「霧こそ闇の」 人外の闇と、人の心の光と
戦国時代の大和を治める筒井順興に仕える典医・義伯の女房・狭霧には、幼い頃から物の怪を見、退治する力を持っていたが、夫以外にはその力をひた隠しにしていた。しかし、病で命を落とした順興の子の怨霊が二人の子に祟ったことをきっかけに、狭霧は筒井家を巡る争いの中に巻き込まれていく…
メディアワークス文庫は、実はほぼ毎月のように時代小説、それもなかなかにユニークな作品を刊行している、私のような人間にはまことにありがたいレーベルです。
本作「霧こそ闇の」も、その一編。あの上田秀人が帯に推薦の言葉を寄せるだけあって、見事な時代伝奇小説であります。
戦国時代初期の大和…その地を治める筒井家中興の祖であり、後の順慶の祖父である順興に仕える典医の女房・狭霧は、幼い頃から兄姉同然に育った夫・義伯との間に一子を設け、慎ましくも幸せな暮らしを送る毎日。
しかし彼女には夫のほかには決して明かせぬ一つの秘密がありました。
彼女は、幼い頃から人には見えぬ物の怪を見る力、そしてそれを祓う力を持っていたのです。
文字通りの病魔を見破るその力でもって夫を助ける狭霧ですが、しかし彼女のその力の源、そして彼女の正体は、彼女自身も知らぬ
思わぬもの。
順興の幼い子が病で倒れ、怨霊と化して狭霧の子に憑いた事件をきっかけに、彼女は、己の宿命と向き合うことを余儀なくされるのです。
しかしそれは夫にも知られてはならぬ、いや知られた時には、最愛の夫と息子とも別れねばならぬ恐るべきもの。
女として、母として、妻として、彼女は己の秘密を守り、夫と子を守るため、筒井家を次々と襲う暗雲に、一人挑むことになるのですが――
本作のもう一つの特徴は、そんな彼女の孤独な戦いと平行して、筒井家自身が隠し持った闇の存在が描かれる点であります。
天児屋命の末裔を自称する筒井家は、実は代々加持祈祷と呪詛の力でもってその勢力を維持し、伸張してきた家系。それゆえか、その前に立ち塞がる者もまた、奇怪な呪術を用いる者なのです。
そしてここにおいて、家族を守るための狭霧の戦いは、大和の覇権を巡る筒井家の戦いと重なっていくこととなります。
狭霧と筒井家――小と大、二つの闇の力が、縦糸横糸となって絡み合った末に浮かび上がるのが、本作の物語と言えるでしょう。
こうした趣向は、真面目な向きには敬遠されるかもしれません。確かに、順興やその敵が、当然のように呪術を用いる世界観は、そういうレーベルであるということを考えに入れなければ、受け容れがたいものがあるかもしれません。
しかし、超自然的な闇の世界を描くことにより、改めて浮かび上がる自然の光の世界も、当然あります。
人の命が塵芥のように消費されていく戦国の世にあって、何故狭霧が己の命を削ってまで、必死の戦いを繰り広げたのか。
彼女の宿命を知れば、むしろ皮肉ですらあるその答えは、しかし、人という存在の中に確かに存在する善き部分、美しき部分を、闇の中に輝かせたものであるのです。
そしてそれは、本作の結末に描かれる、戦いの中で翻弄された者が最期に見せたはかなくも美しい輝きと、確かに重なり合うものであります。
人外の闇の中に、人の心の光を描く――それは、伝奇小説というスタイルが持つ力でもあるのです。
「霧こそ闇の」(仲町六絵 メディアワークス文庫) Amazon

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