「妖月の航海 ネオ・シンドバッド」 甦る伝説の英雄!
いかなる宝物も持ち帰る腕利きの船乗り・真破。ある航海で宿敵の罠にかかり、仲間と船を失い、海に流された真破は、巨大な亜刺比亜船を見つける。辛くも帰国した真破が大納言より受けた新たな依頼、それは、伝説の反魂香を持ち帰ることだった。南の海に乗り出した真破を待つ、想像を絶する秘密とは…
異形コレクションで知られるホラー作家の井上雅彦が、そのキャリアの初期で時代小説を――それも時代伝奇小説を発表していたことは、ファンの間では知られていることでしょう。
今は亡き勁文社から書き下ろしで発表された後、これまた今は亡き朝日ソノラマから再刊された本作も、一種の時代伝奇小説であります。
しかし、本作は、いわゆる「時代伝奇小説」とは大きく異なる、極めてユニークな作品。
勁文社版の副題「王朝アラベスク奇譚」、そして朝日ソノラマ版の副題「ネオ・シンドバッド」が表すように、王朝=平安時代を舞台に、シンドバッド――それもハリーハウゼン――ばりの大冒険が繰り広げられる海洋ファンタジー活劇なのです。
時は平安、官位を捨てて海の男となり、どれほど困難な航海も乗り越え、いかなる秘宝も持ち帰ると評判の男・真破(シンバ)。
都の貴族の求めに応じ、唐で謎の秘石・朧竜石を、命がけの冒険の末に得た彼は、宿敵の海賊・クズリの罠にかかり、己の船と仲間を全て失った末、蛭子流しの刑に遭って海に放り出されてしまいます。
漂流の末、いずことも知れぬ海で巨大な亜刺比亜船にたどり着いたシンバは、そこで謎の青い瓶の中身を飲んで以来、不思議な声を聞くように…
何とか平安京に帰り着いたシンバは、そこで朧竜石にまつわる騒動に巻き込まれた末、新たな宝物――反魂香探索を命じられることとなります。
死人をも甦らせるという反魂香。その謎が隠された南洋の奇怪な島で、シンバが知った真実、それは、シンバ自身にも、いや、この世界の存在にも関わる巨大な秘密なのでありました!
海の快男児、古怪な知識に通じる老陰陽師、健気な美少女水夫、謎と憂いを秘めた美女、卑劣凶暴な海賊、奇怪な妖魔の触手、月に呪われた獣人たち、平和の都を狙う邪教徒、あの神話体系を思わせる邪神、そして誰もが知る伝説の英雄…
舞台の方も、平安京に長安、南海の髑髏島、さらに中近東のあの都、それどころか…と、とにかく途方もないスケールであります。
とにかく、これでもか! と面白くなりそうな惜しみなくブチ混み、さらにとことん煮詰めてみせた結果生まれたのは、奇書と評しても違和感のない、奇想天外な冒険活劇であります。
実は、これに先立つ作者の長編――具体的には「ヤング・ヴァン・ヘルシング」シリーズの一作目、「異人館の妖魔」――には、あまりに書きたい要素を詰め込みすぎて、物語のテンポに難がある作品もあるのですが、本作は努めて映画的な構成を意識しているためか、その詰め込み方がむしろ良い方向に働いているように感じられます。
(もっとも、その「映画」っぽさが、鼻につく面もないではないのですが…)
平安時代を舞台とした作品と言えば、伝奇ものですら、我が国の中でクローズするものがほとんど、せいぜいが中国が舞台となる程度であり、我々も、当時の世界地図がそこまでしかないようにすら錯覚することがあります。
しかし、「現実」には、そうではないことは言うまでもありません。海の向こうには、更なる世界が広がり、そしてその世界特有の歴史が、文化が、そして冒険が存在しているのです。
本作は、そんな当たり前の、しかし忘れられがちなことを――伝奇ものという、現実に立脚しつつも、そこから外れた視点を持つ形式を用いて――教えてくれる作品でもあり、その点にも、私はたまらない魅力を感じてしまうのであります。
もちろん、本作の基本は、血湧き肉踊るエンターテイメントであり、奇想天外な物語の魅力に憑かれた方であれば、理屈抜きで、誰でも楽しめる作品であります。
不幸にも現在ではレーベル自体が消滅している状態ではありますが、あの英雄が、シンバの体を借りて甦ったが如く、本作もまたいつか、不滅の魅力を以て復活していただきたいものです。
「妖月の航海 ネオ・シンドバッド」(井上雅彦 ソノラマ文庫ネクスト) Amazon
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