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2011.06.24

「忍び外伝」 恐るべき秘術・煙之末

 伊賀の上忍・百地丹波の下人だった文吾は、寺で幻術を見せていた老人・果心居士の術で、何処ともわからぬ空間に誘われる。そこで文吾が見たのは、かつて彼自身が経験した伊賀の里での日々と、その伊賀が織田信長の大軍により壊滅する姿だった。そこで彼が見たものとは…

 第1回は受賞作なしという、意表をついた結果で驚かせてくれた朝日時代小説大賞の、第2回受賞作であります。
 題名自体はさして印象に残るものではありませんが、しかし蓋を開けてみればこれがなかなかにユニークな忍者ものであり、大いに楽しませていただきました。

 本作で描かれる史実上の出来事の中でも最大のものである天正伊賀の乱――天正7年(1578)と天正9年(1581)の、織田軍による伊賀攻撃――は、戦国時代の忍者を描いた作品ではかなりの高確率で登場する戦いであり、その意味では定番の題材と言って良いでしょう。

 さて、本作の主人公は、幼い頃に父母を亡くし、百地丹波(三太夫)の下人として、その術や知識を伝授された文吾。
 やがて熟達した忍びとして成長した文吾は、勝ち気な娘・お鈴を弟子として育てながら、忍びとは何か、という想いを抱くようになります。
 さらに、最高の忍法として知られる煙之末の謎、広がっていく織田軍との戦い、そして、丹波と彼の謎めいた後妻・お式の奇怪な行動の数々――様々なものに翻弄されながら、文吾は懸命に生きるための戦いを繰り広げるのです。


 …と、本作は、そんな文吾の姿を、いささか入り組んだ時系列で描きます。

 そもそも、この物語は、伊賀の乱が終結した後、戦いを生き延びた文吾が、怪老人・果心居士と出会う場面から始まります。
 果心の術中に陥った文吾が、その中で、己の過去を振り返るという形で、物語は展開していくことになるのです。

 この手法自体はさして珍しいものではないように思われますが、しかし、これが単に過去を描くための方便に過ぎぬものかと思っていれば、さにあらず。
 この冒頭の展開の時点で、既に本作の中核をなすものが示されているのですから――

 実に、本作の根幹を為す秘密が解き明かされる終盤の展開は、驚きの一言に尽きます。
 その詳細をここで述べることはもちろんできませんが、しかし、秘術・煙之末の正体が明かされることにより、これまで自分が目にしてきた世界ががらりと変わり、その背後に存在していたもの、直接的・間接的に自分たちに干渉し、動かしてきたものが浮かび上がるインパクトたるや…

 なるほど、この内容には賛否両論なのもよくわかります。
 地に足のついた忍者ものと思いきや、それが○○ものになるのですから、それは確かに期待を裏切られたと思う方もいるでしょう。

 しかし私のような人間にとっては、この展開はむしろ望むところ。何よりも、この作品が時代小説大賞を受賞したということ自体が、個人的には実に痛快なことであります。

 確かに、結末などは、この構造が仇となったような食い足りなさがあります。それまでそれなりに描かれてきた、登場人物たちが、その場に放り出されてしまう印象もあります。その意味では、瑕疵も多い作品なのですが…
 それでも不思議に心に残る、これはそんな作品であります。

「忍び外伝」(乾緑郎 朝日新聞出版) Amazon
忍び外伝

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