「燦 2 光の刃」 三人の少年の前の暗雲
藩主を継ぐこととなった圭寿に従って江戸に出た伊月だが、慣れない江戸屋敷の生活に苦労する。そんなある日、圭寿の使いで彼が書いた読本の原稿を本問屋に届けた伊月は、その帰りに江戸に出ていた燦と再会、圭寿と会うよう促す。一方、江戸屋敷では、圭寿の命を狙う何者かの企みが進んでいた…
あさのあつこの青春伝奇小説「燦」、待望の第2巻であります。
江戸から遠く離れた田鶴藩の筆頭家老の子として生まれ、藩主の二男・圭寿に仕えてそれなりに平穏な日々を送っていた伊月。
しかし藩主が鷹狩りの最中、「神波の燦」と名乗る謎の少年に襲われたことから、彼の、彼の周囲の運命が動き出します。
実は燦こそは、伊月の双子の兄弟。彼らの母は、神波の一族の出身であり、伊月の父の下に嫁いだものの、陰謀により一族は抹殺され、燦は祖父ら数少ない生き残りとともに、密かに暮らしていたのでありました。
そんな驚くべき真実に加え、部屋住みで一生を終えるはずの圭寿が突然家を継ぐこととなり、藩における伊月の位置づけが大きく変化することになります。
一方、燦の方も、祖父が覚悟の自決を遂げ、その遺言に従って江戸に出ることに…
そんな展開を受け、舞台を江戸に移した本作で描かれるのは、伊月と燦、同じ血を引きながらも全く対照的な生を歩んできた二人が、同じく故郷を捨て、これまでと全く異なる環境で暮らす姿であります。
圭寿とともに伊月が移り住んだ江戸屋敷は、江戸屋敷独自の人間関係(そしてそれはすなわち藩の政治の構図に直結するわけですが)に支配された世界。
それに戸惑い、時に怒りつつも、伊月は徐々に藩主の側近としての振る舞いを学んでいくこととなります。
一方、下町の長屋に住むこととなった燦も、それまでの自然の中での暮らしと異なる町の暮らしの中で、形こそ違え、かつての自分たちと同様に必死に暮らす人々の存在を知るのでした。
前巻で描かれた世界が、いわゆるモラトリアム的なものであったとすれば、今回描かれるのは、そこから一歩踏み出した世界。
それなりに経験を積んだつもりであっても、初めて接する世界に戸惑う彼らの姿は、なかなかに微笑ましいものがあります。
一方、彼らと同様に新たな世界に踏み出しながらも、伊月の、いや田鶴藩全体の主君としての器の大きさを見せる圭寿の姿はなかなかに頼もしいのですが、彼にも、戯作者になりたいという夢があります。
その夢が、彼が世間知らずであるからこそ夢見ることができるというのもまた切ないのですが…
しかし、そんな少年と大人との間で揺らぐ彼らに対し、状況は、さらに過酷な運命を用意しているようです。
圭寿に対する毒殺の試み。その捜査に当たる隠し目付を襲う凶刃…
さらに、伊月が圭寿の願いで読本の原稿を持ち込んだ書物問屋も、神波の一族と繋がりがある様子。始まったばかりの彼らの江戸生活の前途は、何やら暗雲が垂れ込めているやに感じられます。
…と、展開的には今のところ小藩のお家騒動であり、その意味では類型的ではあるのですが、そこに三人の少年の成長物語と、神波一族にまつわる伝奇的秘密を盛り込んだのは、本作の工夫と言うべきでしょう。
時代小説をよく読む層のみならず、いやむしろ、本作の主人公たちと同年代の若い層にこそ、読んでもらいたい興趣に満ちた作品であります。
が、唯一最大の不満点は、あまりに分量が少なすぎること。本作で描かれたのは、色々な意味で伊月たちの江戸生活のとば口に過ぎず、食い足りないというのが正直なところです。
せめて、続巻はあまり待たされないうちに…というのが、切なる願いであります。
こに私は惹かれるのです。
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