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2011.11.28

「ばんば憑き」(その1) この世の悪意とこの世の善意と

 「怪」誌に掲載された作品を中心とした、宮部みゆきの時代ホラー短編集であります。収録作品は6作ですが、いずれも粒よりの名品揃い。ここでは、全作品を紹介していきたいと思います。

「坊主の壺」

 江戸にコロリが流行する中、田屋の主人は私財を投じて対応に当たっていた。田屋に救われ、女中奉公しているおつぎは、主人のある秘密を目撃してしまうが。

 宮部みゆきの時代ホラーは、そのかなりの割合が商家を舞台としたもの(本書に収録された作品も同様ですが)ですが、本作もその一つでありつつも、かなりユニークな舞台設定となっています。
 というのも、本作の舞台の一つとなるのは、疫病が流行った際のお救い小屋。江戸時代の病人隔離施設であるこの場所で、病人に対して極めて合理的な対応を取る商家の主人・重蔵の姿が、ヒロインを通じて描かれます。

 見る者が見なければその真の姿を現さない絵(それも奇怪な来歴を持った)というアイテムの存在も面白いのですが、やはり圧巻は、その絵がもたらすもの。
 まじないや民間療法が幅を利かせている時代において、冷静に衛生管理の観点から病人に対処する重蔵は、当時としては破格の存在ですが、しかし彼のその知識の裏には、ある墨絵の存在があったのであります。

 優れた力を得た者が、その代償を思わぬ形で払わされるというのは、ある意味定番パターンではありますが、本作で描かれるそれは、こちらの想像を遙かに上回る奇怪なものであり、ただただ驚かされます。
 人々にとって救いになる力であるだけに、その力を背負う者の覚悟が、何ともほろ苦く感じられるのです。


「お文の影」

 深川の長屋の老人・左次郎は、影踏みをする子供とその影の数が合わないことに気付く。相談を受けた政五郎親分は、長屋がかつて忌み地であったことを知るのだが…

 最近、最新作「おまえさん」も発売された「ぼんくら」シリーズのスピンオフにして、短編集「あやし」に収録された「灰神楽」の続編、政五郎親分と人間テレコのおでこ少年が登場する作品であります。

 タイトルからして「半七捕物帳」の「お文の魂」を連想させますが、影踏み遊びにまつわる怪異が描かれるのは「影を踏まれた女」的で、岡本綺堂ファンにはニヤリとさせられる本作ですが、後半で描かれる怪異の真相は、ただただ悲しく重い。
 人の心に隠れた暗い部分を、避けることなく真っ正面から描くのは作者の得意とするところではありますが、本作で描かれるそれはあまりに痛ましく、胸に突き刺さるような印象を受けます。

 しかし、決してそれだけで終わらないのも宮部作品。人の優しさが悲しい魂を救う姿には、決して人の性が悪しきものだけではないことを、我々に示してくれます。


「博打眼」

 近江屋の蔵に奇怪なモノが飛び込んできた時から怪事が相次ぐ。近江屋の娘・お美代は、周囲の大人がひた隠す事件の真相を知ろうとするが、思わぬところに助けが現れる。

 個人的には、この短編集でもっとも気に入った作品。
 博打打ちの叔父が亡くなったことをきっかけに商家を襲う怪異。それは黒い布団にたくさんの目玉が生えたモノの姿をしていた…という導入部から胸躍る(と言って良いのかわかりませんが)本作は、人と奇怪な妖怪との対決を描いた作品であります。

 本作の題名となっている妖怪・博打眼――その名が暗示する奇怪な性質と、人の負の部分が凝ったようなその正体など、妖怪ホラー好きにはたまらないものがありますが、しかし本作の最大の魅力は、その魔に決して屈しない人々の姿にあります。

 理不尽な災いをもたらす超自然の妖魔に対し、挑む人々の武器となるのは、言ってみれば人と人との絆。
 もちろん敵はそれだけで勝てる相手ではありません。しかし(思わぬ)救いの手に応え、魔を滅ぼす原動力となったのは(既にこの世にない人を含めた)人の善き心の繋がりであった、というのが、何とも清々しいのです。

 「お文の影」同様、この世の悪意の存在を描きつつも、同時に存在する人の善意を描く――宮部作品の魅力の一つが、本作にはあると感じられるのであります。

 以下、その2に続きます。

「ばんば憑き」(宮部みゆき 角川書店) Amazon
ばんば憑き

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コメント

妖怪・物の怪などに興味津々でしたので、これは大変読みやすかったです。
表題作を筆頭に、「博打眼」「討債鬼」が存分の読みごたえで堪能させられました。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。

投稿: 藍色 | 2013.06.07 16:27

藍色様:
短篇集ですが、それぞれ相当の読み応えでしたね。
こちらからもトラックバックさせていただきました。よろしくお願いします。

投稿: 三田主水 | 2013.06.16 14:38

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