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2011.05.06

「杖術師夢幻帳」

 鹿島神宮で開かれる奉納試合に出場するため、久しぶりに鹿島を訪れた夢想権之助。しかし試合の陰では何者かによる陰謀が進められ、異形の忍びたちが蠢いていた。権之助を追ってきた宮本武蔵たち友人の力を借り、奉納試合に臨む権之助だが、敵の真の目的は、権之助たちの想像を絶するものだった。

 色々読んでいるつもりでも、不思議とすれ違って今まで読めなかった作品というものがたまにあります。
 本作「杖術師夢幻帳」はまさにその一つなのですが、いやはや、今まで読んでいなかった自分を恥じる次第です。

 本作の主人公・夢想権之助は、後に現代にまで残る神道夢想流を開いた杖術の達人。
 しかしそれ以上に、宮本武蔵のライバルの一人として――そして同時に武蔵の数少ない(?)友人の一人として知られる人物でありましょう。

 そんなわけで、小説などに顔を出す機会は多いものの、主役を務めることは存外少ない権之助の数少ない主演作品――それが本作であります。

 本作の権之助は、眉目秀麗にして、剣術杖術の達人。しかしそれを鼻にかけることなく――というより純粋に武術バカで――あくまでも折り目正しい好青年、というキャラクター。
 それゆえか、かつて対決して破れた武蔵とも不思議に馬が合い、同輩や後輩に慕われ、それどころか追っかけの女の子たちまでいるという、本人の思惑とは無関係なところでずいぶんと周囲が賑やかな人物であります。

 その権之助が、兵法の大々先輩である松岡兵庫助――かの塚原卜伝から「一の太刀」の直伝を受けた人物であります――が開催する鹿島神宮の奉納試合に出場を決意したことから、物語は幕を開けます。
 鹿島神宮といえば、言うまでもなく兵法武術の神であり、その奉納試合ともくれば、出場者・道場の思惑が複雑に絡むことになります。

 しかし権之助を襲うのは、そんなレベルを超えた危難の数々。常人の域を超えた奇怪な術を操る忍び集団・帷母衣衆、武蔵に遺恨を持つある兵法者集団(これがまたそうくるか! というチョイス)、そしてそれらの背後に潜む、意外な、そして恐るべき真の敵…
 権之助が、武蔵――ちなみに本作の武蔵は、辻風隼人を斬ったために柳生一門に付け狙われ、やむなく権之助を訪ねて鹿島に来たという設定も面白い――が、仲間たちが、この強敵たちに挑むことになるのですが…

 と、ここまででも本作は十分以上に面白い。敵の技などに、先行する作品の影響が見えるようにも思われるものの、権之助の杖術、武蔵の剣術等々、様々な武術の描き分けに加え、昔懐かしの、超人的な、しかしロジカルな忍法を操る忍者たちとの死闘は一種トーナメントバトル的で、全編のかなりの割合を決闘場面が占めるにもかかわらず、だれることがありません。

 しかし、本作の真の魅力は、ここから先にあります。
 ついに正体を現した敵の黒幕――その正体がまた、時代もの・剣豪ものファンであれば唸らされること必至の人物ですが、しかし本作で設定された、その更なる正体がまた凄い――が奉納試合を狙う真の目的。
 神代にまで遡る因縁を基にした、その壮大さにも驚かされますが、しかし、事件がそこまでスケールアップしながらも、きっちりと権之助自身の戦い、彼が挑むべきものとして描かれる点に、私は大いに惹かれました。

 権之助は、そして武蔵は、ある意味過渡期に生きた兵法者であります。
 戦国の遺風は残りつつも、天下はほぼ統一され、戦乱が過去のものとなりつつある時代。兵法者がその技を実戦で振るい得た時代と、その力を行使する場がなくなり、新たな形を模索せざるを得ない時代。
 権之助たちは、この、兵法が、兵法者が大きくそのあり方を変えつつあった時代の人間なのです。

 そして本作で彼らが敵の陰謀を通じて直面するのは、まさにこの事実であり――そしてそれを通じて、自分は何のために武術を修めるのかという、根源的な問いかけを自らに課すことになりますす。
 血沸き肉躍る伝奇活劇でありつつも、単なる形だけではない、精神面にも目を向けた剣豪小説として、本作は成立しているのであります。


 ここまでくると、(誠に失礼な言い方ではありますが)本作が発表されたレーベルの対象読者層がどこまでついてこれるのか、いささか心配になるところであり、その不幸な予感が的中したと言うべきか、本作がファンタジア長篇小説大賞の準入選となりながらも、作者がその後作品を発表した形跡はありません。

 時代が早すぎたと言うべきか、ソフトカバー時代小説が一定の地歩を占めつつある現在であれば…と大いに口惜しく思う次第であります。


 しかしそれでも、本作の面白さは残ります。
 冒頭に述べたとおり、本作を今まで読んでいなかった私が言うことではありませんが、剣豪小説ファン、時代伝奇ファンであれば、今からでも遅くはありません、是非本作を手に取っていただきたいと…そう願う次第です。

「杖術師夢幻帳」(昆飛雄 富士見ファンタジア文庫) Amazon

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コメント

この作品発直後読みました。宮本武蔵だけでなく、権之助ギャルズの活躍とか見どころはあるのに・・・富士見ファンタジアの長篇小説大賞は『東北呪禁道士』(大林憲司), 『西域剣士列伝 天山疾風記』(松下寿治)『戦鬼-イクサオニ―』(川口士)と結構伝奇的な物もありますが、全員その後は恵まれず埋もれている物も多いですね。まあ、『戦国異形軍記』(葛西伸哉)のように刊行されないよりマシですが(笑)。

投稿: ジャラル | 2011.05.08 14:31

おおう、「戦鬼」は手元にありますが(しかし積ん読)、あと二冊は全くチェックしておりませんでした…
いや本当にライトノベルにおける時代ものは、数は少なくないんですが不遇ですね…

僕はいまだに「エクスカリバー武芸帳」の続編を待っているのですが

投稿: 三田主水 | 2011.05.15 23:52

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