を奪うための緒戦として、陵川城と高平城を攻める梁山泊軍。
 呉先生のうっかりで思わぬ事態に陥りつつも、一度勢いに乗った梁山泊の豪傑たちを止めることはできません。

 正直なところ、第二部に入ってからは、対官軍戦、対遼国戦と、どこかすっきりとしない戦いが続いていたように感じられる本作ですが、しかし今回の戦いぶりは、実に爽快かつ痛快の一言。
 それは彼らが自分自身の(生存の)ためではなく、他者のために戦っているからではないでしょうか。

 はからずも梁山泊の梁山泊たるゆえんを見せてくれた今回――
 あまりにも梁山泊が格好良すぎる、理想的すぎる、と感じる向きもあるかもしれませんが、これはこれで、我々が見たかった梁山泊でありましょう。
(考えてみれば、原典の田虎編自体、ファンの要望に応えて追加されたエピソードであります)

 ラストには意外な(しかし原典ファンにはお馴染みの)人物も登場し、早くも盛り上がる田虎編。
 今回は直接登場しなかった瓊英の動きも気になりますし、まだまだ田虎軍の本気もこれからでしょう。

 それでも決して負けない、我々に元気を与えてくれる梁山泊の姿を楽しみにしようではありませんか。


関連サイト
 キノトロープ 水滸伝

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