「奉行始末 闕所物奉行 裏帳合」 走狗と人を分けたもの
将軍家斉の死とともに一気に動く幕閣の勢力分布。巻き返しを図る家斉側近の水野美濃守らは、江戸の闇の世界の支配を企む狂い犬の一太郎に命じ、水野忠邦の追い落としを図る。忠邦から一太郎抹殺を命じられた闕所物奉行・榊扇太郎は、江戸を炎に包まんとする一太郎と最後の決戦に臨む。
幕府で最も裏の世界に近い奉行たる闕所物奉行・榊扇太郎が、江戸の表と裏の権力闘争の最中で必死の戦いを繰り広げる「闕所物奉行 裏帳合」シリーズも、この第6巻「奉行始末」でついに完結であります。
大御所・徳川家斉と現将軍・家慶の間、そしてそれぞれの側近の間で繰り広げられてきた熾烈な権力闘争。
町奉行の座を狙う鳥居耀蔵、そして江戸の闇の世界を狙う狂い犬の一太郎らとの戦いの中、家慶派の水野忠邦の側についた扇太郎もまた、その争いの中に否応なしに巻き込まれることとなります。
一旦は家斉が没したことにより決着がついたかに見えたこの争いですが、しかし忠邦の権力も決して盤石とはいえません。
老中首座として権勢の頂点に上ったとはいえ、倹約令に江戸町奉行も非公然と抵抗したことが示すように、彼の目指す改革は敵が多く、いつ足元を救われるかわからない状態。 そんなところに、江戸の治安を揺るがすような事件が起きれば、果たしてどうなるか…
江戸の顔役たちを叩き潰し、自分が新たな顔役にならんとする一太郎は、返り咲きを狙う水野美濃守と結んで恐るべき陰謀を企て、その一方で鳥居も町奉行追い落としのために陰険な策謀を巡らせ――
そんな暗闘の最前線に、今度は忠邦の走狗として、扇太郎は放り込まれることとなります。
奉行とはいえ御目見以下、上の人間に目を付けられればひとたまりもない闕所物奉行。
これまで同様、いやこれまで以上にこき使われる扇太郎ですが、しかしそれでも彼が単なる走狗に堕ちず、ヒーロー性を失わないことを、ここまで彼の苦闘を見守ってきた我々は知っています。
彼がこれまでの戦いの中で得てきたかけがえのないもの、決して譲れないもの――それこそが、走狗と人を分けるものであり、江戸を炎に染める最後の決戦に向かう扇太郎が切った啖呵こそは、本シリーズの何たるかを示したものであります。
闕所という江戸時代独特の刑罰を、江戸市政の「私」と、幕府権力の「公」の接点として捉え、そしてそこから、人がその接点で如何に身を処するか、エンターテイメント色豊かに描き出してみせる…
本シリーズは、上田秀人ならではの、上田秀人でなければ書けない作品であり、その到達点の一つと言ってよいでしょう。
そして同時に、本作は今書かれるべき、今書かれるに相応しい作品でもあります。
江戸でしたたかに、そして真摯に生きた扇太郎の姿には、今を生きる我々に必要なもの、持つべきものが込められているのですから…
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