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2012.03.23

「月の蛇 水滸伝異聞」第7巻 彼の戦うべき真の理由

 梁山泊に挑む趙飛虎と祝翠華の孤独な戦いを描いてきた「月の蛇 水滸伝異聞」も、この第7巻でついに完結。
 官軍と梁山泊軍の決戦が繰り広げられる中、二人の戦いも一つの結末を迎えることとなります。

 扈三娘の犠牲と、節度使たちの乱入により、辛くも窮地から逃れた飛虎と翠華。しかし幾度目かの林冲との対決は飛虎の完敗、飛虎は片目を喪ったのみならず、戦う意志をも失ってしまうことに。

 一方、いよいよ勢力を増す梁山泊に対し、宿元景は辺境を守る十節度使を召喚、梁山泊への総攻撃を計画。梁山泊側にとってもこれは望むところであり、林冲・花栄・呼延灼・関勝・武松・李逵・燕青・李俊・張順ら、総力を挙げて決戦に臨むこととなります。

 官軍側で決戦への参加を望まれる飛虎ですが、しかし彼には既に戦う意志はなく、翠華は彼を置いて単身官軍に身を投じ、戦場で梁山泊の長・宋江を狙うのですが――


 この最終決戦の舞台となるのは、原典でも描かれた梁山泊と十節度使との戦い。原典では百八人勢揃いした後の、一番梁山泊に脂の乗り切った時期の戦いであり、なるほど決戦にふさわしいシチュエーションではありますが、注目すべきは、ここで本作が原典の物語に収斂していくことでしょう。

 梁山泊を悪の巣窟として描き、それに戦いを挑む飛虎たちの姿を描く本作は、当然のことながら、原典とは大きく異なった物語であり、登場するエピソードも、本作独自のものばかりでありました。
 それが、もちろん細部は異なるとはいえ、原典を踏まえた物語を展開するというのは、なかなかに興味深いことであります。

 そして、それに合わせるかのように、本作の梁山泊も、単なる賊徒の群れではないことが、宋江の口から語られます。
 彼の言葉を信じるならば――翠華のような犠牲者を生むやり方には大いに問題はあるものの――梁山泊の目指すのは、腐敗した宋国を打倒し、新たな国家を生み出すこと。すなわち、彼らの究極的な目的は、国作りなのであります。

 なるほど、本来であれば節度使を率いる指揮官が宿元景であったものが、戦功を横取りせんとした横やりにより、高キュウに変更となってしまう様などを通じ、宋国朝廷の腐敗ぶりはこの巻で描かれることとなります。
 それは原典でも描かれた、水滸伝ファンにはお馴染みのものであり、この腐敗に対するカウンターとして梁山泊が存在するというのも、また頷けるものがあります。

 本作では、幾度か翠華の復讐の正当性への疑問が投げかけられてきました。彼女の復讐心は単なる私憤であり、時としていらぬ波風を立てるだけのものではないか…と。
 その意味では、ここで描かれた梁山泊の目的と、宋という国の腐敗ぶりは、彼女の戦いの意味を再び、そして最も大きく揺さぶる要素となりえたのであり、そしてそれこそが、最後の最後で原典に回帰していく理由と感じたのですが――

 しかしながら、この視点はいささか唐突なものとして、十分に踏み込むことなく終わってしまった、というのが、正直な印象であります。

 もちろん、飛虎と林冲の最後の戦いの様を見れば、飛虎が戦うべき真の理由は見えてきます(それが林冲の敗北の理由でもあり、そして水滸伝ファンであれば納得できるものであるのは、大いに評価すべきでしょう)。
 しかし翠華の戦いの意味はどうか――単なる復讐心でもいい、相手の存在の意味は認めつつも己の想いを貫いてもいい、どんな答えでもいいから、明確な答え(それは、答えなどない、という結論も含みます)を見たかった。

 もし、もう少し物語が続いていれば、この辺りはより踏み込んで描かれ、私の不満も解消していたのだろうと思います。
 そしてそれが描かれていれば、本作は、あるいは、我が国の水滸伝史上で特筆すべき作品となっていたのではないか…

 いささか大げさに聞こえるかもしれませんが、本作は、原典の持つある種の可能性を極限まで広げてみせる可能性があった作品であったと――水滸伝ファンとして、そして本作のファンとして、私は信じているのです。

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コメント

ラストの対決シーンは思わず「これは北斗○拳究極奥義、無○転生!」と思ってしまいました。そう言えば心に愛を持つ者が強いのも、ラストでヒロインとヒーローが馬に乗って去るシーンも(笑)。

投稿: ジャラル | 2012.03.23 12:18

ジャラル様:
なるほど、ラストシーンに約二名姿を見せないキャラがいましたが、あれはリンとバットなんですね! しかしそれであればラストバトルは今まで戦った相手の奥義を使って欲しかったかもです(…ロクなのがない)

投稿: 三田主水 | 2012.04.01 18:50

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