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2012.02.02

「娘同心七変化 辻斬り牡丹」 男装美少女が誘う法の無何有郷

 北町奉行所の新米同心・石見新三郎は、奉行直々の命で、男装の娘同心・小手川美鈴の教育係を命じられる。美鈴は将軍家斉の若君・竹松を暴れ馬から救った褒美代わりに、同心になることを望んだのだ。折しも江戸では、犯行現場に紅白の牡丹を残していく辻斬りが出没、美鈴と新三郎はこれを追うのだが。

 鳴海丈のファンであれば、作者の時代小説のほとんどに共通するある要素のことをよくご存じでしょう。
 それは、「男装美少女」――氏の作品には、ほとんどの場合、男の形に身をやつした美少女が登場するのであります(そして大抵の場合、男装してても脱がされて大変な目に遭わされるのですが)。

 しかし意外(?)なことに、作者の時代小説で男装美少女が主人公を務めた作品はなかったのですが…本作「娘同心七変化 辻斬り牡丹」がその第1弾として登場したのです。

 舞台となるのは徳川家斉の時代――その若君・竹松が、江戸城外に出た際に、あわや暴れ馬の蹄にかけられんとした時、颯爽と現れて救った美少女――彼女こそは本作の主人公・小手川美鈴。
 柔術道場に生まれた彼女は、自らも柔術の達人にして、優しい心の持ち主。家斉直々に礼を言われた彼女は、褒美の代わりに関係者一切の罪を問わないことを望み、その無欲さに感心した家斉は、彼女の望みを何でも一つ叶えることを約束します。

 …そう、その美鈴の望みこそは、同心として江戸の町を守ること。さすがに娘姿のままというわけにもいかず、正体を隠し、男装して奉行所に出仕することとなった美鈴は、運悪く彼女の教育係となってしまった新米で堅物の同心・石見新三郎とともに、江戸を騒がす事件の数々に挑むこととなります。

 かくして誕生した娘同心の活躍を描く本作ですが、いやもうこれは、読んでいて作者の満面の笑顔が浮かんでくるような思いがいたします。
 作者が登場人物に過剰な思い入れを抱くことは逆効果になることも多いのですが、本作においては、その心配はなし。念願の男装美少女を思う存分活躍させられる作者の喜びが伝わってくるような筆運びで、こちらも何とも楽しい気持ちで読み進めることができました。

 女性主人公の時代ものであれば定番の七変化ももちろん盛り込まれていますが――読者にはバレバレな変装でも一生懸命頑張っているのが伝わってくる辺り――これも何とも微笑ましい。作者の作品のほとんどのカバーを担当する笠井あゆみの美麗なイラストも、本作の明るい華やかさに非常に良くマッチしています。


 しかし、本作で描かれているのは、ヒロインへの萌えだけではありません。

 本作で美鈴が挑むこととなるのは、殺害現場に赤もしくは白の牡丹の花を残す「辻斬り牡丹」、美しい処女ばかりが誘拐され、その後に鬼面が残される「怪異・鬼隠し」の二つの事件。
 いささかネタばらしになってしまいますが、この二つの事件には、いずれも将軍に連なる権力者が背後で意図を引いているという共通点があります。

 奉行所も権力者、それも将軍家に絡む者には手を出せず、悪がのさばるところを、美鈴の型破りな活躍が乗り越えてめでたしめでたし…になるのは言うまでもありません。
 しかし考えてみれば、彼女が同心となったのも、家斉という権力者の力によるところ。その意味では、美鈴と悪人たちには大きな共通点があることになるのですが…

 しかしもちろん、たとい権力者の力を(言い方は悪いですが)利用していたとしても、もちろん両者を分かつのは、その力を如何に用いるかという意志の違い。正義という志の有無であります。
 いわば本作においては、権力という力は手段に過ぎず、それを如何に用いるかが描かれているのですが、それは、作者のこれまでの作品のヒーローたちが、罪なきものを苛む外道の暴力に、それ以上の暴力でもって臨む姿に重なるものがあります。

 その意味では、美鈴もまた、正しく鳴海時代劇のヒーローなのであり――そしてさらに言えば、彼女を通して描かれるのは、作者が敬愛する野村胡堂が「銭形平次捕物控」で描かんとした「法の無何有郷」の、作者なりの解釈なのではないかとすら、感じられた次第です。

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コメント

鳴海丈作品は一度も読んだことがありません
なんかあの手のカヴァー画は腰が引けてしまう。
しかし、この解説読むと実に面白そうです。
やっぱり
美鈴←三冬(剣客商売)
でしょうか?
同心になる切っ掛けも"御朱印銀次"そのまんま

投稿: coldsleeper | 2013.04.19 06:51

coldsleeper様:
個人的にはあのカバー絵でないと寂しくて仕方ないのですが、いずれにせよ本作にはピッタリだと思います。
鳴海先生は過去の作品はかなり読みこまれているので、その辺りの影響はやはりあるでしょうね。

投稿: 三田主水 | 2013.05.05 23:37

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