「千里伝 時輪の轍」 時との対峙、史実との対峙
武宮に修行に出た千里は、ある日不思議な少女・空翼と出会い、匿うことになる。一方、各地では失踪した人々が年老いて発見される怪事が頻発、バソンも姿を消してしまう。一連の事件の背後には、時と空の繋がりが解かれ、時が暴走していることを知った千里は、仲間たちと時を求めて旅立つのだが。
先日刊行されたシリーズ第1弾の文庫版も快調と聞く「千里伝」の第2弾「時輪の轍」であります。
舞台は唐代の中国、主人公は後に武人として知られることとなる高ベンこと千里。
遙か昔、この天地の形を定めた五嶽真形図の力を発揮する三つの器の一つという宿命を背負った彼は、前作において同じ器である武術僧・絶海と、吐蕃の狩人・バソンとともに冒険を繰り広げ、ひとまず天地に平穏を取り戻すことに成功します。
本作は、その際に武術の深奥・不射の射の境地に達した千里ですが、しかし冒険が終わってみれば武術の腕は元に戻り、丹霞洞麻姑山の武宮に修行に出されて…という設定で始まります。
人と“人”の間に生まれたためか、齢二十歳を超えながら、五歳児の外見しかもたない千里ですが、外見に似合わぬ根性曲がり。武宮でもさっそく子分を集めていっぱしの親分気取りなのですが…
そんな中、山中で空翼という不思議な少女と出会った千里。武宮の主であり、強力な仙人である麻姑ですら気配の掴めぬ彼女を、千里は内緒で匿うこととなります。
時を同じくして、各地で、人々が突然失踪したと思えば、考えられないほど年老いて発見されるなど、常識では考えられぬ異変が発生。千里の一の子分である鄭紀昌がその犠牲者となってしまいます。
事件の背後にあるものが「時」であることを知った千里は、同じく失踪したバソンを探す絶海、時の牢獄を自力でブチ破ってきたバソン、さらにはかつて宿敵として激突した“人”の王子・玄冥とともに、失われた時を求めて再び冒険の旅に出ることになるのですが――
さて、前作の最大の魅力は、史実を題材・背景にしつつも、文字通り天地を揺るがす壮大なファンタジーを描いてみせた点にあるかと思いますが、その点は、本作でも健在であります。
前作のお話が、天地を形作る、言い換えれば天地を創り変える力を持つ五嶽真形図の争奪戦だっただけに、本作でそれを超える物語が描けるのか…と、読む前には気になってはいたのですが、蓋を開けてみれば、それは全くの杞憂。
何しろ、今回のテーマは、創り出された天地に欠けてはならぬ「時」と「空」、時間と空間を巡る――というより、時間(伝奇者にはたまらぬ、意志を持った時間!)との対決なのですから、これは前作に勝るとも劣らぬ大冒険であることは間違いありません。
そして、その時との対峙、という展開そのものが、千里に関する史実の描写に不可分に結びついていくのが、また面白い。
前作においては、千里のその後の事績――高ベンとして歴史に残された彼の足跡は、ほとんど語られておりませんでした。
もちろん、彼の少年時代を描いた作品である以上、それはある意味当然のことではあります。
しかし本作においては、そこを見事に飛び越えて、千里の、高ベンの後半生が語られていくこととなります。
それは、史実をなぞりつつも、それを巧みに膨らませ、しかし本シリーズの読者にとっては、胸をかきむしられるような、彼の姿であります。
考えてみれば、可能性としては十分にあり得る内容でありながら、考えたくなかった、あえて目を逸らしてきたものを、こういう形でぶつけてきたのには、少々どころではなく驚かされたのですが――
しかしそれすらも軽々と(もちろんそれなり以上の痛みとともに)踏み越え、一つの希望を提示してみせる、作者の豪腕ぶりには、それどころではなく驚かされました。
なるほど、史実との対峙、という意味においても、本作は時との対峙を描く物語でありました。
ただ少々残念なのは、前作の物語を経て、千里をはじめとする登場人物たちがそれなりに成長したことで、何だかずいぶん物わかりが良くなったように見えてしまう点であります。
前作である意味不快ですらあった――そしてそれはもちろん作者の計算の上なのですが――千里をはじめとして、一種尖ったキャラが丸くなってしまったことに、寂しさを覚えるのは、わがままというものでしょうか。
(それこそが前作のテーマであった点を考えれば、ある意味仕方がないことではあります)
もっともこれは、新たな千里の成長物語ともいうべき、彼の初恋において、その相手役が今一つ魅力的に感じられなかった点に起因するのかもしれませんが…
しかし、物語が一件落着したようでいてまだ謎が残るように、キャラクターの成長――それは悩み迷うことと同義でもあります――もまだ終わることはありません。
シリーズ第3弾では、本作の端々で迷いを見せていたあの人物が大変なことになってしまうようですが…さて、そちらも早くよまなくてはなりますまい。
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