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2012.03.05

「蜘蛛女 もののけ侍伝々」 妖怪と魔物と呑気剣士と!?

 将軍家重の側近・大岡出雲守忠光が原因不明の病で倒れた。さらに、夜な夜な忠光の元に現れる怪しの影。今日も広島藩下屋敷で呑気に暮らしていた京嵐寺平太郎は、無理矢理呼び出されてこの怪異と対決する羽目になってしまう。妖怪大将・樋熊長政らとともに怪異に挑む平太郎が見たその正体は!?

 おかしな因縁から、天下を乱す魔物たちと対決する羽目になる若侍・京嵐寺平太郎とおかしな仲間たちの活躍を描くシリーズ第2弾です。

 広島は三次に生まれた京嵐寺平太郎は、土地の人々を悩ました妖怪大将を退治したというのが評判となって、広島藩の江戸詰めとなった青年であります。
 しかしその実、妖怪大将は彼の実家に古くから住み着いた、彼にとってはいわば幼なじみ。そんな大将を追い払うのもしのびなく、退治した、と嘘をついたのがきっかけで、彼は剛の者と勘違いされ、様々な妖怪退治に駆り出される羽目になってしまいます。
(言うまでもなく、この辺りは「稲生物怪録」のパロディであります)

 もちろん、致命的にやる気はないという欠点はあるものの、彼とて単なる青瓢箪ではありません。
 魔物に対して絶大な力を発揮する太刀・茶丸や、平太郎にくっついて江戸まで出てきた妖怪大将・樋熊長政をはじめとする妖怪連が彼の味方となり、実ににぎやかな妖怪退治が始まる――というのがこのシリーズの基本設定となります。

 さて、前作同様、今回も全4話構成ですが、実質は前後編のエピソードが2つ収録されている形となっています。
 時の将軍家重の側近であり、平太郎とも縁浅からぬ大岡忠光を夜な夜な襲う謎の魔物に立ち向かう前半。そして、大奥の開かずの間の封印が解かれたことから続発する怪事の謎に挑む後半…
 いずれも、どシリアスで怪奇な事件と、呑気で面倒くさがり屋な平太郎や仲間の妖怪たちとのギャップが面白く、一風変わった妖怪時代劇となっているのは評価できます。

 特に、敵方の魔物が、どこかクリーチャー然とした怪物なのに対し、妖怪大将をはじめとする味方の側の連中は、どこか脳天気で愛嬌溢れる、昔ながらの「妖怪」なのが楽しい。
 隣人として何となくやっていけそうではあるけれども、やはりどこか人間とはズレている(メンタリティが異なる)彼らの存在は、妖怪退治ものとして、良いスパイスになっていると申せましょう。
 特に、実は臆病で、しかし人一倍食い気が強い三つ目入道の樋熊長政は、妖怪大将という勇ましい名前と裏腹のキャラクターが実に楽しいのです。


 しかし、小説として見ると、まだまだな部分が感じられるのもまた事実。
 前作の感想で指摘した、文章がどこか淡々としている点は、少し改善されたようにも感じるのですが、細部の描写が甘いため、リアリティに乏しい印象を受けるのです。
 例えば、大奥に封印の法要のためにやってきた僧侶に男の侍の護衛がついていて(それもどうかと思うのですが)、それが単に「役人」とだけ描写されていたり、敵の術が「陰陽術」とのみ語られたり…もちろん、ぼかしておくことが必要な場合もありますが、今回はもう少し掘り下げて書くだけで、よりリアリティが生じるように感じるのです。

 妖怪が闊歩する時代小説に「リアリティ」なんて、と言われるかもしれませんが、しかし、現実離れした怪異や妖怪の存在は、その背景となる「現実」あってこそ。
 その現実の確からしさ、もっともらしさが大きければ大きいほど、それに相対するモノたちの存在感が増すのですから…

もう少し下調べしてもいいのではないか
妖怪や怪異はリアリティと背中合わせの存在、舞台の確からしさが高ければ高いほど、その存在感は際立つのですから…

 第3弾では、その辺りの違和感も解消していただけたら、と強く願う次第です。

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