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2012.05.05

「蝶獣戯譚Ⅱ」第1巻 己を殺し、敵を殺す女、再び

 かつて「コミックバンチ」誌に連載されながらも、雑誌そのものの休刊により惜しくも連載終了となった、ながてゆかの「蝶獣戯譚」が帰ってきました。
 江戸時代初期の吉原を舞台に、はぐれ忍びを狩る狩人・於蝶の暗闘を描く連作コミックであります。

 1636年、既に戦国の世は遠く、忍びも無用となった時代に、己の技と業を捨てきれず、盗み・殺しに手を染めた外道たち“はぐれ忍び”。
 一方、常人離れした能力を持つ彼らを討つため暗殺集団“狩人”――吉原の庄司甚右衛門を長に組織されたその一員が、本作の主人公・於蝶であります。
 表の顔は吉原一の太夫・胡蝶。裏の顔は狩人・於蝶…二つの顔を持つ彼女が出会う事件/人々の姿を、本作は描き出します。

 本作は「コミックバンチ」誌に連載されていたものの直接の続編。この第1巻は、その再スタートに当たってのプロローグ的な第1話「はぐれ忍びと狩人」から始まり、馴染みの遊女の客を次々と殺す青年との対決「血濡れの塔也」全3話、公儀の男と胡蝶のつかの間の触れ合いを描く「別れの手管」が収録されています。

 前作の感想でも触れたことを再び述べるのも恐縮ですが、太平の世に暴走する忍びを討つ忍びという構図や、吉原を根城とした忍び集団という設定自体は、決して珍しいものではありません。
 しかし、本作のユニークな点であり、そして読む者の心に残るのは、その物語の中で描かれる情念の、こちらの心を抉ってくるような濃さであります。

 本作の主人公・於蝶は、一見冷徹に構えつつも、しかししばしば揺れ動く心を持つ女性として描かれます。
 太夫としての自分と狩人としての自分、忍びとしての自分と忍びを狩る者としての自分、遊女としての自分と一人の女としての自分――そんな危うい、細い橋の上で揺れる彼女の心の動きが、本作では随所に描かれ、それがこちらの心に、棘のように突き刺さってくるのです。

 そして、そんな彼女の、いや登場人物たちの想いが現れるのが、目の描写であります。
 人としての情の籠もった目と、情を捨てたはぐれ忍びの目――この両者を絵的に描き分けるというのは、ある意味鉄板の描写ではありますが、しかしそれが物語の流れの中で実に効果的に差し挟まれ、それがまた、こちらの心に響くのです。

 それが最大限の効果を挙げているのが「血濡れの塔也」のエピソードでしょう。
 自分の恋人に強い執着を持ち、彼女に近づく客を次々と惨殺していく若きはぐれ忍び・塔也。そんな強い業を持ちながらも、子供のような澄んだ瞳を持つ彼と対峙した於蝶は、一瞬の戸惑いから不覚を取ることになります。

 そんな彼の澄んだ瞳も、はぐれ忍びの黒く濁った瞳に変わる時が来るのですが――そこに至るまでの彼の心の中の地獄の描き方が実に見事。
 互いを想い合いつつも、しかしどうにもならぬ運命の中で苦しみ、歪み、狂っていく塔也とその恋人の姿が――塔也のある体質を効果的に背景として使いつつ――浮き彫りにされる様には、何ともこちらの心を抉られるのです。


 しかし、相手がどのような想いを抱えつつも、於蝶はただ冷徹に仕事をこなさざるを得ません。
 遊女と狩人と――性と死と、生業の中身は全く異なりながらも、己の心を殺さなければならない点では共通する二つの顔を持つ於蝶の戦いの行方を見届けるのが怖いような惹かれるような…そんな不思議な気持ちにさせられる作品であります。

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