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2011.07.30

「劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者」 虚構の中に現実を見据えて

 1923年、ドイツではナチス党が勢力を伸ばし、武装蜂起を計画していた。ナチスに協力するトゥーレ協会のエッカルトは、伝説の理想郷・シャンバラの力を掌中に収めんと暗躍。しかしそれは錬金世界・アメストリスへの門を開くことに他ならなかった。ただ一人こちら側の世界で生きるアメストリス人・エドワードは、その野望を知るが…

 先日公開された「劇場版 鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星」。こちらはTV版二作目の「鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」の劇場版ですが、今回取り上げるのは、その約6年前に公開された、TV版第一作目の劇場版である「シャンバラを征く者」であります。

 「鋼の錬金術師」は異世界ファンタジー、このブログの守備範囲とは最も遠いところにある作品でありますが、しかしここであえて取り上げる理由の一つは、本作が紛うことなき、過去の世界を舞台とした伝奇ものであるからにほかなりません。

 TV版第一作のラストで、錬金世界・アメストリスから、ただ一人、門の向こう側の世界――我々の住む「現実世界」へと飛ばされた主人公・エドワード。
 それから2年後、彼は弟を思わせる風貌の少年でロケット開発に夢を燃やすアルフォンスとともに、ミュンヘンで暮らしておりました。
 時は1923年、第一次大戦後のインフレから貧困にあえぐ人々の間で、ナチスが勢力を伸ばしていた時代――それでもエドワードにとっては、他の世界の出来事、彼は何とかしてアメストリスに帰ろうとするものの、その手がかりすら掴めぬ焦燥感が、やがてあきらめに変わりつつありました。

 そんな彼の前に現れたのは、触った相手の心の中を見ることができるロマ――ドイツではジプシーと呼ばれ差別される――の少女・ノーア。
 そして自らを「マブセ」と呼ぶおかしな映画監督に、謎の女性・エッカルトに率いられるオカルト結社・トゥーレ協会…
 ナチスと協力関係にあったトゥーレ協会の狙いは、向こう側の世界・シャンバラ(=アメストリス)の門を開き、その優れた技術力を以て、ナチスの蜂起を助けること。その企みを知ったエドワードは、陰謀を阻むべく奔走するものの、思わぬことから、門は開き、二つの世界は繋がってしまうのですが…


 シャンバラ、トゥーレ協会、カール・ハウスホーファー、フリッツ・ラング…いやはや、好きな人間にはたまらない題材の数々(史実ではブリル協会を設立したエッカルトは男性ですが、そこはまあアレンジということで)。
 現実の世界、史実を題材としつつも、その背後で繰り広げられた陰の戦いを描いた本作を表するに、伝奇と呼ぶほかはありますまい。
 個人的には、作中でロケット(現実においてもロケットの原型がドイツで開発されたことは言うまでもありません)が意外な役割を果たすこともあり、原作にはさまで興味がない私でも、非常に楽しませていただいたものです。

 が――本作の最大の魅力は、その表面的な伝奇性にあるのではないと、やがて気づきます。
 彼にとっては異世界に取り残され、帰る手段も見つからぬまま、ただ目の前の「現実」に馴染めぬまま暮らすエドワード――たった一人の異世界人である彼の存在、彼の想いは、もちろん、この物語ならでは、彼のみに当てはまる特異なものではありましょう。

 しかし、ここではないどこかを望みながらも果たせず、「現実」を己のものと思えぬまま、日々を送るのは、一人彼のみではありません。
 それはまさしく現実世界で生きる我々一人一人が多かれ少なかれ持つ想いであり――そしてそれが最も先鋭化された形で描かれるエドワード(そしてまた、こちら側に生まれながらも、どこにも居場所のないノーア)の姿は、痛いほどの切なさを、我々の胸に感じさせるのです。

 荒唐無稽な絵空事を描くかに見える伝奇物語でありますが、しかしそれは、その背景に確固たる現実が描かれてこそ、初めてその輝きを放ちます。
 その現実と空想の対比を、物語設定そのものの構造にはめ込みつつ描いてみせた本作は、その題材においてのみならず、その思想において、見事な伝奇ものであると――私は強く感じます。


 思えば、本作のストーリー・脚本を担当した會川昇は、アニメ・特撮という「虚構」を描く作品の中で、「現実」との対峙を――決して逃れ得ぬ現実を如何に見据え、現実の中で如何に望ましく生きていくかを描いてきた作家であります。
 そして(いささか短絡的ではありますが)ただ一人、異世界を夢見て目の前の現実を見据えぬエドワードに「天保異聞 妖奇士」の竜導往壓の姿を見ることができましょうし、現実を乗り越える希望としての科学技術と、それと背中合わせの兵器という存在に、「機巧奇傳ヒヲウ戦記」や「大江戸ロケット」のテクノロジー観を感じることもできるでしょう。


 それはともかく――諸々の理由があったとはいえ、異世界ファンタジーアニメの劇場版、完結編に当たる作品で、「現実」というものを痛烈なまでに描き出した本作を、私は伝奇ものとしてこよなく愛するのであります。
 一人くらい、このような捻くれた見方をする人間がいてもよいのではないでしょうか…? と言い訳しつつも。

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コメント

この映画の上映前のTV特番で、荒俣宏先生がゲストに来ていて、アニメの話そっちのけでこの時代背景について語っていたのを覚えています。まあ先生はTVアニメは見てなかったので、アニメについて話せなかったのかも知れませんが(笑)。

実際のエッカルトは毛髪の薄い爺さんなので、この世界もまた我々の世界とは少し異なるパラレルワールドな訳ですよね。エドワード父=ホーエンハイム=(我々の世界での)錬金術師パラケルススについては言わずもがな。

個人的に美味しいな~と思ったのは大総統そっくりの”SF映画の父”フリッツ・ラング、個人的にはドラゴン(の姿になった某人物)を見て映画『ニーベルンゲン』のドラゴンの参考にしたので、動く甲冑のアルフォンスを見て世界最初のSF映画大作『メトロポリス』の甲冑型女性アンドロイドのマリア(スターウォーズのC-3POの元ネタ)のモデルにした・・・という描写が欲しかったですね。
 

投稿: ジャラル | 2011.07.31 13:46

 はじめまして。いつも読ませていただいております。

『~シャンバラを往く者』の伝奇性と、會川昇氏の作家性――同じ方の脚本による『天保異聞 妖奇士』とのテーマの関連性に関してのくだりは、『~妖奇士』から『~シャンバラを往く者』へとさかのぼった身としては、「同じ事を感じていた方がいた!」とこころおどる部分でございました。

 一本の作品として、ところどころ取りこぼしがあるようには思いますが(現実のアルフォンスの死と、異世界のアルフォンスとの再会の対比なく、後者を受け入れてしまうエドワードなど)、虚構/空想/理想と現実の対比を伝奇性というツールを用いて描く手法は、間違いなくここから『~妖奇士』へつながり、膨らまされていると思うと、やはり素晴らしい脚本だったなあと、この記事を読んで思い返しました。

投稿: ないある | 2011.08.01 22:49

ジャラル様:
荒俣先生とアニメ映画と言えば、劇場版パトレイバー(一作目)のムックで、原作者と全く噛み合わない対談をしていたのが思い出されますな…
まあ、伝奇もので史実に伝わる人物像と異なる人物が描かれるのはままあることなので、これも「現実」のお話と思いましょう。
しかしフリッツ・ラングは(半ば趣味的な登場とはいえ)実にうまい扱い方だったと思います。

ないある様:
はじめまして。どうぞよろしくお願いいたします。
恥ずかしながら「シャンバラ」を見たのはつい最近だったのですが、そこに「妖奇士」などとの関連性を見て、驚くと同時に、大いに納得する部分がありました。

決定稿の前の脚本では色々と盛り込まれていたと聞いたような気がしますが、映像になった部分だけでも、テーマ性と娯楽性(そして原作ものとして抑える部分)をきちんと盛り込んだ、見事な作品であったと思います。

実は「妖奇士」についてはもう一度きちんと取りあげたいと思っていたところなのですが、そんな折りにこの作品を見ることができて、幸いだったと思います。

投稿: 三田主水 | 2011.08.03 23:46

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