「武蔵三十六番勝負 4 風之巻 決闘!巌流島」 ただ生きる/死ぬことのみのために
己の命を狙っているという養父・新免無二斎を返り討ちとするため、九州に渡った武蔵。そこで宗立なる茶人と出会った武蔵は、宗立の別荘でしばし過ごす。一方、武蔵を執念深く付け狙う猿飛佐助は、次なる刺客・佐々木小次郎に接近し、己の体で小次郎を籠絡する。武蔵と無二斎、小次郎の対決の行方は…
死にたがりの武蔵が、戦国の余塵漂う世界を放浪する異形の武蔵伝「武蔵三十六番勝負」もいよいよ佳境。
第4巻である本作では、いよいよ武蔵は佐々木小次郎と激突することとなるのですが――
真田十勇士との死闘を越えた武蔵。彼は、養父・新免無二斎が己の命を狙っていると聞かされ、返り討ちにするために九州に渡ります。
無二斎は、かつて武蔵が実父を殺したのを目撃した人物。武蔵が罪の意識に取り憑かれ、死にたがりとなった忌まわしき父殺しのことを知る無二斎は、いわば事件の象徴であり、たとえ武蔵の命を狙ってこなくとも、いずれ武蔵が倒すべき存在であります。
…何とも血なまぐさく、やりきれない関係ではありますが、それが本作の武蔵という男。
死を望みながら生にしがみつく、矛盾した生き様を見せる彼にとって、無二斎を斬ることは、あるいはこの修羅の輪から抜け出す最後の機会と言えるかも知れないのです。
もちろん、そんな理由で命を狙われる無二斎こそいい面の皮ですが…
そんな陰惨かつ宿命的な対決が迫る一方で、登場する新たな刺客――それこそが、佐々木小次郎であります。
武蔵といえば小次郎、言うまでもなく幾多の武蔵物語で宿敵として描かれてきた小次郎ですが、しかし、本作の小次郎は、一風変わった形で描かれます。
本作において、武蔵と小次郎は、一面識もなければ、(少なくとも武蔵の側には)命を賭して戦う理由もない。
そんな二人が、何故船島(巌流島)で決闘を行うに至ったか…
そこには、真田十勇士が一人・猿飛佐助の存在があります。
真田幸村の命で武蔵に接近し、時に彼を助け、時に彼を襲う佐助。そんな最中、次第に武蔵に惹かれるようになった彼女(本作の佐助は女性であります)は、そうでありながらも、いや、それだからこそ、武蔵の命を奪わんとします。
小次郎はそのためだけに佐助に籠絡され、武蔵を宿敵と信じ込んで、刃を向けることとなります。
この辺り、小次郎がビジュアル等の点でこれまでのイメージを踏襲しているだけに、何とも情けなく感じられるというか、残念ではあるのですが、しかしこれはもちろん、計算の上でしょう。
確たる目的を持たず、生きる/死ぬことのみのために、己の刀を振るう武蔵――そんな彼に対して、本来であればヒーロー的な存在感と目的を持ちながらも、その依って立つところは実は脆弱な小次郎を配置する皮肉さが、いかにも本作らしい。
(それであるならば、もう少し早く両者の対比を見たかった、という印象はもちろんあるのですが)
そして、その小次郎が――京の吉岡一門同様――単なる刺客として消費される虚しさもまた、本作の特徴でありましょう。
考えてみれば、武蔵が家康に命を狙われることとなったのは、刺客となることを(なりゆきとはいえ)拒否し、己の道を歩んだため。
果たして剣士はなんのためにその剣を振るうのか――ある意味、作品全体を貫くこの問いかけに武蔵が答えを見出したときが、彼の旅の一つの終わりとなるのでしょう。
おそらくはあと一巻、その答えに期待したいと思います。
「武蔵三十六番勝負 4 風之巻 決闘!巌流島」(楠木誠一郎 角川文庫)
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