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2011.10.17

「お髷番承り候 血族の澱」 支配者の孤独、支える者の苦闘

 次代の将軍位を巡る、徳川綱吉と徳川綱重の争いは続く。両家が互いを襲撃するに至り、事態を憂いた徳川家綱は、お髷番・深室賢治郎を密使として両家に差し向け、ある言葉を伝える。しかしそれが逆効果となり、両家の争いはさらなる流血の惨事に繋がってしまう。果たして争いの連鎖の行方は…

 第四代将軍・徳川家綱の幼馴染みであり、唯一信を置く股肱の臣であるお髷番・深室賢治郎が、将軍位を巡る幕府内の争いの中で奮闘する「お髷番承り候」シリーズも順調に巻を重ね、第3巻「血族の澱」が刊行されました。

 家綱の次の将軍位を巡り激しく争う甲府徳川家の綱重と館林徳川家の綱吉。共に三代将軍綱吉の血を継ぎながらも、長幼の順で将軍位を逃した者と、その下に仕える者の権力の渇望は留まることなく、静かに、しかし着実に、江戸を騒がしていくこととなります。

 前巻では、それが綱重側による綱吉の行列襲撃として噴出しましたが、この巻ではその報復として綱吉側が綱重の屋敷を襲撃。
 もはやテロとテロの応酬という事態に、家綱は賢治郎を使者に、綱吉と綱重のみにある言葉を伝えることとなります。

 しかし、一見妙手と見えたこの手段も、疑心暗鬼に陥った両家の家臣の暴走を招き、今度は家綱の治世に泥を塗らんとする新たなテロを招くこととなります。
 さらに、使者に立ったことで周囲の注目を様々に集めてしまった賢治郎も、色々な意味で狙われる立場となり、家綱・賢治郎主従は、思わぬ苦境に立たされることとなります。


 将軍位の継承を巡る、幕府内、徳川家内の暗闘というのは上田作品の定番パターンではありますが、本作はそれを、まだ若き将軍と、その側近という視点から描くことに、最大の特徴があることは、シリーズ読者であればよくご存じでしょう。

 ある意味、最も安定した地位、安全な位置のように見えて、しかし、それを維持していくには多大な困難が伴う――そんな彼らの姿を描くことで、本シリーズは、一種の権力論、統治者論ともなっているのが、なかなかにユニークです。

 特に本作においては、家綱が良かれとして行った行為が、その後多大な波紋を呼び、賢治郎の身も危険に晒すこととなるのですが、それに対する、家綱の後見役とも言うべき、阿部豊後守・松平伊豆守ら老臣たちの、厳しい言葉が、ある意味見所と言えるでしょう。
 支配者の孤独は、これまで上田作品でも様々に描かれてきたところではありますが、しかしあくまでも力ある者の余裕とも見えなくもなかったそれを、本作は、若き主従の姿を通すことで、より生々しく描き出していると言えるかもしれません。


 しかしながら本作は、純粋な時代エンターテイメントとして見た場合にはいささかおとなしいと言いますか――シリーズものの転章、的な位置づけに見えてしまうのが何とも残念ではあります。
 ラストで明かされる家綱の二人の弟への言葉の内容や、あまりにも乱暴な、しかしこの時代を考えればあり得ぬものではない両家のテロの手段など、目を引く要素はあるのですが、しかし全体の印象でいえば、実に地味、盛り上がりに欠けたと言わざるを得ません。

 本作の結末では、あの人物が再び蠢動を開始し、いよいよ荒れ模様となることが予想される血族の争い。
 こんな表現も何ですが、その争いが大きくなればなるほど、本シリーズもより興趣に富んだものになるのかもしれません。


 ちなみに、これまでも出番が多いというわけではないものの、印象的なシーンの多かった賢治郎の(現時点では形の上の)妻・三弥は、本作でも活躍。
 ある意味深室家最大のピンチを、鮮やかに収めてみせる姿は強く印象に残ります。

 最近の上田作品は、ヒロイン像もなかなか魅力的に感じられるのですが、彼女もその一人であることは、間違いありません。

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