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2011.06.16

「チュウは忠臣蔵のチュウ」 忠臣蔵という名の地獄で

 元禄十四年三月、松の廊下で浅野内匠頭は吉良上野介に刃傷に及んだ。内匠頭が江戸城中の秘事を目撃したと考えた柳沢吉保は、綱吉を動かして内匠頭を切腹させる…が、内匠頭は何者かに救い出され、生きていた。そうとは知らぬ大石内蔵助以下赤穂浪士は、成り行きから吉良邸に討ち入るのだが…

 昔ほどではないにせよ、毎年十二月になると、TVやら映画やら、何かしらの形で取り上げられる「忠臣蔵」。
 時代小説でも、毎年何作かは、忠臣蔵を題材とした作品が発表されております

 さて、この「チュウは忠臣蔵のチュウ」もその一つ。奇妙なタイトルと、とり・みきによるカット、そして何よりもその作者から、コミカルで、パロディめいた印象を受ける作品ですが、しかしそこで描かれるのは、忠臣蔵という物語そのものを揺るがしかねない、恐るべき問いかけであります。

 確かに、冒頭で描かれる、本当に鮒めいた容貌の内匠頭を初めとして、色々な意味で厭な人間描写や、馬鹿馬鹿しくもしょうもないコメディ展開の数々は、いかにも作者らしい内容でありますし、その一方、忠臣蔵物語の背後で進行する、途方もない伝奇展開には目を奪われます。

 浅野内匠頭が、理不尽なほど早急なお裁きで即日切腹された理由からしてとんでもないのですが、そんなものはまだまだ序の口。
 何しろ、実は生きていた○○○○が××××を影武者に使って、内匠頭を救い出してしまうのですから…!

 ○○○○の目的は、こともあろうに幕府転覆。内匠頭が目撃したある事実を武器に、彼は幕府に揺さぶりをかけ、その権威を失墜させようと計画していたのであります…が、内匠頭の方は、窮屈な大名暮らしから解放されたのをこれ幸いと、遊び暮らす毎日。

 そうとは知らぬ赤穂藩士たちは、己の考えというものを持たず、その時のノリと周囲の声でコロコロと態度を変える――それでいて人を動かす勢いだけはある――大石内蔵助に散々振り回された挙げ句、ついに吉良邸に討ち入ることになるのですが…


 さて、こうしたパッと目に入る部分の背後に存在する本作の真に恐ろしい点は、内匠頭の死という物語の始点をすっとずらすことで、忠臣蔵という物語の一切を無意味なものとしている点でありましょう。

 何しろ、仇討ちの原因となる被害者が、ピンピンとしている…どころか、自分の仇討ちになど全く興味を持つことなく、遊び惚けているのですから意地が悪い。
 そんな主君の仇を討とうと苦心惨憺する赤穂浪士、彼らの一挙手一投足に注目する大名や幕閣、そして彼らに声援を送る一般大衆――真実を知らぬとはいえ、そんな空っぽの忠義のために振り回される人々の姿は、喜劇を通り越して、恐怖すら感じさせます。

 実に、忠臣蔵という物語は、客観的に見てほとんどの登場人物が不幸となる物語であります。
 確かに四十七士は己の行為に満足して死に向かったかもしれませんが、果たしてそれにいかほどの意味があったのか。会ったこともない主君、短慮から一国を潰した主君に対して、己の生を投げ出す必要があったのか。
 更に彼らの晴れ舞台のために、涙を呑んだ人々は、本当に報われたと言えるのか。そして、希代の悪役とされた吉良上野介は…

 この、忠臣蔵という物語の背後の地獄絵図を克明に描き出したのは山田風太郎の一連の忠臣蔵ものでありますが、その試みを遙かに超え、仇討ちの根拠を抹消することで、忠臣蔵を忠臣蔵たらしめる要素を、容赦なく破壊しているのです。
(作者には桂昌院に宿った九尾の狐と、それを滅ぼさんとする者の争いが、ほとんどとばっちりの形で赤穂浪士討ち入りに発展していく「元禄百妖箱」がありますが、本作はその残酷さをさらに先鋭化したものと言えます)

 本作のこのドラスティックな構図――さらにいえば、並行して描かれる伝奇物語――によってあぶり出されるのは、忠臣蔵という物語の背後に存在する、封建社会の矛盾と欺瞞、そして、そこで消費されていく人間性の姿であります。

 物語の終盤、あまりにも意外などんでん返しの連続の果て(何しろ△△△△△まで生存して…)に、ついに自分が真に討つべき相手を見出した大石内蔵助。
 自分というものを持たなかった彼(それ故の大石のキャラクターだったか! と驚愕)が、最後の最後に上げた叫びこそは、本作で描かれた地獄絵図の中で、人間性を取り戻さんとする人の意志にほかなりません。

 コミカルな忠臣蔵パロディとして、奇想天外な伝奇物語として…そのどちらとしても楽しめる作品でありながら、その背後に恐るべき姿を秘めた本作。必読の作品であります。

「チュウは忠臣蔵のチュウ」(田中啓文 文春文庫) Amazon
チュウは忠臣蔵のチュウ (文春文庫)


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