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2011.09.08

「娘始末 闕所物奉行裏帳合」 ただ人でなく走狗でなく

 江戸で遊女の自害が相次ぐ。死んだのがみな親に売られた旗本の娘であることを知った闕所物奉行・榊扇太郎だが、この機に町奉行の座を狙う鳥居、江戸の暗黒街制覇を狙う狂い犬の一太郎など、事件を巡る様々な思惑の中に巻き込まれていく。さらに事態が幕閣の権力闘争にまで広がる中、扇太郎の選択は…

 従来のシリーズに加えて、新作も次々登場と、相変わらず快調の上田秀人ですが、いま個人的に最も期待しているのは「闕所物奉行 裏帳合」シリーズであります。
 この「娘始末」は、その待ちに待った最新巻、シリーズ第5弾ですが、いやはや、こちらの想像を遙かに上回る充実の内容でした。
 旗本の改易が相次ぎ、それに伴う闕所で忙しい扇太郎。
 しかしそれと平行して、遊女の自害が相次いでいることを知らされ、その調査を命じられます。

 実は二つの動きは同じ事件の表と裏、遊女の死は、借金の形に売られた旗本の娘が、露見を恐れた親から死を強要された果てのものであり、改易は露見された旗本が士道を外れたとして処断されたものでありました。

 しかし、本来であれば表に出るはずのない旗本の娘の身売り、そして遊女の死が、何故知られることとなったのか?
 探索を進める扇太郎は、事件の引き金となった複雑怪奇に絡んだ欲望の渦に巻き込まれていくこととなります。


 第3弾以降、本シリーズでは、江戸の暗黒街を狙う品川の顔役・狂い犬の一太郎の野望が、背景に描かれていきますが、それは本作も同様です。
 かの天一坊の子孫(!)であり、表舞台に立とうとして抹殺された天一坊の逆を行くように、江戸の裏社会を支配しようと陰謀を巡らせる一太郎。
 吉原を、浅草を狙い奸計を巡らせてきた一太郎の今回の作戦は、女郎たちの自害という、岡場所ではありふれた出来事をきっかけに、あたかも一個の雪玉が、転がるうちに果てしなく巨大になっていくように、恐るべき規模に広がっていくこととなります。

 その動きに乗ったのが、扇太郎の上役ともいえる鳥居耀蔵。町奉行の地位を虎視眈々と狙う鳥居は、敢えて事態を大きくして町奉行を罷免させ、自分が後釜に座ろうという奸計を巡らせます。
 さらにそこに、大御所派と将軍派で激しく対立する江戸城御用部屋――すなわち幕府最上層部の思惑までもが絡み、まさに江戸は一触即発の状態へ…

 一人の悪党の暴走に近い野望が、あれよあれよというまに、徳川の世を揺るがしかねぬ大事件へと繋がっていく、その仕掛けにも驚かされますが、それに主人公たる扇太郎が立ち向かうことになる理由付け、いや、彼でなくてはならないというストーリー構成の巧みさには、ただただ感心するのみです。

 己を使い捨ての道具としか見ない鳥居に愛想を尽かし、前作の事件の中で知遇を得た水野忠邦の下に着くこととした扇太郎。
 しかし今をときめく権力者たる水野の庇護を得るには、当然、自分がそれに値する者であることを示さなくてはなりません。
 探索の中で陰謀の存在を察知した扇太郎は、己の価値を示すためにも、この陰謀を粉砕するために奔走することになります。

 しかし、扇太郎の戦う理由は、単なる己の身の安泰のため、だけではありません。
 己の家名を守るために親に売られ、そしてそれが明るみに出ようとするや、タイトル通り始末されようとする娘――そんな武家の身勝手に泣かされる娘は、扇太郎のごく身近にもいるのですから。

 そう、本作のヒロイン・朱鷺は、まさに旗本である父に岡場所に売られ、その岡場所すらなくなって、身の置き所をなくした存在。
 ある事情から彼女とともに暮らすようになり、そしていつしか彼女を深く愛するようになった扇太郎は、一度は絶望の淵に立った彼女の身と心を救い、共に生きるためにも、この陰謀に挑むことになるのです。

 権力者の走狗として動くだけでは情けない。愛する人を守るためだけでは甘すぎる。生き残るためにはどのような手段を使ったとしても、しかし、己自身の牙を決して失わない――

 私が本シリーズに強く魅力を感じるのは、特異な設定と、そこに絡むストーリー展開の見事さもさることながら、この主人公のキャラクター造形に、共感とも憧れともつかぬ想いを抱くためであります。


 さて、扇太郎の戦いもいよいよ佳境に入ります。
 その戦いに絡むのは、吉原の御免状の存在、鳥居との確執、一太郎の陰謀、そして朱鷺との愛…シリーズ冒頭から物語の中で描かれてきた様々な要素が、いま一つに結びつき、巨大なうねりとなって動きだしています。

 厳しい…などという言葉が空しく響くほど苦難に満ちた、扇太郎の歩む道のり。しかしそんな中にも小さな希望の光はあります。
(終盤、ある人物のさりげない言葉が、涙が出るほど胸に響くのです)
 己の牙を失わぬ走狗の戦いが、笑顔で終わることを心から願うのです。

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娘始末 - 闕所物奉行 裏帳合(五) (中公文庫)


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