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2012.01.03

「劇場版アニメ 忍たま乱太郎 忍術学園全員出動! の段」 子供から大人まで、の大傑作!

 忍術学園の夏休みの宿題が、手違いで入れ替わり、6年生用の「オーマガトキ城主のふんどしをとれ」という宿題を当てられた喜三太が行方不明となった。喜三太救出のため、タソガレドキ城と合戦中のオーマガトキ城に向かう忍術学園の面々だが、合戦の背後には意外な陰謀が隠されていて…

 昨日、「忍たま乱太郎」の劇場版アニメ「忍術学園全員出動! の段」がTV放送されました。
 実はこの作品については、尊敬する大先輩から「時代劇ファンなら絶対観なさい」と言われていたのですが、劇場ではさすがに観れず、DVDソフトを買ったのに今まで何となく観ていなかったのですが…
 いやはや、今回ようやく観て、心の底から自分の不明を恥じました。大傑作の名にふさわしい、素晴らしい作品であります。

 忍術学園の夏休み、生徒の一人一人に別々に出された宿題が、事務の手違いで滅茶苦茶な組み合わせになってしまったのが、今回のお話の発端。それだけであれば笑い話ですが、何しろ舞台はエリート忍者を養成するための忍術学園。6年生用の「オーマガトキ城主のふんどしをとれ」という宿題が、1年生の喜三太に当たってしまったことで、一転、大事件に発展することに…

 何しろオーマガトキはタソガレドキとの合戦の真っ最中。果たして行方不明となった喜三太を探すため、学園長の発案で喜三太救出チームが出動することとなります。
 一方、そのオーマガトキ領内の園田村が、合戦でオーマガトキが敗れた際の安全を保障する、タソガレドキ側の庇いの制札を巡って助けを求めてきたことから、事件は意外な方向に展開していくことになるのですが――

 さて、ここで登場する制札とは、簡単に言ってしまえば、戦国時代に土地の領主などが領内の村などに発出した保護の証書――戦の際の略奪の禁令等を定めた文書のこと。
 普通の(?)時代劇でもなかなかお目にかかることができないようなこの制札が、ここで登場するとは…と驚かされました。

 本作は、基本はナンセンスコメディとして現代語がバシバシと使われるのですが、しかしそんな中で、この制札のような概念や、言葉遣いなど、意外なところで、時代ものとしてきっちりとした考証がなされている、その混交ぶりが実に楽しいのです。

 そしてそれが考証のための考証ではなく、制札の存在が、物語の根幹に関わってくるある陰謀に結びついていたり、また、主題歌の替え歌に乗せた楽しいミュージカルシーンの中で、おそらくは世界で最もわかりやすい石火矢講座を行ったりと、様々な形で本作ならではの必然性を持って描かれるのに、唸らされた次第です。

 そしてもう一つ唸らされたのは、本作の後半、園田村を守る忍術学園・佐武衆連合軍と、攻めるタソガレドキ軍の大決戦――これがまた、様々なギャグを織り交ぜつつも、手に汗握る攻防戦となっているのが心憎い――の中で、主人公たる乱太郎が、武器を手にして戦わないという点であります。

 元々、乱太郎は保健委員会に所属している設定があり、戦の際も後方で負傷者の治療に当たるのは、ある意味当たり前ではあります。
 しかし、本作においては、乱太郎は、味方のみならず、傷ついた者であれば、敵であろうと平等に治療しようとするのです。それが保健委員の務めと信じて――

 もちろんそれは、いかにも子供らしい一途さ(頑固さと言ってもいいかもしれません)の現れであり、それ以上の意味を見いだすべきものではないかもしれません。
 それでもなお、そんな乱太郎の指針となる伊作先輩と敵方の忍び頭の関係――それは、本作でもかなりのウエイトをもって描かれるのですが――を見れば、そこに一つの理想を見出すのはむしろ自然なのではないか、と感じてしまうのであります。
(ちなみに本作の先輩や先生たちの、忍たまたちの無邪気さを時に優しく、時に呆れながらフォローする姿が実に気持ち良いのです)


 もちろんこれらはあくまでも隠し味、あまり前面に出てくると鼻につくところを、絶妙のさじ加減でバランスを取っているのは、さすがというほかありますまい。
 色々と理屈をこね回しましたが、やはり本作の基本はあくまでもナンセンスコメディ。理屈抜きに見ても、猛烈に楽しいのは言うまでもない話であります。
(砲丸バレーの件など、腹を抱えて大笑いさせていただきました)。


 子供から大人まで楽しめる作品とは、まさに本作のこと。
 これまで見ていなかったのは不覚というも愚かですが、新年早々素晴らしいものを見せていただいた――そんな気持ちなのであります。


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コメント

忍たまも長いですね。その一
忍たまでキャラデザ、たまに作画・演出・コンテ、劇場版2弾の監督を担当した藤森氏について判明した事があります。長い文章になりますが。

アニメージュ2011年8月号、忍たま乱太郎アニメブック忍法帖も読みましたので言います。
アニメージュでのインタビューは一部ここに載っていました。
http://photozou.jp/photo/photo_only/2860818/156276493
アニメージュ2011年8月号は中古であるかもしれません。

スタッフの事なんてどうでも良いと思っていたら申し訳ありません。
こちらもいくつか事情を知って「そうだったのか」と思いました。

自分はこのスタッフ自体へのファンではありませんが、「そりゃあな」って思う所もありました。


■忍たまのキャラデザ
アニメージュ2011年8月号「この人に話を聞きたい」で語ってたのですが、彼にとっては厳しいと思っているようです。そもそも本人はキャラデザ等でもなく、原画をやりたいとも語っていました。

忍たまでキャラデザに起用された時、「やっぱり、なかなか厳しいっていうか。当時も巧く描けなかったと思っていましたし、今でも下手糞だなあって思いますけどね。自分はキャラクターデザインとかには向いてないんじゃないかといった意識はありますね。やっぱり自分は原画を描いてる一番合ってるなと思います。」と言っていました。

違うアニメですが、チャイナさん短編のキャラデザでも苦労したみたいです。
「苦手は苦手ですよ。だけど、やるとなったらやるんです。何とかごまかしつつ。チャイナさんの憂鬱って確か1本目の時に原画で参加してて。その時はぺーぺーの原画だったんですけどね。それから10年ぐらい経ってから短編をやる事になったんです。最初は”オマケ映像だから得意の2、3頭身のキャラでやってくれればいいよ”と聞いたんですがこれが伝達ミスでして本当は本来のチャイナさんの頭身でという発注だったんです。引き受けちゃった後なおで、やりながらキャラクターを練習していったというか(笑)」と言っています。

キャラデザに関してはアニメージュ2011年8月号のP86~87で言っていました。


■忍たまのアニメの方向性への意見
これはアニメージュ2011年8月号「この人に話を聞きたい」と、忍たまアニメブック忍法帖第3弾で語っていました。遠回しに不満を抱えてるかのような発言も見えました。

アニメージュ2011年8月号のP88~89では「テレビシリーズでも調べ物はしてるけどテレビだと踏み込めない部分もある」「乱太郎の場合、やっぱり死人を出すわけにはいかないけど人の生き死についてあまり嘘ついちゃいけないと思う」

忍たまアニメブック忍法帖第3弾のP109では「ビデオシリーズとかで30分くらいの話をやれると良いな。7分半じゃ上手く収まらない話も結構あるので」と言っていました。
個人的には同感だと思いました。

アニメージュ2011年8月号での発言ですが、劇場版第2弾で彼は監督に起用されましたが、「テレビシリーズでも調べ物をやってるけど踏み込めない所もある」「乱太郎は死人を出すわけにはいかないけど、人の生き死についてあまり嘘ついちゃいけないと思う」と語っていました。

調べ物については時代考証とか忍術の事でしょう。
これは原作者(尼子騒兵衛先生)からも言われていました。http://www.animate.tv/news/details.php?id=1296710453&p=2

そして、生きるか死ぬかという状況についてはこのインタビューの流れから。
※インタビューを2011年アニメージュ8月号のP89ページから一部引用。
------もう1ついいなあと思ったのが戦の扱いなんです。
TVシリーズの乱太郎は主人公が忍者で、敵もいるのに、人が死なない世界じゃないですか。
その当たりに矛盾を感じていたんですよ。だけど、今回の劇場版は、人が死んでもおかしくないような内容だった。
互いに相手を死なせてしまうかもしれない状況にあって、あの忍術学園の連中あどうするのかを描いているところに、価値があると思いました。

藤森氏:そういう意味では、あの映画は危ういバランスの上を歩いていると思うんですよ。
「乱太郎」の場合、やっぱり死人を出すわけにはいかないんです。

------今回、許される一番ハードなところまで来ましたよね。

藤森氏:どうですかね。一番ハードなところまでいったかどうかは分からないです。
「○○○○」(別の映画)と同じように、映画の世界観を成立させるうえで、人の生き死とかについては
あんまり嘘をついちゃいけないと思うんです。そこのギリギリのところを「どこかな、どこかな」と探りながら作った部分はありますね。

■忍たま16期~19期のOP
このOPで彼は作画・絵コンテ・演出を担当したらしいのですが、力を入れた物みたいです。このOPは5年ほど前に某動画で上げられて、寄ってきたファンもいたみたいです。

忍たまアニメブック忍法帖第3弾の付録(小冊子)の裏話で、「前のOP(16期~)は藤森(雅也)くんが10年流せるものを作るって意気込みで作った物なんですよ。それくらい力を入れたものだったので、おかげさまで評判も良かったんですが次のハードルがやたらと高くなってしまいました。」って言われています。

主題歌の映像については違うアニメですが、「絶対少年」のOPでも彼は一番のフィルムだと言っています。http://www.creativevillage.ne.jp/cafe/fujimori.html

そして、絶対少年OP絵コンテ・演出がこの人という事が、アニメージュ2011年8月号のP89で「この人に話を聞きたい」で紹介された主要作品リストで判明しました。

続きます。

投稿: レベル | 2013.10.02 23:04

忍たまの事で、其の二
まとめると、原作は知りませんがアニメの忍たまは相当、藤森氏の意向と違う部分も多いのかもしれません。
彼は脚本家でもプロデューサーでもないし、単発演出家としても滅多に出てこないし、監督の立場になったのも劇場版2弾以外ではないのですが、だからこそ言いたい事もあるのかもしれません。

「アニメ忍たまは彼の意向と違う部分も多い?」と感じた理由は以下の通りです。自分の推測も混じりますが。

■彼は自分で「下手糞。キャラデザ向いてない」「キャラデザ等でもなく原画を描いていたい」と言ってるのに、ずっとキャラデザに起用されている。
この件はアニメージュ2011年8月号のP86で言っていました。

■短い尺には向かないネタもあるのにアニメは1話につき7分半(30分時代ですら基本2本立て)。

彼は、忍たまアニメブック忍法帖第3弾のP109で「ビデオシリーズで30分尺のアニメをやれるといいな。7分半では上手く収まらない話あるので」と言っていたので。

推測ですが、7分半じゃ上手く収まらない話とはおそらく忍者や時代関係もあるんじゃないかと思います。忍たまはギャグと言っても、忍者や戦国が題材であるので他のお茶の間アニメより短編が似合わない作品であります。そもそも原作では長くて複雑なネタ多いです。

この事を考えても、7分半じゃ上手く収まらない話とは
「ギャグやほのぼのだけじゃないネタ」かと思いました。
「ギャグやほのぼのだけ」の話だと7分半でも十分上手く収まると思うので。

彼はアニメージュ2011年8月号のP88~89で「テレビでも調べ物をやってるけどテレビだと踏み込めない部分もある」と言っていたので、これも尺の件と関係あるのかもしれません。


■ギャグ物とはいえ、忍者や戦国を題材にしているのにアニメでは基本的に「下手すりゃ死人が出そう」みたいな緊張感を出すのが少ない。

原作もギャグ漫画ですがそれでもアニメよりはああいう緊張感も出ていると思います。
アニメでのこの緊張感の無さに、遠回しに何か言いたげな様子でした。
その件はインタビューを2011年アニメージュ8月号のP89ページにありましたが、その流れは上述のコメントを参照

投稿: レベル | 2013.10.02 23:05

忍たまの事で、その三。個人的には
個人的には、特にこのスタッフのファンではないのですが忍たまについての意見で「なるほど」と思ったのです。「そりゃそう思うよな」みたいな感じです。

もしその実力が劣るなら多少意見を出すだけで、当のシナリオや演出等を直接やらせるのはもっと上手く出来る人にやらせば良いかと思います(そういう機会があれば)。

このスタッフは直接シナリオ面や演出面で作業をするのはうまいのかどうかわかりません。
そこでシナリオや演出はともかく、単に意見を出すだけなら、その権限さえあれば誰でも出せると思いましたので。

「基本キャラデザで、たまに作画や演出仕事をやるくらいの、このスタッフの意見は通らないのかなー」って思いました。
意見が通るのは大抵プロデューサーか、普段の監督か、脚本の人でしょうか。
(監督ならキャラデザの人も劇場版2弾でやってますが、それだけです)

そこで気持ちがわかる物としては以下の通りです。 実力抜きにして発言的には「そりゃ無理もないな」って思ったのです。


■キャラデザの仕事の件
「キャラデザ厳しい、下手糞、自分に向いてないんじゃないか、キャラデザ等より原画をやってる方が合ってるんじゃないか」って思ってる人間に対して、ずっとキャラデザをやらせるなんて滅茶苦茶だと思ったからです。

キャラデザには原画や作画とは違う難しさがあるのですからね。
もっと得意な人がしればその人に任せた方が、作業もスムーズに進むかもしれませんし。

■短い尺には向かないネタもあるのにアニメは1話につき7分半(30分時代ですら基本2本立て)

これはもうアニメの放送局の問題でしょうか。もっとも30分時代ですら、2本立てが基本。
そして原作も昔はまだしも最近は長編なので7分半では向かないでしょうね。

■ギャグ物とはいえ、忍者や戦国を題材にしているのにアニメでは基本的に「下手すりゃ死人が出そう」みたいな緊張感を出すのが少ない。

原作もギャグ漫画ですがそれでもアニメよりは緊張感出す事もあると思いました。

どうしても死人を出すのが駄目ならば、せめてもの「こりゃ下手したら死ぬぞ」って雰囲気をたまにじゃなくてもう少し出して欲しいくらいです。

アニメの基本的に「緊張感の無さ」ってのは方針はどうにかなりませんかね?って思いましたので。せいぜい、たまにあるくらいですね。

上述のコメントに載せたインタビュー読んで「そりゃあな、アニメはな」と思いました。

投稿: レベル | 2013.10.02 23:06

個人的な意見ではこう思うという事です。
話を聞く限りでは、アニメ製作現場に不可解さ、事情の深刻さを感じて「こりゃあ困ったなあ」と素人目線にも感じたので。

「適所適材(向き不向き)とかも重視するべきだ」「脚本、監督、プロデューサー以外の意見は通らないのか」と思います。
こちらはアニメ製作で素人なのですが、これを配慮しないのは気になったので。
何事も向いてないならやめさせる、向いてる人にやらせるのが一番だと思いましたので。

・キャラデザ面
出来る事なら、このスタッフ(映画2弾の監督もやった人。キャラデザがメインで、テレビでたまに作画や演出をやるくらい。)も降りて、自分の適所適材であろう原画に専念してると思います。

キャラデザやらされてるこのスタッフは「下手糞、厳しい、自分に向いてないんじゃないか、原画描いてる方が合っるな」と自分で言ってるんですから。

結局、力関係か何かで選ばれたり、意見を出した所で通らないから今のような状態だと思います。
(まあ適所適材の問題は、キャラデザだけだけに限りませんが。)

・アニメの方向
このスタッフは忍たまアニメブック第3弾の109ページで
「ビデオシリーズとかで30分尺の話をやれるといいなぁ。
7分半じゃ上手く収まらない話ある」と言っていました。

7分半で上手く収まる話は純粋なギャグやほのぼのくらいじゃないかと思います。
たまに7分半でもシリアスっぽい話もあったりしますが
やはりその1話だけで完結されると尺が短くて何かが足りないって感じます。
最初は1話で30分時代でしたが、この時も基本2本立ての短編でしたしねえ。

もしこのスタッフの実力が劣るなら意見を出す立場にして、当のシナリオや演出等を直接やらせるのはもっと上手く出来る人にやらせば良いかと思います(そういう機会があれば)。

そして、「脚本、監督、プロデューサー以外の意見は通らない」という状態なら、尚更、そういう人らが色々考えなければならないのですが。
原作はともかくアニメはNHKで10分枠で何か事情があるとしても「もう少し何とかした方が良いんじゃないか」と思いました。保護者の声もあるのでしょうが。せめてその10分枠の中でも、何かを努力するとかで。

もっとも脚本ですら、メインライターは浦沢氏ですが、本人は「多くの話を作れない」とも言っています。しかも本来の作風を考えると乱太郎にもあまり向いてるような気はしません。
なので脚本の方も、やらされてる感があります。
たまに書く阪口氏(小説落乱の著者でもある)はどうだかわかりませんが、浦沢氏はあの作風だし多くのパターンを作れないと自分でも言っています。そういう人にほとんどの話を書かせるのも無茶だと思いました。

投稿: レベル | 2013.10.19 11:56

レベル様:
お返事が遅れ、大変申し訳ありません。
正直なところ、アニメの製作現場については全くの門外漢のため、何とお返事したものか悩んでおりました。
あくまでも個人的な意見や一般論となってしまい、お望みのお返事となっていないのではないかと思いますが、ご寛恕いただければと思います。

藤森雅也さんについてはネット上で調べた以上のことは存じ上げませんが、ベテランと呼べる方だと思います。
その方がご本人で向いていないというキャラデザを長きに渡って担当されているのは、なるほど確かに大変なことだとは思いますが…
あくまでも個人的な意見ですが、果たして本当に向いていないかどうかは、ご本人では判断できない部分があるのではないでしょうか。
(これは一般論としても、どのような仕事にも当てはまることだとは思いますが…)

これだけの人気タイトルで、実力のない人間、向いていない人間が長い間起用されていることがあるのかな、と個人的には感じます。
(これが実力がないのに本人がやる気があるケースであれば、色々な不思議な力が働いているのかもしれませんが、今回はむしろ逆でしょう)
もちろん、何かの理由で(たとえば単純にマンパワーの問題など)なかなか他の方が担当できない理由はあるのかもしれませんが…

門外漢と言いつつ何ですが、結局は組織…という言い方が良くなければチームプレイである製作の現場では、なかなか個人の意見を通すのは難しいのではないか、という点では、そちらのご意見と重なるのですが、それで現状が上手く回っているのであれば、なかなか内部から変えるのは難しいのだろうな、と想像するしかできません(そもそも変える必要があるかという判断は置いておくとして)。


また、アニメの方向性についても、これは正直なところ全く外部から想像するしかない世界ですが、フォーマットを守ることと崩すこと、どちらの力が強いのかと考えれば、前者が強いということなのではないでしょうか。
(これは作り手だけでなく、視聴者側も考えて、ですが)

もちろん、そのフォーマットによって失われている部分は少なくないはずで、「30分くらいの話をやれると良いな」というお話には、私も大いに頷けるものがあります。ただそれは、元発言にあるとおり、ビデオシリーズが適当ではないかな、とも思いますが…

いずれにせよ(非常に傍観者的な意見で恐縮ですが)、何か現状によほどネガティブな影響が出ない限りは、大きく変わることは難しいのではないでしょうか、とは感じます。


と、正直なことを申し上げると、今ひとつ僕のコメントで歯切れが悪いのは、元記事で取り上げている「忍術学園 全員出動!の段」こそがその現状に大きく挑み、大きな成果を上げている作品ではないか、と感じているからです。
本作の優れた部分は、「調べもの」による部分はもちろんのこと、まさに引用されているインタビューの部分にあるギリギリのせめぎ合いを、物語を動かす原動力の一つとしていることにあることは間違いないと思いますし、それはまさに藤森氏の力による部分も大なのでしょうか。
(もちろん、それをTVでもやって欲しい、というのは、それも頷けるお話ではありますが)

むしろスタッフの不満点が、たとえ小さくともポジティブな方向に動かす原動力になってくれはしないか、というのは、これはやはり製作現場を知らない人間の言葉ではありますが、本作のような作品を見せられると、そう思いたくなるところなのですが…

投稿: 三田主水 | 2013.10.22 22:41

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