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2012.01.17

「海遊記 義浄西征伝」 ファンタジーの中で仏道を問う

 唐の時代、真の仏法を求める僧・義浄は、海路天竺を目指して旅立つ。ペルシャ船に乗り込み、一躍旅立った義浄だが、彼らを、おかしな海賊一味が執拗に追いかける。さらに彼の前に立ち塞がる、仏陀の生まれ変わりを自称する怪人、哀しい女妖、そして謎の大海賊…果たして義浄の旅の行方やいかに。

 仁木英之と言えば、中国歴史もの、中国ファンタジーを中心に大活躍中ですが、本作「海遊記 義浄西征伝」も、その系譜に連なる作品であります。

 本作の主人公は、中国は唐代の実在の仏教者・義浄。中国に正しい仏教をもたらすため、一人、危険を冒して天竺(インド)に向かい、多大な成果をもたらした高僧です。

 …と、唐代に中国から天竺に向かった高僧と言えば、まず思い浮かぶのは玄奘三蔵ですが、義浄が天竺に向かったのは、それに遅れること約四半世紀後のこと。
 そして最大の違いは、玄奘が陸路を用いたのに対し、義浄は海路を用いたことであります。なるほど、海遊記。

 さて、本作はその義浄の海の旅を描いた作品ですが、もちろん作者が描く以上、一癖も二癖もあるエンターテイメントに仕上がっているのは言うまでもありません。
 何よりも面白いのは、主人公たる義浄のキャラクター造形でしょう。

 「顔の上にある全てのものが幅をきかせ、その存在を主張している」「遠くから見れば、顔が衣を着て立ち上がっているようにも見える」と描写されるように、およそ格好良さとは無縁の外見ですが、内面はさらに個性的。
 途方もなく頑固で、自説をどこまでも曲げない偏屈な人物かと思えば、ひとたび自分に非があればスッパリと認めて頭を下げる。世俗のことには一切興味がない代わりに、仏道に対しては全身全霊を込めて打ち込む。
 直情径行と言いましょうか、仏道一直線、とにかく熱い仏教馬鹿と言うべき人物で、敵に回せばおそろしく鬱陶しいが、端で見ている分には実に痛快な、怪人物、いや怪人物なのです。

 万難を排して、ついに天竺への第一歩を踏み出した義浄は、お調子者の弟子・善行、天竺に向かうペルシャ船の船長・フェルドゥーンなど、ともに旅する人間を時に呆れさせ、時に振り回しつつ旅を続けて行くのですが、そんな義浄の旅が、ただですむわけがありません。


 海の声を聞き、海賊たちに「姫」と祭り上げられる少女。目の前の相手に自在に幻覚を見せる自称・仏陀の生まれ変わり。そして海賊たちを恐怖で支配し、途方もなく巨大な城砦船に依る海賊王…様々な障害の数々が、彼の前に立ち塞がることとなるのです。


 そしてこれらの障害は、その多くが超自然的な色彩を帯びています。それは、もちろん、作者お得意の中国ファンタジーを描くため、という理由はあるでしょう。
 しかしそれ以上の意味、必然性があるように、私は感じられました。

 義浄の前に現れる障害は、どれほど超自然的なものであろうとも、そこには必ず人の意志が、想いが関わっています。
 それは、人の欲望であり、あるいは人の願いであり、この現実世界で――それが非現実的な形で現れるのはいささか皮肉かもしれませんが――生きていく上で、人の中に生じたものなのです。
 言い換えれば、本作で描かれる超自然現象は、人の想いと現実の軋轢が形となったもの…人の世の苦しみを変えたい、逃れたいという願いが噴出したものなのです。

 そしてその前にあって、実は義浄は、ほとんど無力でしかありません。
 仏道を追求する想いはどれだけ強くとも、その想いが物理的な力を――ましてや超自然的な力を――持つものではないのです。

 それでは、義浄は人の世の苦しみに対して無力なのでしょうか?
 その答えは、是とも否とも言えます。

 確かに、本作における義浄には、この世で苦しむ人のために、直接現実を変える力、問題を解決する力はありません。
 しかし、むしろそれゆえにこそ、全ての人を救う手段である正しき仏法を求めて、彼ははるばる苦難の旅に出たのです。

 そして、その仏道に向けた義浄の想い、無力だからこそどこまでも強く熱い想いこそが、周囲の人々の想いを動かし、様々な障害を乗り越える――現実を変える原動力となるのです。

 そう、本作は、ファンタジーの形式を取りつつも、人の世の苦しみを乗り越えることを志して、愚直なまでに仏法を希求する僧の姿を描いた、ユニークな仏道小説なのであります。


 物語として一つの結末を迎えるものの、本作において描かれる義浄の旅は文字通り道半ば。
 この先の彼の旅を、快僧のたどり着くところを、その求める仏道の姿を、作者の筆で見てみたい――心から願う次第です。

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海遊記―義浄西征伝

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