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2012.04.08

「もろこし桃花幻」 桃源郷に潜む闇

 時は元代末期、故郷に帰る旅の途中の青年・陶華は、流賊と戦う渓陵の城市近くで、女道士・杏霙と出会う。更に剣呑な老行者をはじめ、一癖も二癖もある面々と道連れになった陶華は、賊を逃れて、伝説の桃源郷を思わせる村にたどり着く。だがそこで彼らを待っていたのは、奇怪な連続殺人だった…

 伝説の神帝・黄帝から与えられた銀牌を手に、この世の勢(システム)を守るため戦う江湖のヒーロー・銀牌侠の活躍を描く「もろこし」シリーズの第三弾が刊行されました。

 春秋戦国時代から中華民国まで、様々な時代に活躍する銀牌侠の姿を描いてきた本シリーズですが、今回の舞台は、これまでも幾度か舞台となった元代の末期…ではありますが、シリーズ初の長編として、これまでにない実にユニークな内容となっております。

 既に乱れに乱れ、崩壊寸前の元朝。各地では拠点を持たず、流浪を続けては略奪を行う流賊たちがはびこる中、その流賊に攻められる渓陵の城市周辺が本作の舞台となります。

 科挙受験のために都に出ながらも、国の情勢を見て故郷に帰ることにした主人公・陶華。渓陵の城市近くの桃渓村にやって来た陶華は、住人たちが消えたこの村で、杏霙と名乗る女道士と出会うことになります。
 さらにその場に現れる、いずれも曰くありげな人々。村の近くに住む少女・小蘭、二刀を使う剣呑な老行者・施檜、その相棒で軽功を使う老行者・孫吉、いずれも一癖ありげな
商人、医者、侠客…

 流賊の襲撃を受けて逃れた一行がたどり着いた先は、あたかも陶淵明の「桃花源記」に登場する隠れ里――すなわち、桃源郷のような村。
 外の戦と無縁のような平和な世界に戸惑いながらも、流賊が撤退するまではと村に留まることになる一行ですが…

 しかし、一行の世話役が首を切り離されて惨殺されるという事件が発生。しかもそれは、更なる惨劇の幕開けだったのであります。
 果たして姿なき殺人者の正体は、何故殺人が、それも今起きなければいけなかったのか? そして事件と陶華たち一行の関係は…


 外界から隔絶された環境で殺人が起き、周囲の人間全てが容疑者として疑われる中で次の惨劇が――という、いわゆる「吹雪の山荘」ものというシチュエーションがミステリにはあります。
 本作は、その「吹雪の山荘」を、実に意外な形で作りだしたと言えるでしょう。何しろ山荘に当たるのは桃源郷を思わせる村、吹雪に当たるのは流賊との戦なのですから――

 しかし、本作の真に見事な点は、その意外なシチュエーションが、単に読者を驚かせるためだけのものではなく、舞台設定と密接に連動し、一定の必然性を持っていることでしょう。
 一見無関係に思われた、プロローグに当たる部分が、陶華たちの冒険にどのような意味を持つのか…それが明らかになった時の驚きは、まさしく良質のミステリのそれであります。

 本シリーズのこれまでの作品と同様、本作は、この時代の、この舞台でなければ起こりえない事件を描いた、見事な時代ミステリと呼べるでしょう。そして同時にそれは、この時代の――そして他の時代にも生じ得る――闇を剔抉することでもあります。
(もう一つ、ある登場人物の行動が、武侠小説ファンであればひっかかる――というより納得してしまう――トリックとなっているのも楽しい)

 …しかしながら、シリーズとして見た場合には、正直に言って銀牌侠の存在感(というより存在の必然性)が薄かったと感じます。
 銀牌侠個人のキャラ自体は十分に立ったのですが、銀牌侠の使命から考えると、今回はいかがなものか…という印象があるのです。

 もっとも一つには、ゲストキャラの老行者が目立ちすぎた、という点はあるのですが――
 しかも、ネタバレにならない程度に言えば、私にとっては大好物な題材と趣向にもかかわらず、さすがにちょっと強引すぎるのでは…と言いたくなるような使い方なのは、少々もったいないと感じます(もっとも、それによって少々メタなオチが付くのは、それはそれで好みなのですが)。


 結論から言えば、シリーズものとしてみればもったいない部分も見られますが、中国時代ミステリ、武侠ミステリとしてみれば、やはり今回も実に魅力的であった本作。
 いつの時代の、どこの場所に現れるかわからない、神出鬼没の銀牌侠の次なる冒険にも期待する次第です。

「もろこし桃花幻」(秋梨惟喬 創元推理文庫) Amazon
もろこし桃花幻 (創元推理文庫)


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