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2011.06.12

「伊達人間」第2巻 突っ込むだけ野暮の…

 天上天下唯我独尊な伊達政宗が、並みいるライバルや史実もなんのその、と暴れまくる「伊達人間」の続刊であります。
 天下一のブランド・RIKYUを巡り、政宗と奇っ怪人間たちのバカバカしくもイキなバトルが展開される…のかなあ?

 とにかく格好良く生きることが第一の伊達政宗が、紙面狭しと駆けめぐる本作――第1巻のラストで、天下一のブランド・RIKYUと因縁があることを知り、日本中のRIKYUを集めることを決意した政宗ですが、まあ真面目に集めるわけがない。

 米沢を訪れた放浪画家・永徳と絵画勝負を始めたり、謎の忍び・風魔小太郎に狙われて一大トラップ作戦を展開したり、天下一の歌舞伎人間・前田慶次郎と無茶苦茶な意地の張り合いをしたり――
 毎度毎度ド派手でおバカな騒動を繰り広げた末に、いつの間にか政宗が勝利を収めるというパターンは共通ですが、とにかく漫画は画力だねえ…ということをこれだけはっきりと感じさせてくれる作品も珍しい。

 荒っぽいようでいて乱雑ではない、描き込まれているけどわかりにくくない、単なるイラストではなく、動きのある漫画として、政宗が大見得を切っている姿を見るのだけでも面白い。
 時には豪快すぎる大ゴマ…というより見開きの連続も、本作においては見事にはまっているのが不思議と言えば不思議、納得と言えば納得であります。

 その豪快なパワーに接していると、史実無視、時代考証無用の世界観も気にならない、そんなことを突っ込むだけ野暮――などと書くと、普段このブログで書いているものの手前、色々まずいかもしれませんが、むしろ口うるさい人間にもそう思わせるだけの作品と思っていただければと思います。


 とはいえ、どうにも感心しないのは、個と個のぶつかり合いの描写に比して、個と集団あるいは集団と集団のぶつかり合い――簡単にいえば、合戦部分――の描写があまりにお粗末な点。
 いくら「そういう漫画」ではないとはいえ、それまでの描き込まれていた作品世界が、いざ集団を描く部分になると、途端に書き割りのようになってしまうのは、もしかすると政宗の存在を引き立てるための描写なのかも知れませんが、どうにもいただけません。

 この辺り、(こういう表現は好きではありませんが)悪い意味で戦国BASARA的だなあ…と感じてしまった次第です。

 もう一つついでにうるさいことを言えば、対前田慶次戦の伊達者戦隊ドクガンジャーは、パロディにもなっていない、狙っている以上の、悪い意味の痛々しさがあって辛かった…
(豪快かつヒドすぎるオチには爆笑したのですが)


 と、野暮と言いつつ色々書いてしまいましたが、そのバランスの悪さも含めたものが、もしかすると本作の狙いどころなのかも知れない――
 と、この気分はまるで、結果オーライ的に暴れ回る政宗を、時に呆れ、時に期待しながら見守る片倉小十郎のようだと我ながらおかしいのですが、やはり目が離せない作品であることは、少なくとも間違いないのであります。

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