「雲霞竜 奥羽草紙 風の章」 人と妖魔と自然と
凶刃に倒れたはずの恩人・古川近江の姿を目撃した楠岡平馬。近江を追う中、何ものかに追われる娘・おみつに出会った平馬は、彼女と近江、そして自分自身の運命の意外な関わりを知る。妖鳥に導かれ人々を喰らう奇怪な雲霞竜と、その背後の存在に対し、全てを清算するために挑む平馬の戦いの行方は…
熊鷹ハヤテと白犬おユキだけを供に、ある目的を胸に北へ北へ旅する会津浪人・楠岡平馬の剣難女難、妖難(?)旅を描く「奥羽草紙」シリーズの第3巻最終巻であります。
前作のラストで、死んだはずの恩人・古川近江の姿を目撃した平馬。近江の仇を討つために脱藩し、幼なじみの佐川官兵衛に追われる身となってしまった平馬にとって、近江の生存は青天の霹靂であり、複雑な心境で彼は近江を追うこととなります。
そしてようやく捕まえた近江の口から語られる真実――それは、近江の、楠岡家の、そして彼らが禄を食んでいた会津藩の暗い過去に繋がっていくもの。
かつて藩内の権力争いに敗れ、僻地に追いやられた一族。その存在を知る数少ない存在である近江や平馬は、絶えたかに見えた彼らの怨念が、時を経てもなお健在であることを知ります。
そして、奇しき因縁というべきか、近江を追う中で行動を共にすることとなった美少女・おみつがその一族の生き残りであり、一族を捨てた者が、次々と奇怪な雲霞の群れに食い殺されていたのでありました。
ここに近江・平馬・おみつの運命が絡み合い、共通する「敵」に挑むことになるのですが――その「敵」こそは、三人それぞれに因縁浅からぬ人物。
果たして本当にこの「敵」を倒すことができるのか? そして怨念を蓄えた巨大な雲霞竜に、平馬の力は及ぶのか…
物語は、まさにクライマックスに相応しい盛り上がりを見せることとなります。
本シリーズ三作に共通するテーマ的なものを探すとすれば、それは、荒涼たる北の大地にしがみつくように必死に暮らす人々と、その心に生まれたほんの少しの翳りが生み出したおぞましい人食いの妖魔の跳梁――
そして、それと一種の合わせ鏡として描かれる、いささか頼りなくとも人間としての善意に溢れた平馬と仲間たち、そして平馬を支える力強い自然の申し子たるハヤテとおユキの存在でしょう。
本筋だけ見れば、時代ものとして決して珍しい内容ではない物語に、あえて奇怪な妖魔の存在を投入してみせたのは、どんな過酷な環境でも「業」というものを背負わざるを得ない人の存在を、その人を(善悪理非を問わず)喰らい尽くす妖魔と対比することにより、より鮮やかに浮かび上がらせるためなのでありましょう。
全三作を通読すれば、その試みは成功している…と言いたいところなのですが、しかし実は大きな欠点が、本作にはあります。
それは、平馬自身の物語――彼が背負ってきた過去と、旅する理由を小出しにしすぎて、それがまとめて語られる本作だけで、シリーズの内容が成立しかねない点であります。
もちろん、三作を重ねることで、上に挙げたテーマはよりはっきりと見えてくるのではありますが、しかしやはりシリーズとして見れば偏った構成であり――その点のみが、まことに残念に感じるのです。
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