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2012.03.06

「江戸の可愛らしい化物たち」 化物と人間、江戸と現代

 アダム・カバットといえば、従来の妖怪研究(民俗伝承を中心とした、とでも言いましょうか)から離れた、一風変わった角度からの妖怪研究を行っている人物。
 本書「江戸の可愛らしい化物たち」は、その中でも特にユニークな内容の一冊であります。

 本書は、江戸時代の黄表紙(絵入り小説本)に登場する妖怪・幽霊たちの様々な生活ぶりを、実際の黄表紙を引用しつつ紹介したもの。
 しかし極めてユニークなのはそのアプローチで、彼ら化物の生活様式を、現代の我々人間のそれに当てはめて紹介しているのであります。

 それは、本編部分の章題――住宅事情/職業/会議・研修/仕事上での悩み/恋愛・セックス/美容・ファッション/夫婦関係・結婚/親子関係/健康/趣味
――を見れば何となく察することができるかもしれません。

 …なんだか人間の世界の一般書籍のジャンルのような内容、これを見て江戸時代の妖怪本の目次と思う方はまずいないと思います。
 しかしこれこそが本書の真骨頂、この一見全く関係ないように見える内容と、どのように妖怪と結びつくのか、それが面白いのです。

 例えば「住宅事情」であれば、より良い住居を求めて、大家(もちろんこちらも化物)と交渉したり、近所付き合いをせっせとこなす化物たちの姿が(しかし折角の新居を「快適」にするため、わざわざ荒れ放題にしてしまうのが面白い)。
 「職業」であれば、狸が自分の八丈敷きの○○袋を広げて、人間相手に貸し布団屋を始める姿が。
 そして「仕事上での悩み」であれば、夜な夜なあの世からの大混雑を抜けて、自分の受け持ち場所(?)に急ぐ幽霊の姿が――

 そんな、実に生活臭溢れる化物たちの姿が、コミカルにユーモラスに、ページからあふれ出さんばかりに、本書では描かれているのであります。

 そして、ここに描かれた化物たちの姿は、ほとんどそのまま、当時の人間たちの姿の裏返し、パロディとなっています。
 きれいはきたない、きたないはきれい――彼ら化物の価値観は、まさに人間のそれとは表裏一体。逆に言えば、ここに記された化物たちの姿から、江戸時代の人間の生活の姿が、克明に浮かび上がってくるのであります。

 もちろん、江戸時代の事象を現代の目(価値観)で見ること、現代の事象を江戸時代に当てはめて考えることは、慎重にするべきものであり、時として危険なものですらあります。その点は、常に念頭に置いておく必要はあるでしょう。
 しかし本書の筆者も、その点を認識しつつ、それでもなお、このような形式を選んだことには、やはりそれなりの意味があるでしょう。

 もちろん全くイコールには当然ならないにせよ、人間の生活――というよりその背後にある人間の感覚・考え方というものは、時代を超えて重なる部分が多々あるのであり、本書はその点を楽しく教えてくれるのですから。

 化物と人間、江戸と現代――二つの世界、二つの時代をそれぞれ重ね合わせることにより見えてくるもの。
 表面上の楽しさももちろんのこと、この見えてくるものを読み取ることが、本作の醍醐味と言えるのではないかと感じるのです。


 ちなみに本書においては、現代ではほとんどきんぴらゴボウの語源としてのみ伝わる坂田金平(金時の子)が、妖怪たちの天敵として登場しているのが、なかなか興味深く感じます。
 もっともこれは、本書で引用された作品のかなりを占める、十返舎一九ならではの設定の可能性はありますが…

「江戸の可愛らしい化物たち」(アダム・カバット 祥伝社新書) Amazon
江戸の可愛らしい化物たち(祥伝社新書262)

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