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2012.05.31

「ふたり、幸村」(その二) 神と人の間に

 昨日の続き、山田正紀の「ふたり、幸村」について、本作の構造を中心に紹介したいと思います。

 本作の舞台となる天正十二年から慶長二十年までの約30年間は、戦国時代の末期――戦国時代から江戸時代、中世から近世に移り変わる時期であります。
 そして本作においては、その大きな時代の変遷、歴史のうねりを、神々の交代という概念で描き出します。

 ここでいう「神」とは、実在する人間以外の超越者ではなく、一種の概念、時代を動かす者の意であり、そしてその象徴と言えばよいでしょうか。

 幸村がその生涯で出会う、何人もの神々、戦国時代の神々と出会うこととなります。その神々とは、真田昌幸・望月六郎・山本勘助・判兵庫といった軍配者たち――戦国の背後にあってそれを動かし、リードしてきた存在であります。
 彼らは己の才覚でもって、人を、国を、そして歴史を動かして来た者たち――なるほど、その身はあくまでも人であれど、その為したことは、人としてはあまりに巨大であったと言えるかもしれません。

 しかし戦国の終わりとともに、彼らは姿を消していくこととなります。変わって現れる神とは天道――この世の道理・真理を体現し、代弁する存在。本作においては、家康の存在がそれに当たるものとして描かれることとなります。

 荒ぶる神、歴史を動かし操る者から、天の代理人としてのそれへ――大坂の陣とは、そんな、性質を異にする神々同士の戦いであったと言えるのです。

 しかしながら、本作で描かれる幸村の最後の活躍の姿からは、結果として彼がそのどちらにも属さぬ道を選んだように感じられます。
 戦国の世に殉じ、武将として死に花を咲かすのではなく、天道の名の下に、弱き者への非道を認めることを許容するのでもなく――そのどちらにも与せず自分の意志を貫こうとする、人としての道を。

 すなわち本作は、歴史の境目に現れた、歴史を動かす神々の姿を描くと同時に、それに対して己の足でどこまでも歩もうとする人の姿を描く、神と人の物語なのであります。


 …しかし面白いのは、それとはまた異なる次元で、幸村が生き続けているように感じられる点であります。

 現代の我々がよく知るように、幸村の活躍は、史実とは――すなわち彼自身の思惑とは――離れた形で、虚構の中にその名を留め、今なお親しまれています。
 それはすなわち、彼がもう一つ別の神に…物語という名の神となった、と見ることができるのかもしれません。

 本作は、二人の幸村を配置することで、真田幸村にまつわる様々な謎、矛盾をある程度乗り越え、新たな幸村伝を構築してみせた作品であります。
 そしてそれと同時に、人の幸村と神の幸村、二つの幸村の姿を描くことにより、時代の変遷、歴史のうねりというものを、象徴的に描き出した…そう言えるのではないでしょうか。

 もちろん、本作はまだまだ様々に読み込むことができる作品であり、ここに述べたのも、あくまでも一つの見方に過ぎません。
 ぜひ、この史実と虚構の間に存在するかのような不思議な作品を手に取っていただき、そこに何が見えるのか、ご自分の目で確かめていただければと思います。

「ふたり、幸村」(山田正紀 徳間書店) Amazon
ふたり、幸村

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2012.05.30

「ふたり、幸村」(その一) 馴染み深き、そして新しき幸村伝

 諏訪大社の雑人にして真田家の早飛脚を務める少年・雪王丸は、天正十二年の冬、真田昌幸と対面して彼の三男・幸村として迎えられる。年の近い兄である信繁と行動を共にするうち、やがて彼らは二人とも「幸村」と呼ばれるようになる。戦国時代の終わりに、二人の幸村が見たものとは…

 今では、いや今でも戦国時代最大のヒーローの一人というべき真田幸村は、しかし、その実かなり謎に包まれた存在であります。
 その活躍の内容において、虚構と史実の境目が極めて曖昧となっていることもさることながら、そもそも「幸村」という名前が信頼のおける史料に登場せず、全て「信繁」と呼ばれているのであり――言い換えれば、真田幸村という人物自体が本当に存在したのか、とすら疑うことができるのですから。

 本作は、そんな幸村の存在の謎に、意外な解を用意した作品であります。そう、そのタイトルに表れているように、幸村は二人――信繁と幸村と――いた、という解を。

 本作はその幸村の生涯を、幸村(雪王丸)が真田昌幸に見いだされる少年期、第一次上田合戦を背景に幸村と信繁の出会いを描く青年期、第二次上田合戦を背景に幸村の経験したある別れを描く壮年期、そして大坂夏の陣を舞台に幸村と信繁の最後の戦いを描く晩年期と、四章に分けて描いた作品であります。
 そこに登場する人物も多士済々。昌幸・信幸・大助と真田家の人々はもちろん、望月六郎・根津甚八・海野六郎・才蔵といった講談などでは真田十勇士として知られる者たち、さらには山本勘助(!)まで――
 真田ものファン、戦国ファンであればよく知った顔ぶれが、しかし本作においては、全く異なる顔を以て活躍することになるのです。

 もちろん、その筆頭が二人の幸村であることは間違いありません。
 諏訪大社の雑人であり、真田家の早飛脚であったものが、突然昌幸の三男として暮らすことになった雪王丸=幸村。彼の出自の秘密は伝奇性十分でありますが、それ以上に、山田正紀ファンとしては、彼を表すある言葉にニヤリとせざるを得ません。
 そして父と兄に似ず茫洋とした性格ゆえか、何故か幸村と同一視され、やがて二人で一人の幸村としてその活躍が語られることとなる信繁――
 彼らを物語の中心に据えることで、本作はこれまでと全く異なる、それでいてどこか馴染み深さも感じさせる、新しい真田幸村伝を構成しているのであります。

 しかしながら、本作の真の魅力は、そうしたユニークな幸村伝、伝奇活劇的から、さらに踏み込んだ点にあるように感じられます。

 それについては、長くなるため次回に述べたいと思います。

「ふたり、幸村」(山田正紀 徳間書店) Amazon
ふたり、幸村

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2012.05.29

「石影妖漫画譚」第7巻 集結、ベストメンバー…?

 妖怪絵師・烏山石影と仲間たちが妖怪事件に挑む「石影妖漫画譚」も、気がつけば連載七十回を超えて単行本もこれで第7巻。
 いまは「石影祭」と銘打って単行本連続刊行、「週刊ヤングジャンプ」にお里帰りの短編掲載と、なかなか賑やかなのはめでたいことであります。

 さて、物語はこの第7巻から再び長編エピソードに突入とのこと。
 以前、かまいたちの能力を能力を手に入れた人斬り・入間亜蔵と長きに渡る死闘を繰り広げた石影たちですが、再び始まる、妖の力を手にした者の凶行に立ち向かうこととなります。

 江戸で相次いで発見される無残な焼死体。一瞬に強力な炎で焼かれたと思しきその遺体に、尋常ならざる力――妖の力の存在を感じ取った石影たちは、これ以上の犠牲者を増やさぬために調査を開始します。

 そこに加わったのは、石影の他、かつて彼と共に入間と戦った火盗改長官・中山騎鉄、彼の師匠でかつて石影に救われた老武士・掛川武幻、白狒々事件で活躍した槍使いの退魔僧・鳳蓮、そして毛羽毛現…ほとんど本作のベストメンバーというべき顔ぶれであります。
 しかし、被害者は、いずれも城から帰る途中の歴とした武士たちであるとわかったものの、果たして何故彼らが襲われたのか、そして次は誰が襲われるか、そして何よりも、下手人の正体は謎のまま。
 ただ一人石影のみ、ある思惑を秘めて動き始めますが、しかし彼が辿り着いた下手人とは何と…

 あとがきを見た限りでは、本エピソードはかなりの長編となるようですが、しかし物語の展開は最初から出し惜しみなし。
 ベストメンバーの集結というのは、いかにも長編バトル漫画らしく、それだけでもこれまで読んできた人間にとっては盛り上がるものですが、しかし何と言っても驚かされるのは、今回の事件の下手人の正体。
 意外に早くわかったな…などいう気分も吹っ飛ぶ意外な正体のおかげで、この先の展開が全く見えなくなってくるのですが、もちろんこれが面白いのであります。

 ちなみにこの下手人探しにおいては、石影がかなりロジカルな推理を展開。
 たとえ妖の力を使う相手であろうとも、それが人間であれば、かならずこの世の理に則った痕跡を残す。それに誰よりも早く気づくのが、対象の観察を重んじる絵師の石影であったというのは、なかなかよろしいではないですか。

 そして物語の方は、石影と下手人が真っ向から激突。石影の反則クラスの妖怪画も非常に楽しいのですが、バトルものでは先に手の内を見せた方がまずいわけで…さて。

 事件の一方で、謎の敵から、日本の対妖僧兵全体への宣戦布告などもあり、物語のスケールは広がる一方。
 (こういう言い方をしては何ですが)騎鉄や鳳蓮の出番も用意されているでしょうし、こうなったら風呂敷を広げられるだけ広げていただきたいと思うのであります。


 …しかし、本当に火盗改の連中の髪型だけは馴染めない。妖怪よりも嘘っぽい髪型というのは本当にいかがなものか。

「石影妖漫画譚」第7巻(河合孝典 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
石影妖漫画譚 7 (ヤングジャンプコミックス)


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2012.05.28

「続 明治開化 安吾捕物帖」 時代を超えた作品の全貌

 角川文庫から、坂口安吾の「続 明治開化 安吾捕物帖」が刊行されました。これまで角川文庫ではシリーズ全20篇のうち8篇が「明治開化 安吾捕物帖」として刊行されていましたが、この続編には残る12篇が収録されております。

 「明治開化 安吾捕物帖」については、これまで(「UN-GO」という作品を通じて)幾度も語ってきましたが、もう一度紹介させていただければ、本作はタイトルにあるとおり、坂口安吾による、明治の文明開化の時代を舞台とした連作ミステリ。
 数々の怪事件に対し、氷川に隠居する維新の英傑・勝海舟が推理を行い、それに対し、洋行帰りの名探偵・結城新十郎が、海舟の推理を覆す真実を暴くというのが、本作の基本構造であります。

 本作は、これまで様々な出版社から刊行されていましたが、冒頭に述べたとおり、角川文庫の正編は8篇のみを収録。一番最近に刊行された全20篇を読むことができるちくま文庫版も絶版となって久しく、青空文庫に全編収録されているとはいえ、書籍として手軽に読むことができない状況にありました。
 それが今回こうして続巻が刊行されたことにより、手軽に読むことができるようになったのは、欣快の至りであります。

 さて、本書に収録された12篇は以下の通り――
 「魔教の怪」
 「冷笑鬼」
 「稲妻は見たり」
 「愚妖」
 「幻の塔」
 「ロッテナム美人術」
 「赤罠」
 「家族は六人・目一ツ半」
 「狼大明神」
 「踊る時計」
 「乞食男爵」
 「トンビ男」

 何故か正編に収録されたなかった「魔教の怪」を除き、シリーズ後半の作品が収録されております。

 個々の作品の内容については述べませんが、(シリーズ全体がそうであるように)どの作品も曲者揃い。
 上で紹介しておいて何ですが、シリーズもので往々にして見られるように、実は終盤はパターン通りの構造でない作品も多く、「狼大明神」以降の作品では海舟による推理(とその後の負け惜しみ)がなかったり、ラストの「トンビ男」は、新十郎がむしろ脇に回った感のあったりと、構造の面でもバラエティが感じられるようになっています。

 個人的には「ロッテナム美人術」が、新十郎や海舟をもってしてもどうにもならないこの世の暗部を描いた作品として非常に強い印象が残っております(「乞食男爵」もこれに近い苦い後味の残る作品で、こちらも個人的に好きな作品です)。


 さて、今回の続編刊行が、本作を原案としたアニメーション「UN-GO」の放映の影響であることはまず間違いないところかと思います。
 実は本書の解説は、その「UN-GO」の脚本家である會川昇が担当しているのですが、これがまた必見なのであります。

 安吾とミステリの関係、「安吾捕物帖」という作品の解説と同じくらいの分量と熱意でもって、本作を原作とした「十郎捕物帖・快刀乱麻」とその脚本を担当した佐々木守を語っているのは、これはいかにも會川昇らしい…などと思っていたのが大間違い。
 佐々木守という脚本家の特質――佐々木守と「戦後」の関係からとって返し、そこから坂口安吾の「戦後」、本作の中の「戦後」を語り、そこからさらに安吾の、本作の超時代性と(一見矛盾するようですがそれとは表裏一体の)現代性へと繋いでいくのには、ただただ感心させられました。

 この解説だけでも読む価値がある――とまではさすがに言いませんが、「UN-GO」という作品を通じて本作を知った方、興味を持った方には、ぜひ目を通していただきたい文章であることは間違いありません。

「続 明治開化 安吾捕物帖」(坂口安吾 角川文庫) Amazon
続 明治開化 安吾捕物帖 (角川文庫)


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 「明治開化 安吾捕物帖」と「UN-GO」を繋ぐもの

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2012.05.27

「義風堂々 直江兼続 前田慶次酒語り」第4巻 その男の眼帯の下に

 「義風堂々 直江兼続」の第2シリーズ「前田慶次酒語り」も、早いものでもう単行本4巻目であります。
 慶次と秀吉の対面が描かれた前の巻は、「花の慶次」のスピンオフというよりリメイク的色彩が強く感じられましたが、この巻では再び兼続を中心に物語が展開することとなります。

 慶次と兼続の命はおろか、上杉家の存亡までがかかった慶次と秀吉の対面も無事に終了、慶次が傾奇御免のお墨付きをもらってまずはめでたし…ではありますが、この巻で描かれるのは、その波紋の一つであります。

 慶次と秀吉の対面で、秀吉の脇に控えていた小姓――ごつい上に額にVの字の傷が入った面構えで、前髪立てがあまりにも似合わないこの小姓、前の巻では島左近経由で用意された柳生の剣士、とのみ語られましたが、これがなんと柳生宗章。
 宗章、通称五郎右衛門は柳生石舟斎の四男で、宗矩の兄…などというよりも、隆慶作品でいえば、「柳生非情剣」に収録された「逆風の太刀」の主人公と言うべきでしょうか。

 短編とはいえ隆慶作品の主人公となるだけあって(?)、面白い逸話の残る宗章ですが、ここでは、下城途中の兼続に対し、「どうしても貴殿の死に顔を思い浮かべることができなかった!」と物騒な絡み方をするのが面白い。
 その理由については、意地悪な味方をすれば、あの場で兼続を持ち上げる苦肉の策と言えなくもないですが、しかしここで描かれる真相の意外性と、何より狂気すら感じさせる物騒さは、隆慶イズムを汲んでいるようでなかなか楽しめました。
 その後、島左近も加わっての手打ちもまた、豪快でなかなか良いのであります。

 さて、冒頭のエピソードの話が長くなってしまいましたが、以降この巻で描かれるのは、秀吉の小田原攻めにまつわる物語。
 「花の慶次」では、慶次はこの時に幸村を連れて伊達政宗のところに赴いて色々暴れていましたが、兼続の方は、後々まで彼の人生に関わる人物と出会うこととなります。

 それは大谷吉継。石田三成とは共に秀吉の腹心として育ち、彼とは最期まで盟友として関ヶ原で運命を共にした人物であります。
 後に病に冒され、覆面を被っていたという逸話もある吉継ですが、本作の時点ではまだまだ青年で健康そのものと思いきや、なにやら眼帯をしている様子です。

 確かに後に吉継は失明したという話もありますが、さて――と思いきや、眼帯の下にあるものと、その由来は、いかにも本作らしい、物騒で暑苦しく、そしてどこか不器用な切なさを感じさせるもの。
 なるほど、吉継は秀吉だけでなく家康にも高く評価されていたと聞きますが、今回のエピソードを見ればそれも納得、かもしれません。

 さて、小田原攻めは基本籠城戦で、お話としては地味になるのではという印象はありますが、この巻の終盤ではここに新キャラクターが登場。
 戦場の月夜に一人笛を吹くという、風流なのか無鉄砲なのかわからぬその人物に兼続は同じ立場の人間としてのシンパシーを感じるのですが…
 この人物については、いやいやいや、あなたここに来ている場合ではないでしょう、と思わないでもありませんが、兼続とこの人物自体の取り合わせはなかなか面白い。

 なるほど、「花の慶次」では慶次があの人物と出会っていた一方で、兼続はこの人物と出会っていたのか…と感心しつつも、この出会いがさらに面白い動きを生んでくれれば、と感じた次第です。

「義風堂々 直江兼続 前田慶次酒語り」第4巻(武村勇治&原哲夫&堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
義風堂々!!直江兼続~前田慶次酒語り 4 (ゼノンコミックス)


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2012.05.26

「楊令伝 十一 傾暉の章」 国という存在、王という存在

 先日ついに刊行開始された「岳飛伝」。その前作に当たる文庫版「楊令伝」もいよいよラスト1/3に突入してこれで第11巻ですが、前の巻同様、この巻でも比較的平和な梁山泊の姿が描かれます。
 しかしそれは嵐の前の静けさ。大陸は一種の戦国時代を迎えることになるのですが…

 童貫が梁山泊に敗れ、開封府が金軍により陥落したことで、国としては風前の灯火となった宋国。
 趙構を帝に戴く形にはなったものの、しかし直下の官軍は、金軍の執拗な攻撃から帝を守って逃げ回るのが精一杯。その一方で、共に童貫の下で戦ってきた岳飛と張俊は、それぞれ軍閥を作り、己の領地経営に奔走することとなります。
 一方、一応の勝者であるはずの金国も、朝廷内の派閥争い、皇帝・呉乞買の後継者争いで一枚岩と言えず、宋に侵攻した軍の内部も揺れる状況…

 そんな中、ほとんど唯一平穏を保つ梁山泊は、貿易による立国という楊令のアイディアを実現するため、西域との貿易路を確立せんと努力することとなります。
 実はこの巻においては、かなりの部分が、この貿易路確立――その途中に存在する西夏、西遼といった国家との外交交渉の描写に割かれているのですが、これがなかなかに面白い。
 軍と軍が直接ぶつかり合う戦の描写に比べれば、外交のそれは退屈…というのは、本作においてはあてはまりません。
 外交もまた、二つの国、二つの勢力のぶつかり合いであり、直接的な力の行使が伴わないだけ、逆により激しく水面下でぶつかり合い、その後の歴史を変えかねぬものがあると、本作では実感として教えてくれるのです。

 考えてみれば、本作においては、「水滸伝」の頃から、直接的な戦いだけでなく、水面下での人と人との交渉が、重要な要素として存在していました。
 それがここでスケールアップされた…という印象もありますが、それ以上に、この「楊令伝」においては、「国」という存在がクローズアップされてきたと言うべきでしょう。

 冒頭で一種の戦国時代と述べましたが、まさに本作においては、様々な国――その形を取らなくとも、一定上の規模と領土を持つ勢力――が割拠する姿が描かれます。
 実質的に宋を倒しながらも、全土を征服することなく、限られた領土のみを富ませる方向に進んだ梁山泊。いま滅亡の直前となりながらも復活への胎動を見せる宋。いままさに発展期にありながらも、その速度が逆に国のあり方を歪める金。宋・金と国境を接しつつも一定の距離を保つ西夏。
 その他、まだ国としての形は取っていないものの、中央アジアの族長たちをまとめつつ力を蓄える耶律大石。そして未だ己の行くべき道を迷いながらも、己を慕う者たちを養うため、そして軍としての力を保つため、国というものを考え始める岳飛――

 前作、そして本作の半分ほどまでは、梁山泊の最大の目的は――その先に理想の国作りはあったとはいえ――一貫して、宋という国を倒すことが目的でした。
 しかし、腐敗した国は倒さなければならないとしても、国を倒しただけで全てが解決するわけではありません。人が、一定規模以上の人が生きていくためには、秩序が必要となるのであり、それを維持するための制度と財、そして力が必要となります。
 本作でいま描かれているのは、まさにその国が生まれる過程であり、生まれた国が成長していく姿であります。

 そして(少なくともこの時代においては)国が国として存在するためには「王」の存在が必要となります。一つの国を倒した者が次の王となり、新たな国を作る――そのある意味当然のサイクルを、しかし、楊令は拒否するかのように描かれます。

 それは、梁山泊がそれを必要としない国であることをも意味するわけですが、しかしあまりに時代を先取りしすぎたと言える梁山泊が、果たしてこの先も国として存在し得るのか。
 それがこの後の本作の物語となるかと思いますが――楊令がかつて「幻王」と名乗っていたことが、ここに来て、何とも皮肉に感じられるのです。

「楊令伝 十一 傾暉の章」(北方謙三 集英社文庫) Amazon
楊令伝 11 傾暉の章 (集英社文庫)


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 「楊令伝 十 坡陀の章」 混沌と平穏と

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2012.05.25

「黒猫DANCE」第1巻 黒猫が見つめる総司の未来

 時は嘉永5年、多摩郡日野で暮らす少年・沖田惣次郎は、無頼の青年・土方と共に、町を襲った盗賊を斬る。剣の道を志すようになった惣次郎は、地元の天然理心流道場で豪快な青年・島田(後の近藤勇)と出会う。後に新撰組の中枢を担う三人の出会いから、歴史が動き出す…

 いつになっても変わることなく人気の新撰組、その新撰組を扱った漫画が一体いま幾つあるのか、私にもわかりませんが、その中にまた一つ、新たな作品が加わりました。
それが本作、「黒猫DANCE」…タイトルだけ見ると新撰組もの、時代ものには到底見えませんが、少年時代の沖田総司を主人公とした、なかなかにユニークな作品です。

 「源さんも山南も平助も山崎も、近藤さんも死んだ。新撰組は壊滅だ。剣の時代は終わったんだ」
 洋装の土方歳三の、そんな衝撃的な言葉から始まる本作。
 実はこれは、9歳の少年・沖田惣次郎、言うまでもなく後の沖田総司が見た夢の中の出来事。それが後にどんな意味を持つことになるかは、当の惣次郎にとってわかるはずもなく、夢に過ぎません。

 …しかし、それが運命であるかのように、その日、惣次郎は18歳の土方歳三と出会い、そしてその手で初めて人を斬ることとなるのです。


 まだまだ虚構の入り込む余地は少なくないとはいえ、幕末の有名人としてやはりそれなりに記録も残っている新撰組の面々。
 そのため、登場人物の造形や、彼らが出会う事件などは、どうしても似てくる部分は出てきてしまうもので、実のところ、近藤や土方のキャラクターは従来の作品に見られるそれとさまで異ならないように感じます。
 しかし未知数なのは、まだ子供の総司。彼にはまだまだ様々な未来の可能性があるということでしょうか――総司がどのようなキャラクターとして描かれることとなるのか、それはこれからのお楽しみであります。

 …そして、実にこの点こそが、本作最大の仕掛けであるようです。
 恐らくはタイトルの由来であろう、総司の前に現れた一匹の黒猫。その黒猫は、総司の未来への選択を見守る存在として描かれるのであります。

 その黒猫(の、ようにみえるもの)が、果たして何者なのか、それはまだわかりません。しかし、黒猫と沖田の因縁は、新撰組ファンであればよくご存じの通り。この黒猫はあの黒猫なのか、だとすれば、未来と過去を見通しているようなこの存在は――


 と、気になる仕掛けはあるのですが、実は私が何よりも本作を気に入っているのは、第1話ラストのこのナレーションがあまりにも格好良かったためであります。
 「それは人類史上最後に剣の高みに辿りつく男の最初の一振りであった」というナレーションが。

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黒猫DANCE(1) (講談社コミックス月刊マガジン)

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2012.05.24

「もののけ本所深川事件帖 オサキと江戸の歌姫」 そして深川に誰もいなくなった

 深川で大人気の十人組の歌組「本所深川いろは娘」。その中で一番人気の娘・小桃の死体が大川に上がった。その代役として指名されたのは、周吉が奉公する献残屋の娘・お琴だった。お琴に付き添っていろは娘と共同生活を送る周吉だが、メンバーが「十人の仔狐様」の歌詞通りに次々と死んでいく…

 今年に入っても毎月ペースの高橋由太、5月の新刊は久々の「もののけ本所深川事件帖」シリーズ、「オサキと江戸の歌姫」であります。
 これまで大食い大会、婚活と時事ネタ(?)を取り込んできたこのシリーズですが、今回は何とAKB!? しかも、彼女たちがクローズド・サークルの中で童歌の通りに次々と殺されていくという、「死神の子守唄」…というよりその源流の「そして誰もいなくなった」ばりの連続見立て殺人が描かれることになります。

 雨の続く深川で、かつて雨を止めたという伝説の歌「十人の仔狐様」を歌う歌組(アイドルグループ)の「本所深川いろは娘」。その中で一番人気で真ん中に立つ小桃が死んだことから、物語は始まります。
 歌組は十人である必要があると、強欲な興行主が目を付けたのは、主人公・周吉が務める献残屋の一人娘・お琴。泣く泣く新メンバーとなったお琴の身の回りの世話のために、オサキともども合宿所である神社で暮らすこととなった周吉ですが――

 そこで彼が目の当たりにするのは、「十人の仔狐様」の歌詞の通り、一人、また一人と、奇怪な死を遂げた娘たちの死体と、そこに残された謎めいたメッセージ。
 それでも興業を止めようとしない興行主と、歌組以外には行く場所もない娘たち。大川が決壊しかねないほどの雨が降る中も死体は増え続け、ついにお琴とあと一人を残すまでに…


 と、終盤まで十人の女の子たちが一人一人死んでいくという展開。しかもお琴以外の女の子たちは、いろは娘が解散となったら、身を売るしかないという厭な境遇で、非常に重い気分になっていきます。
 元々高橋作品は(毎回言っているような気がして恐縮ですが)、キャラクターの明るさ、楽しさに比して、ストーリー自体はシビアで重い話が多いのですが、本作はその中でも屈指と言えるかもしれません。

 しかし、その果てに結末で明かされる真実を何と評すべきでしょうか。
 犯人の心にあったのは、他者を想う心であり、そして自分を含めた皆が(正確には一名を除いて)幸せになれる道であった――乱暴なアイディアではあります。あまりにも理不尽で身勝手な動機ではあります。
 それでも、この状況に、この境遇にあった者であれば、こう考えてももしかしてはおかしくないのではないか…私はそう感じました。
 周平がほとんど傍観者に終わっているというのは残念でありますが(彼の境遇からすれば、もしかすれば犯人の理解者となれたかもしれないことを考えれば特に)、しかしそれでもなお、これまでのシリーズで最も読み応えある作品でありましたし、作者の作品の中でも一二を争う出来の作品ではないかと、心から思います。

 ミステリの古典的名作を本歌取りしつつ、新たな内容を提示してみる…このミス大賞出身は伊達ではない…そんなことを再確認させられる作品であります。

「もののけ本所深川事件帖 オサキと江戸の歌姫」(高橋由太 宝島社文庫) Amazon
もののけ本所深川事件帖?オサキと江戸の歌姫 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)


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2012.05.23

「ナウ NOW」第1巻・第2巻 韓国からの武侠漫画見参!

 かつて中原を震撼させた希代の殺人鬼・破軍星。彼が残したという伝説の武功・「四神武殺法」が記された書物を巡り、鬼悪谷では武林の達人たちの死闘が繰り広げられていた。そんな中、それぞれの目的で谷を訪れた劉世河とアリンは、ただ一人、四神武殺法を守る謎の少年・沸流と出会うのだが…

 韓国産の武侠漫画というのは、日本におけるそれよりも遙かに多い数が発表されているようなのですが、しかしほとんど日本では読むことができなかったのが事実。
 そんな中、「黒神 Black God」の朴晟佑の大長編武侠漫画「ナウ(儺雨) NOW」の刊行がスタートしました。

 稀代の豪傑あるいは殺人鬼・破軍星(パグンソン)が残したという「四神武殺法」の秘伝を巡り、たった一人でその殺法を守り続けてきた沸流(ビリュ)と、その争奪戦に巻き込まれて同門の人々を失った劉世河(ユセハ)、二人の少年を中心とした物語――のようであります。

 ようであります、というのは、今回同時刊行された第1,2巻の段階では、まだまだ物語はプロローグと言った印象を受けるためです。
 武林の豪傑たちが正邪入り乱れて秘伝書の争奪戦を行うという背景。沸流と劉世河、そして二人のヒロインの出会い。そして彼らに襲いかかる謎の敵たちの影――
 武侠ものの導入部としてはまず標準的なパターンかと思いますが、ここから千変万化、幾らでも転がっていくのもまた武侠もの。現時点ではどのような物語になるか正直なところわからないのですが、しかしそれだけに引き込まれるものがあるのもまた事実であります。
(もっとも本作の場合、第一部と言うべき「天狼熱戦」という作品があるとのことなので、それを受けての部分があるかとは思いますが…武侠小説ファン的には「射雕英雄伝」と「神雕侠侶」のような関係と考えればいいのかしら)

 ちなみに第2巻までで感心したのは、ヒロインの一人(であろう)ケモノ属性の少女・貂鈴(チョリョン)のキャラクター造形。
 別に本当の獣人というわけではなく、ある人物の手で獣のように育てられた少女…という設定なのですが、言動からコスチュームデザインに至るまで、見事にその属性を満たしているのには、全くケモナー趣味のない私でも面白く感じた次第です。


 閑話休題、様々に魅力のある作品ではあるものの、本作にはしかし、いささか残念な部分もまた存在します。
 それは、武侠ものという本作のジャンルに起因するもの――武侠ものというジャンルがまだまだなじみ深いものとは言えない日本の読者が、いきなり武侠の世界が、概念が、用語が所与のものとして存在する本作を読んで、すぐに入っていけるのか? という点であります。

 この辺りのフォローは、本作に限らず難しい部分かとは思いますが、本作で初めて武侠ものに触れる読者も少なくないであろうことを考えれば、あだやおろそかにはできますまい。
(個人的には、公式サイトを見て、初めて本作がどこの国の、いつの時代が舞台がわかるというのもちょっと…)

 本作は全25巻とのこと、まだまだ長丁場でありますが、この辺りも含めて、どのように展開していくのか――
 色々な点で、大いに気になる作品なのであります。


 ちなみに第2巻の巻末に収録された独立した短編「縊鬼」は、泊まった人間が縊死して見つかるという呪われた部屋に泊まった道士の運命を描くホラー。
 ラストのひねりがなかなか面白く、途中のアレはコレのためであったか!? と思わされる、ユニークな作品でした。

「ナウ NOW」第1巻・第2巻(朴晟佑 新紀元社Korean Enterteinment Network) 第1巻Amazon / 第2巻 Amazon
ナウ-NOW 1 (Korean Enterteinment Network)ナウ-NOW 2 (Korean Enterteinment Network)


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2012.05.22

「象印の夜 新・若さま同心徳川竜之助 1」 帰ってきた若さまの最悪の一日

 辻斬りが江戸の夜を騒がす中、南町奉行所の同心たちがフグに当たって倒れてしまった。そこに象に踏みつぶされたという男の死体が発見され、ただ一人無事だった竜之助が単身探索にあたることに。しかし、その後も次から次へと怪事件・珍事件が発生、食うものも食わず奔走する竜之助が知った真相とは!?

 若さま同心が帰ってきました。田安家の十一男坊・徳川竜之助が、福川竜之助と名乗って南町奉行所の同心見習いとなって大活躍――という「若さま同心徳川竜之助」シリーズが、「新」の字を冠して復活したのであります。

 ここで正編をご覧になっていた方は驚かれるかもしれません。正編の方は全13巻できっちり完結、後日譚までしっかり語られているのですから…
 果たしてあの後にどう続けるのか!? と思いきや、今回描かれるのは、正編の第2巻から第5巻の間を舞台とした物語。竜之助が葵新陰流の秘剣・風鳴の剣を振るって活躍していた頃を舞台とした、いわゆる「語られざる事件」なのであります。

 正直に言って、この設定を知った時には、私としては複雑な想いがありました。確かにこのシリーズは私も大好きですが、しかしシリーズの魅力の一つは、竜之助が遣う葵新陰流を狙う数々の剣客との対決や、流派そのものに潜む秘密といった、タテ糸の部分にあったことも事実。
 そのタテ糸を欠いた状態で果たして…と思ったのですが、しかし私があさはかでありました。個々の事件というヨコ糸の部分だけでも十分面白い、いや、猛烈に面白いのであります。

 さて、本作の最大の特徴は、竜之助が挑む事件が、次から次へとひっきりなしに起きることであります。
 象に踏みつぶされて死んだという男と、その近くで殺されていた夜鳴蕎麦屋。行方不明となった蜂須賀家の姫君や辻斬りの下手人探し――
 ハウダニット、ホワイダニット、フーダニット…とにかくあやうく両手の指で数え切れなくなりそうな数の、それも様々なタイプの謎が入り乱れて登場するのであります。

 それに挑むことができるのが、夜食に用意したフグ鍋に当たったという情けない理由で、南町奉行所常町廻り同心がほぼ壊滅状態となったため、竜之助ただ一人(正確には違うのですが、まあ戦力になるかと言えば…)という設定も実に楽しい。
 かくて我らが竜之助は、復活早々、ほとんど二昼夜ぶっ続けで事件の謎に挑むことになります。

 実は正編の方は、1冊辺り4話程度の事件から構成される、連作短編集的なスタイルを取っていたのですが、本作では1冊通して一つの…いや一塊の事件を追うという構成。
 それが物語に良い感じの複雑さ、というか混沌ぶりを与えてくれて、ミステリとして見ても実に面白い作品となっているのであります。
 ちなみに、一つの長大な続きものとしてのタテ糸がないということが、後に引けない1冊勝負(?)的な状況に繋がり、それが上記の複雑さを生み出しているのも実に興味深いことであります。

 そしてもう一つ、シリーズのファンにとって楽しいのは、本作において、竜之助を取り巻くヒロインの一人であったやよいのキャラクターの掘り下げが行われていることです。
 福川家の女中、実は田安家のくノ一というやよいは、「色気の征夷大将軍」(竜之助談)というほどの色気たっぷりの女性。彼女と一つ屋根の下で暮らす竜之助は、しばしばクラクラしていたものですが、さて彼女が竜之助のことを普段どう思っていたかは、正編の方では描かれなかった部分であります。
 それが本作においては、一部のパートが、やよい視点で描かれることになります。

 これは、実は正編が完結して初めて可能になる構造なのですが、単純に時間を遡ったように見せて、こうした続編ならではの仕掛けを用意している辺り、なんとも心憎いではありませんか。


 そんなわけで、最初に感じた想いはどこへやら、最後までニコニコ顔のまま読み終えた、いや読まされた本作。
 まさに「群盲象を撫でる」を地でいく内容でいて、その「象」が、「国家」や「時代」という目で見えるようでいてどうにもつかめない存在の象徴としても読むことができる辺りも実に見事、としか言いようがなく、まさに脂の乗りきった作者ならではの作品としか言いようがありません。

 こういう復活は大歓迎、さあ次の巻を…と、早くも期待してしまうのであります。

「象印の夜 新・若さま同心徳川竜之助 1」(風野真知雄 双葉文庫) Amazon
象印の夜-新・若さま同心徳川竜之助(1) (双葉文庫)


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2012.05.21

「夢追い月 蘭学塾幻幽堂青春記」 怪異も青春の一ページ!?

 幼い頃からの憧れの人物である蘭学者・玄遊の塾に入るため、多摩から京に出てきた少年・水野八重太。しかし実際の玄遊はいい加減な人間、塾生も変わり者ばかりで、学問に集中できぬ八重太は鬱々とした日々を過ごしていた。そんな中、八重太が誘われた名門蘭学塾では、奇怪な事件が起きていた…

 「一鬼夜行」シリーズで妖怪時代小説ファンの心を掴んだ小松エメルの新シリーズがスタートしました。
 幕末の京を舞台に、蘭学への向学心に燃える少年を主人公にした本作を一言で表せば…幕末青春学園(!?)ホラーなのであります。

 主人公の八重太は、学問への情熱と負けん気の強さでは誰にも負けない…のですが美少女顔で体力と腕っ節には自信のない十五歳の少年。
 そんな彼は、自分が生まれる際に、難産だった母と自分を救ってくれた蘭学者・玄遊に憧れ、彼の下で学ぶため、はるばる多摩から京にやってくるのですが――
 初めて出会った玄遊は、酒と女にうつつを抜かす昼行灯。彼の塾に集った生徒たちも、人は良いが頼りない菅谷、熱血喧嘩バカの中村、からくりオタクの泉とおかしな人間ばかり。おまけに賄い係の少女・千草にもいわれのない敵意を向けられ、八重太はロクに学問もできないまま、三ヶ月を過ごすことになります。

 そんなある日、同郷の先輩から名門塾への転籍を勧められる八重太。彼にとっては願ってもない誘いですが、しかし先方の塾生たちは、まるで何かに取り憑かれたように様子がおかしい。しかも、嫌味でクールな塾生・秋貞が何かと絡んできて、八重太は思いもよらぬ大騒動に巻き込まれることに――

 というあらすじを見ればわかる通り、本作は、過去の時代を舞台にしつつも、基本的な骨格やキャラクター配置は、古き良き学園ものを彷彿とさせるものがあります。
 生真面目だけど空回りしがちで周囲から可愛がられる主人公、一癖も二癖もある怪人揃いの先輩たち、頼りになるのかならないのかわからない師匠…いずれも学園もののフォーマットの一つですが、なるほど、蘭学塾を舞台とすれば、江戸時代にこうして学園ものができるのか、とコロンブスの卵を見た思いであります。

 しかし、本作は、奇をてらっただけの作品では、もちろんありません。
 取り合わせの意外性もさることながら、むしろそれとは逆に、我々にも馴染み深い学園という空間を舞台として描くことにより、いつの世にも――幕末でも、現代においても――若者たちの熱意というものは変わらない、かつての彼らの想いが、今の我々にもあることを、本作は教えてくれるのですから。
(その一方で、本作の事件の発端ともいえる過去の惨劇や、主人公である八重太の境遇など、過去の時代でなければ、過去の時代ならではの物語を描き出すのも心憎い)


 もっとも、八重太自身の悩みと、過去の事件に起因する事件と、さらにもう一つの事件が平行して描かれる構成によって、もちろんそれぞれが密接に関わり合うとはいえ、物語展開に慌ただしい印象が生じているのもまた事実。
 いや、それらが平行すること自体に違和感を感じる方もいるかもしれません。
 しかし、彼らにとっては怪異すら青春の一ページ。この世のものであろうとなかろうと、彼らの経験することが、彼らにとって貴重な財産となるのでしょう。

 そして青春のただ中にいるのは、八重太のみではもちろんありません。彼をとりまく仲間たちもまた、それぞれの想いを抱えて、蘭学を学んでいるのですから…
 これから描かれるであろう八重太の、そして彼らの青春の姿が――すでに青春が過去のものとなってしまったおじさんとしても――楽しみなのです。

「夢追い月 蘭学塾幻幽堂青春記」(小松エメル 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
夢追い月 (ハルキ文庫 こ 8-1 時代小説文庫 蘭学塾幻幽堂青春記)

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2012.05.20

「絵巻水滸伝」 第99回「破滅之門・後篇」 田虎篇、ついに大団円!

 久々に取りあげる正子公也&森下翠の「絵巻水滸伝」は、今月分の更新で田虎篇が完結しました。
 長きにわたって繰り広げられて来た梁山泊と「晋国」との死闘もこれにて大団円であります。

 河北を制圧し、晋王を僭称する田虎。その圧政に苦しむ人々を救わんと「替天行道」の旗の下に立ち上がった梁山泊軍は、数々の強敵との戦いを乗り越え、ついに田虎を追い詰めます。
 しかしそこで田虎が取ったのは、己を信じてきた者たち全てを裏切り、単身金に亡命して国を売ろうというあまりに卑劣な行動。

 果たして梁山泊軍は田虎を止めることができるか、かつて田虎の下で志を同じくしながら敵味方に分かれた孫安と卞祥の戦いの行方は、そして何より、両親の仇である田虎を追う瓊英、そして張清の運命は――
 最後の最後まで先が読めぬまま展開してきた田虎を巡る物語は、ここについに決着することになります。

 原典では、配下こそ多士済々だったものの、本人はさしたる能力は持たず、最後まで暗君だった印象のある田虎。
 しかしこの「絵巻水滸伝」では、上に述べたように、追い詰められてもなお奸悪な企みを巡らす強敵として描かれ、その最後まで物語を盛り上げてくれました。

 その田虎が最期の刻まで執着したのは、愛妾である白玉夫人――瓊英の母。そしてこの二人とある意味対照的に描かれるのは、張清と瓊英のカップルであります。
 あまり男女関係においては幸福なキャラクターが少ない原典において、まず間違いなくベストカップルである張清と瓊英。両親の復仇に燃える中、夢に現れて礫の術を伝授した張清と運命的に出会った瓊英は、彼と結婚し、共に身分を偽って田虎に接近するのですが…

 ここで原典と異なるのは、この時点では二人があくまでも形だけの夫婦であること。それぞれ心の内はどうあれ、あくまでもお互いを利用する形となっていた二人の関係は、今回死闘の中で、ついに一つの結末を見ることになります。
 この辺り、実のところ、ベタもベタ、甘々な展開ですが、しかしそれがいい。張清を「祝福」しに駆けつけるのが風流な「ご友人」と、彼を梁山泊に導いた和尚であるのも粋な展開であります。
(その一方で、最期まで愛する者を得られなかった田虎の姿が、悪役ながら心に残ります)

 もちろん、物語の終わりにあるのは、喜びばかりではありません。哀しみもまた存在します。
 しかしそれでもなお、長きに渡る戦いの末に辿り着いた光は、確かにここにあると感じられる、美しい結末でありました。


 …と、そんな余韻をぶち壊すようにラストに登場するある人物。
 一つの戦いが終わったのも束の間――次回より「王慶篇」の始まりであります。
(にしてもこの溢れる小物感がある意味素晴らしい)


関連サイト
 キノトロープ 水滸伝

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2012.05.19

「UN-GO 因果論」(漫画版) 二つの改変、三つ目の因果論

 漫画版の「UN-GO 因果論」が発売されました。これまで映画・小説とこのブログでも取り上げてきた作品ですが、三つ目の「因果論」であるこの漫画版(以下、「本作」)は、それらとはまた違った形の「因果論」を見せてくれるものとなっています。

 本作で描かれる事件や物語――すなわち新興宗教別天王会の儀式の最中に起きた連続怪死事件、そしてその背後にある新十郎の過去、すなわち因果との出会いは、映画そして小説のそれとほとんど変わるものではありません。

 しかし本作において決定的に異なる点が二つあります。一つは、ここで描かれる別天王会事件の時系列が――新十郎最初の事件ではなく――TV版の中頃に起きたものである点。
 それだけでも十分に驚かされますが、それ以上に大きいのは、もう一つの点…新十郎と世良田蒔郎、そして倉田由子が、高校時代からの友人であることであります。

 映画及び小説では、アジアの某国で初めて出会った新十郎と由子、そして世良田と由子。しかし彼らが高校時代からの友人であることにより、キャラクターの関係性と物語展開が変わってくることは言うまでもありません。
 映画や小説では、由子がごく短い間の交流ながらも新十郎に強烈な印象を残し、彼にとってのファム・ファタールとなったのに対し、この漫画版では、その点がより納得がいくものとして感じられるようになった…という方もいるでしょう。

 しかしそれ以上に、世良田もまた、新十郎だけでなく由子と知り合いであった――そしてそれ以上を望んでいたということにより、彼女は、世良田にとってもファム・ファタールとなっているのであります。
 それが物語にどのような影響を及ぼすか…それはここでは明示しませんが、新十郎にとっての因果と由子の関係を考えれば、世良田にとってのそれは誰になるかは想像が付くのではないでしょうか。
(そしてそれが、新十郎の目を結果的に曇らせるという展開も面白い)

 いずれにせよ、この二点目の改変により、物語の構造が、映画と小説から、また大きく変化していることは間違いありません。
 それは、こう表すことができるかもしれません。映画では新十郎は由子を見ていた。小説では新十郎と世良田はお互いを見ていた。そして漫画では、新十郎と世良田は由子を見ていた――と。

 この辺り、映画と小説が、新十郎最初の事件であることで彼自身の事件であることが明確となっていたのに対し、「UN-GO」という物語の途中に位置する本作(その理由は會川昇によるあとがきを参照されたし)において、新十郎自身の事件という要素がやや薄れがちに見えるのを回避するためでは、と勝手に想像もするのですが…


 それはさておき、人物配置を一つ動かして再構築することにより、ここまで大きく物語の方向性が変わって見えるというのは実に面白い。
 この辺り、これまで様々な原作もののアニメにおいて、原作の要素を再構築することにより、新たな、独自の物語を提示してきた會川昇らしいひねり方だな、と感じてしまうのであります。


「UN-GO 因果論」(pako&高河ゆん&會川昇 カドカワコミックス・エース) Amazon
UN‐GO~因果論 (カドカワコミックス・エース)


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 「UN-GO」 第01話「舞踏会の殺人」
 「UN-GO」 第02話「無情のうた」
 「UN-GO」 第03話「覆面屋敷」
 「UN-GO」 第04話「素顔の家」
 「UN-GO」 第05話「幻の像」
 「UN-GO」 第06話「あまりにも簡単な暗号」
 「UN-GO」 第0話「因果論」
 「UN-GO」 第07話「ハクチユウム」
 「UN-GO」 第08話「楽園の王」
 「UN-GO」 第09話「海勝麟六の犯罪」
 「UN-GO」 第10話「海勝麟六の葬送」
 「UN-GO」 最終話「私はただ探している」
 「UN-GO 因果論」(その一) 「日本人街の殺人」
 「UN-GO 因果論」(その二) 「因果論」

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2012.05.18

「孔雀茶屋 ひやめし冬馬四季綴」 新旧冷飯の共演の意味

 海棠藩の冷飯食い・一色冬馬は、中老の嫡男・鳥羽新之介を向こうに回して家老の妹・波乃の心を射止めるために奮闘中。彼らと縁のあった風見藩邸から白孔雀の血を引く孔雀が盗まれたことを知った冬馬と新之介は、波乃に良いところを見せるために孔雀探しに奔走するが、事件は意外な様相を呈して…

 米村圭伍の作品を久々に紹介いたしましょう。最新シリーズである「ひやめし冬馬四季綴」の第3巻、「孔雀茶屋」であります。
 タイトルのひやめし、冷飯とは、冷や飯食いの略で、武家の次男坊、三男坊ーー要するに、家を継ぐことができない部屋住みのこと。ファンであればよくご存じかと思いますが、作者のデビュー作「風流冷飯伝」は、この冷飯たちが活躍する作品でありました。

 本作の主人公・冬馬もその冷飯の一人なのですが…しかし彼の場合はなかなかに重い身の上。父が役目の上で冤罪を着せられて下士に落とされ、一色家は藩内でも白眼視されていたのです。
 シリーズ第一作でその冤罪は冬馬の手で晴らされたものの、諸般の事情で彼の功績は明らかにできず、彼の身も冷飯のまま。その最中に出会った家老の妹・波乃と想い想われの身になったものの、冷飯ではとても身分が釣り合わず、しかもそうこうしているうちに中老の嫡男・新之介という強力なライバルまでも登場してしまうのでした。

 さて、そんな基本設定を受けての本作では、冬馬と新之介が、盗まれた孔雀探しに奔走する姿が描かれます。
 海棠藩の姫君が嫁ぐ際に仲人を務めた風見藩で飼われていた孔雀ーー白孔雀の血を引くというその孔雀が、将軍家斉が見に来るという直前に盗まれてしまったからそれはもう大変。大変ではありますが、他家の話と放ってもおけないのが武家の付き合いであり、そして何よりも波乃に良いところを見せる格好のチャンス…というわけで、二人はわずかな手がかりを頼りに孔雀を探すことになるのであります。

 米村作品といえば、艶笑味を含んだコミカルな設定と、伝奇性・活劇性の強い物語展開という印象がありますが、本シリーズは、その中でも伝奇性はほとんどなしの、人情もの的側面が強い内容。
 しかしそこである意味原点とも言える冷飯・冬馬を主人公に据えることにより、冷静に考えればかなり生々しいーー何しろ冬馬の目指すものは出世と結婚でありますーー物語を、コミカルで、しかしどこかもの悲しさも伴う味わいに変えているのは、これはやはり作者ならではと言えるのではないかと感じます。

 そして米村ファンにとって嬉しいのは、その冷飯の元祖、「風流冷飯伝」とその続編「退屈姫君伝」で活躍した面々が、本作にゲスト出演していることであります。
 そう、すでに皆老境にさしかかってはおりますが、目高姫や飛旗改め榊原数馬、倉地ナントカさん(こちらは代替わりしていますが)など、何とも懐かしい顔ぶれであります。

 もちろんこれは、作者の作品に共通するお遊びではありますが、しかし本シリーズに限っては、それなり以上の意味を持つように感じます。
 何しろ榊原数馬は元祖冷飯、若き日は冬馬のような悶々とした想いを抱いて生きていた人物ですが、そんな彼も立派に一家を構え、藩を背負って立つ人物となっているのですから…

 正直なところ、冬馬の前途はまだまだ多難としか言いようがなく(実は冬馬は不正を働いていた波乃の父を斬っているのですが、それを彼女はまだ知らず…)、また彼自身もまだまだ未熟な人間であります。
 それでもいつかはきっと…そんな淡い期待を抱かせてくれる、そんな新旧冷飯の競演なのです。

「孔雀茶屋 ひやめし冬馬四季綴」(米村圭伍 徳間文庫) Amazon
ひやめし冬馬四季綴 孔雀茶屋 (徳間文庫)


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2012.05.17

「女の陥穽 御広敷用人 大奥記録」 帰ってきた水城聡四郎!

 元勘定吟味役・水城聡四郎は、愛妻の養父でもある八代将軍吉宗から、御広敷用人に任じられる。将軍としての幕政改革の手始めに大奥に手を着けた吉宗は、自らの手足として聡四郎を使おうというのだ。吉宗の密命を帯びて京に向かう聡四郎を付け狙う伊賀者に対し、一放流の豪剣が唸る!

 水城聡四郎が帰ってきました。上田秀人の新シリーズ「御広敷用人 大奥記録」は、「勘定吟味役異聞」シリーズで活躍した聡四郎が再び幕政の闇に挑むこととなります。

 かつて新井白石により勘定吟味役に抜擢され、経済の面から、裏で幕府を動かさんとする者たちと対決することとなった青年・水城聡四郎。
 彼の戦いは、やがて次の将軍位を巡る暗闘へと場を移し、その中で上司であるはずの白石とも対決することとなった聡四郎は、成り行きとはいえ紀州吉宗に近づくこととなります。
 吉宗が将軍位を継ぎ、かねてより想いを寄せ合っていた人足問屋の娘・紅が吉宗の養子となってめでたく祝言を上げたところで、先のシリーズは終了したのですが…

 しかし、運命は彼にいつまでも平穏な時を与えません。一種の名誉職である寄合席についていた聡四郎が、吉宗により新たに将軍付きの御広敷用人に任じられるところから、新たな物語が始まることになります。

 御広敷用人とは、大奥の玄関口である広敷を管轄する役職。江戸城の中に存在する女の城とも言うべき大奥に対し、最も近い位置に立ってその事務折衝を行う立場であります。

 様々な幕政改革を行った吉宗ですが、その対象の一つが大奥。吉宗が将軍位に就いてすぐに大奥に美女のリストアップを命じ、大奥側が気合いを入れて選びだしたところ、それだけ美しければ大奥外でも嫁入り先はあるだろうとリストラしてしまった…という有名なエピソードがありますが、本作の冒頭で語られるのがまさにこれであります。

 江戸城の中の独立権力と言える大奥に対する改革の先制パンチ…という印象でなかなか痛快ではありますが、もちろん食らわされた側にとってみればたまったものではありません。その衝撃は、それまでは大奥で激しい対立を繰り広げていた月光院と天英院が手を組むほどであり、そしてそれは、それだけ大奥が恐るべき敵となることを意味します。

 実は先のシリーズの終盤でも大奥で死闘を演じた聡四郎にとって、大奥は無縁ではない…と言えなくはありませんが、しかし御広敷用人は、勘定吟味役以上に異世界とも言える役職。それが就任早々、立場を超えて結束した大奥サイドと対峙することになるのですから、虎の尾を踏むのが常の上田主人公の中でも、屈指の不幸度とでも申せましょうか…

 彼の後ろ盾は最高権力者たる吉宗ではあります。しかしそれは、彼が他の誰も頼ることができないことを…いやそれどころか、他の全員が敵となることを意味します。
(さらに言えば、上田作品では上司が一番信用できなかったりもするわけですが…)

 本作でも早速(?)御広敷伊賀者の誘いの手を跳ねつけることなった聡四郎は、逆に大奥側についた彼らを向こうに回して死闘を繰り広げることとなります。
 もちろん、彼の得意とする一放流の豪剣の冴えは相変わらず、こればかりは彼の敵に同情してしまいますが…

 しかしそれでもなお、彼の敵は大きすぎると言わざるを得ません。大奥は将軍の正室・側室を擁する場であることはもちろんですが、それと同時に将軍の子の扶育の場であり…そしてそれは、次代の将軍を押さえているということでもあるのですから。

 果たしてその巨大すぎる敵を向こうに回し、聡四郎はどのような戦いを見せるのか。
 そしてまた、そこにどのような秘密・秘事が眠っているのか…これでこれから先を期待するな、というのが無理というものでしょう。
 聡四郎には本当に申し訳ありませんが、彼のこれからの戦いが楽しみでなりません。

「女の陥穽 御広敷用人 大奥記録」(上田秀人 光文社文庫) Amazon
女の陥穽: 御広敷用人 大奥記録(一) (光文社時代小説文庫)


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 「相剋の渦 勘定吟味役異聞」 権力の魔が呼ぶ黒い渦
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 「暁光の断 勘定吟味役異聞」 相変わらずの四面楚歌
 「遺恨の譜 勘定吟味役異聞」 巨魁、最後の毒
 「流転の果て 勘定吟味役異聞」 勘定吟味役、最後の戦い

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2012.05.16

「傾城水滸伝」(その二) 日本水滸伝における反権力像

 昨日の続き、曲亭馬琴の「傾城水滸伝」であります。
 水滸伝ファンでもちょっと驚くくらい原典の再現に拘った馬琴ですが、しかし、唯一原典と明確に異なる部分があるのです…というところから。

 それは、勇婦侠女たちの多くが、鎌倉幕府、あるいは北条氏に滅ぼされた武家の血を引く者である、ということです。
 彼女たちは落魄した武家(の郎党)の息女であり――そしていつかはこの時代の権力に対し復仇を、と考えている存在なのであります。
(原典の張青・孫二娘夫婦のような追い剥ぎ酒屋や、原典で最も山賊らしかった清風山組までこうした設定がなされているのには驚きます)

 実は本作においては、108星にカウントされない(原典の晁蓋ともまた別)の存在として、鎌倉幕府二代将軍・源頼家の妾腹の娘・三世姫が設定されています。
 原典で晁蓋たちが財宝十万両を強奪するくだりに相当するのが、九州で捕らえられ鎌倉に護送される彼女の奪還というエピソードなのですが、この三世姫を(象徴的に)奉じることにより、本作の勇婦たちの活躍は、北条家に簒奪された幕府に対して決起するという色彩を帯びることになるのです。

 馬琴が水滸伝の大ファンであることはよく知られていますが、108人の無頼漢が人間の徳目を象徴する8人に変じたが如く、本作においても、豪傑たちの反権力性に、一定の正当性が与えられたというのは、何とも興味深い。
 この辺りは、無頼漢の大暴れをそのまま描くのに、生真面目な馬琴がためらいを感じた――と私は想像するのですが――という以上に、日本における水滸伝の受容の形、さらに言ってしまえば日本の大衆エンターテイメントにおける反権力の形すら読み取ることができる…というのはさすがに大袈裟でしょうか。
(そして言うまでもなくこの点は、建部綾足の「本朝水滸伝」にも重なる部分があります)


 と、興奮してしまいましたが、男女逆転というキャッチーな(?)部分のみならず、日本において水滸伝をいかに描くか、という点まで考えさせられた本作。
 残念ながら、読むのがかなり難しい作品ではあります(私は本邦書籍が刊行した滝沢馬琴集の中に収録されたものを図書館で読みましたが、こちらはTRCのデータベースにも載っていない書籍です)
 しかし水滸伝ファンであれば、チャレンジしてみる価値はある…そんな作品であることは間違いありません。

「傾城水滸伝」(滝沢馬琴 本邦書籍「滝沢馬琴集」第13,14巻所収)

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2012.05.15

「傾城水滸伝」(その一) 男女逆転の生む迫力

 最近は、戦国武将やら三国志の武将やら、様々な歴史上の人物が漫画やアニメで女体化されるのを散見します。こうした女体化文化(?)に対して、しばしばその源流として挙げられるものの、実際に読んだ人間はかなり少ないと思われるのが、曲亭馬琴による「傾城水滸伝」であります。

 数々の男を誑かしながら、あれよあれよという間に異数の出世を遂げて後鳥羽院に寵愛を受けるようになり、京で権勢を欲しいままにする傾城・亀菊。
 既に源氏三代は亡く、執権北条義時により幕府が簒奪され、京で鎌倉で、佞人ばらがはびこる時代に、志津ケ嶽は江鎭泊に集った侠女たちが活躍する――

 そんな本作は、原典の舞台を鎌倉時代の日本に移し替え、そして登場人物の性別をほとんど全て入れ替えたという作品。
 つまり、原典では108人中男性105・女性3だったのを、女性105・男性3に入れ替えただけではなく、悪役・脇役に至るまで男女性別を逆転させているのであります。

 しかし驚くべきは、舞台と性別、そしてもう一つある部分を除けば、ほとんど原典をそのままなぞった内容となっている点で――
 つまり、本作において花和尚魯智深に当たる花殻の妙達は、酒に酔って寺で散々乱暴狼藉を働いた上に盛大に粗相をしますし、黒旋風李逵に当たる旋風の力壽は二丁斧を振りかざして死体の山を築きますし…一体どの辺りの需要に応えているのだ、という気もいたしますが、この辺りは馬琴先生の律儀さというべきでしょうか。
(ちなみに行者武松に当たる女行者竹世が虎を殴り殺す場面では、何故当時の日本にいないはずの虎が山中にいたのかをきちんと説明しているのも楽しい)

 それにしても、上に挙げた面々もそうですが、美少年のもとに強引に押しかけ嫁になろうとした億乾通お犬(小覇王周通)、若衆に目がなく攫ってきては我がものにしようとする使遣腐鶏(矮脚虎王英)など、男女逆転すると異常な迫力を持って感じられるのが面白い。
 原典では「ああ、しょうがねえ連中だなあ…まあ山賊だし」で何となく済むものが、ここまでイメージが変わるというのは、私が無意識に男女の性差というものに縛られているせいなのかもしれませんが…

 しかし、それ以上に原典と明確に異なる、ある部分があります。
 長くなりましたので、それについては次回述べましょう。

「傾城水滸伝」(滝沢馬琴 本邦書籍「滝沢馬琴集」第13,14巻所収)

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2012.05.14

「忍剣花百姫伝 1 めざめよ鬼神の剣」 全力疾走の戦国ファンタジー開幕!

 戦国時代、忍者の城・八剣城が何者とも知れぬ軍勢に滅ぼされて十年ーー何者かに襲われた玉風城の火海姫は、謎の青年剣士・相馬天兵と孤児の捨て丸に救われる。天兵こそは八剣城に仕えた八忍剣の技を継ぐ一人であった。行方知れずの八剣城の姫君・花百姫の行方を探す天兵。果たして花百姫はいずこに…

 私がいま一番注目するレーベルの一つであるポプラ文庫ピュアフルがまたしてもやってくれました。越水利江子の少年少女向け時代ファンタジー「忍剣花百姫伝」の文庫化がスタートしたのです。

 とにかく本作は冒頭から全力疾走であります。
 凄腕の忍びたちに守られた八剣城が、謎の敵に滅ぼされる(直前の)姿を描くプロローグから、一転物語は十年後――
 戦盗人に捕らわれた玉風城の美しき男装の麗人・火海姫と、盗人たちに育てられた孤児捨て丸が登場。そしてそこに謎の天外城の一員である天兵と九郎じいがあらわれ、鮮やかな手並みで敵を蹴散らしていく姿が描かれます。
 そして火海姫にベタ惚れした豪傑・鳴神流山率いる鳴神一党が、今度は玉風城の兵を名乗る者たちに襲われ、そこにも助っ人に入る天兵。

 一方、火海姫に引き取られた捨て丸の意外な正体が明かされ、そしてそれが物語に新たな動きをもたらすことに――
 八剣城と同時期に滅ぼされた白鳥城で繰り広げられる奇怪な儀式。それを差配する謎の美剣士の魔手は捨て丸や天兵、流山にまで及び、物語は謎が謎呼ぶまま展開していくことになります。

 いやはや、次々と新しいキャラクターが登場し、次々と新しい事件が発生、息をつく間もないとはまさにこのことであります。
 この辺り、正直なところいささか慌ただしく感じる部分はあります。
 とはいえ、本作が元々小中学生からを対象とした作品であることを考えれば、次々と新しい情報を投入して興味をつなぎ止めるという手法はよく理解できます。

 それにしても本作を読んでまず感じたのは、本作が「笛吹童子」といった「新諸国物語」シリーズや、「神州天馬侠」や「天兵童子」といった吉川英治の一連の少年時代小説の系譜にある、ということです。
(これはこちらの勝手な想像ですが、天兵という名前や、大鷲に乗って空を飛ぶこっぱ丸の存在には、吉川作品の影響が感じられます)

 時代ものが少年少女向けエンターテイメントの王道であった時代の手触りを持った物語が、現代の少年少女に支持を得て、そして今こうして文庫化されて、より多くの読者の目に触れるようになったというのは、本当に嬉しく、心強いことであります。

 この「忍剣花百姫伝」は全7巻。文庫版はこれから一月おきに刊行されるとのことですが、それをとても待ってはいられない、というのが今の正直な気持ちなのです。

「忍剣花百姫伝 1 めざめよ鬼神の剣」(越水利江子 ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
(P[こ]5-1)忍剣花百姫伝(一)めざめよ鬼神の剣 (ポプラ文庫ピュアフル)

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2012.05.13

八犬伝特集その十四 「八犬士スペシャル」

 まことに久方ぶりの八犬伝特集、今回は思わぬ形で復活した岡村賢二の「八犬士」であります。
 この「八犬士」は「別冊漫画ゴラク」誌に2005年から1年間連載された作品。しかし単行本が第2巻まで刊行されたところで中絶し、その後読む手段がなくなっていたものなのですが…

 それがこのたび、上下巻のコンビニコミック「八犬士スペシャル」として、連載ラスト分まで収録されて刊行されたのは、まことにありがたいお話。実はコンビニコミックは、本作のように単行本未収録分までまとめた形で刊行されることがあり、油断できないメディアなのですが…それはさておき。

 この「八犬士」は、言うまでもなく「南総里見八犬伝」の漫画化。後述するように、後半はオリジナル要素が強くなるのですが、基本的には原作を比較的忠実に漫画化した作品であります。
 作者の岡村賢二は、このブログでもしばしば取り上げておりますが、ここしばらくは時代もの・歴史もののジャンルで活躍している作家。
 格好良いものを格好良く、美しいものを美しく、そしておぞましいものをおぞましく――描くべきものを描くべき形で描くというのは当たり前のことではありますが、それを劇画らしさとメジャー漫画らしさを両立させつつ描くのは、この作者ならではでしょう。

 本作においても、多様な登場人物たちをきっちりとそのキャラクターを踏まえた上で描き分けており――元々原作でのキャラ立ちがはっきりしているという点はあるものの――原作読者であれば、絵だけを見て、ああこれはあのキャラだな、とわかるのはさすがと言うべきでしょう。

 さて、内容の方は、原作で言えば古那屋の件の終わりまで。犬塚信乃・犬飼現八・犬田小文吾の三人が揃って、市川を脱出、大塚に向かって旅立つところで完結となっております。

 言うまでもなく原作ではかなり最初の部分で終了しているのですが、そこで物語にそれなりの膨らみを見せるためか、かなり後半部分――芳流閣の決闘以降――に、本作はオリジナル要素を加えています。
(ちなみに、既刊の単行本第2巻が、この芳流閣直前までの収録となっているのが、面白いといえば面白いですね)

 それが足利成氏の愛妾・玉蝶の存在。本作では完璧に暗君扱いの成氏ですが、彼を狂わせ、悪政に走らせたのがこの玉蝶で…とくれば(名前も含めて)想像がつくかと思いますが、彼女の正体は玉梓が怨霊の化身。
 人間離れした様々な能力を用い、終盤では原作でちょい役の新織敦光をパワーアップさせ、意外過ぎる大暴れをさせてしまいます。

 この辺りのオリジナル展開は、これはこれで良くも悪くも漫画的で楽しいですし、八犬士と玉梓の関係を印象づけるためにも悪くない設定だとは思いますが、前半がかなり原作に忠実だっただけに、浮いて見えてしまうのは残念なところではあります。
(ただし、雑誌のカラー的には終盤路線で押していった方が受けただろうなあ…とは正直なところ思います)

 そんなわけで、絵柄的には素晴らしいものがあるものの、残念ながら原作でいえば中途で終了してしまった本作。しかし、全てが単行本とならずにいたところが、こういう形で陽の目を見たというのは、ファンにとっては本当に幸運であったと感じるのであります。

「八犬士スペシャル」(岡村賢二 日本文芸社Gコミックス 全2巻) 上巻Amazon / 下巻 Amazon


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 八犬伝特集 インデックス

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2012.05.12

「モンテ・クリスト」 新たなる復讐譚の幕開け

 しばらく新作の発表がなかった熊谷カズヒロが、この春立て続けに二編の新作を発表しました。一つは「コミック@バンチ」5月号に掲載された70年代を舞台にしたアクション「ゲルニカ」。そしてもう一つが、「グランドジャンプPREMIUM」Vol.5に掲載された「モンテ・クリスト」であります。

 舞台は1840年代のフランス。かつて周囲に陥れられ、14年に渡り重政治犯を収監するシャトー・ディフの監獄に閉じ込められていた男、モンテ・クリストを主人公とした復讐譚――そう、言うまでもなくアレクサンドル・デュマの名作「巌窟王」あるいは「モンテ・クリスト伯」の漫画化であります。

 しかしながら、本作は原作の単純な漫画化ではありません(言うまでもなく、原作は大長編、本作は短編読み切りということはありますが)。
 本作の舞台となるのは、産業革命によりスチームパンク的繁栄を遂げたフランスであり、そしてそこで見せるモンテ・クリストのアクションは、メリハリと陰影の効いた熊谷流とも言うべき独特のスタイル。
 そして何よりも驚かされるのは、たった一コマ、比喩でなく一コマで、この物語の中で、熊谷流超人アクションを成立させてしまう伝奇的味付けであります。

 一言で評すれば、原作の設定を踏まえつつも見事に換骨奪胎した、作者ならではの、作者でなければ描けないような作品。久々の熊谷作品を堪能いたしました。


 そして個人的にいささか興味深く感じたのは、本作が、復讐というテーマを扱いながらも、どこか明るい空気が漂う点であります。
 作者の作品には、しばしば強烈な情念の存在が描かれます。怒り、悲しみ、憎しみ…登場人物の、そして時には物語の構造自体を揺るがし、変貌させる強烈な想い。ある意味諸刃の剣とも言える情念の存在は作者の作品に濃厚に漂います。

 当然、復讐を描いた本作においてもそれは描かれるものと思っておりましたが――意外と言うべきか、上に述べたとおり、作中の多くの場面には明るめの空気が漂い、情念の存在は控えめに描かれていたように感じます。
 それはもちろん、モンテ・クリスト、真の名をエドモン・ダンテスが――熊谷作品にはまま見られるように――飄々とした言動の中に、その情念を韜晦しているということはあるでしょう。
 あるいは、単純に、短編という構成上、主人公が怒りを発露するシーンが一点に凝縮されていたために私が勘違いしたということもあるかもしれません。

 しかし、それが私の勘違いでなければ、本作で感じられるな空気感はどこから来ているのか――あるいはこの空気感は今だけのものなのか。それを確かめてみたく感じるのです。
 そのためにも、本作の続編をぜひ見てみたいと、伝奇ものファンとして、そして作者のファンとして、強く感じる次第です。

「モンテ・クリスト」(熊谷カズヒロ 「グランドジャンプPREMIUM」Vol.5掲載)

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2012.05.11

「なりひら盗賊」 時代伝奇ミステリの一つの可能性を

 黒主の重兵衛以下六人の大盗・六歌仙組が闇に消えてから数年。一味の小町のお六を見つけた目明かしの伝吉は、謎の白頭巾に邪魔をされる。さらに伝吉が川の中で見つけた長持ちの中から現れる女の死体。それは一味から足を洗った業平の清次の女房だった。重兵衛が残した六枚の色紙に秘められた謎とは…

 久しぶりに高木彬光の時代伝奇小説紹介シリーズ。今回は「なりひら盗賊」ですが…これが玉石混交の高木時代小説の中では、かなり面白い作品なのであります。

 黒主の重兵衛・小町のお六・願人喜撰・文屋の長吉・遍照権次・業平の清次――六歌仙から名を取った六人組の盗賊・六歌仙組。彼らは、尾州家から二万両もの大金を奪ったものの、重兵衛はその後捕り手に囲まれて炎の中に消え、残りの一味の消息とともに二万両の行方も消えたまま数年――
 偶然目撃した小町のお六の姿を追う目明しの伝吉の前に、謎の白頭巾の男が現れる場面から物語は始まります。

 白頭巾の豪剣の前にあわや…というところに手裏剣芸人のお蝶の助太刀で、辛うじて川に飛び込み、命は助かった伝吉。しかし彼がその川の中で見つけたのは、女の死体が入った長持…
 その女がお蝶の妹分であり、そして業平の清次が盗賊から足を洗うきっかけとなった恋女房であったことから、さらに事件は複雑怪奇な様相を呈することとなります。

 清次の妻を殺したのは何者か。事件を追う者たちの前に出没する白頭巾の狙いと正体は。次々と六歌仙組が殺されていく理由とは。彼らがそれぞれ持つ六歌仙の色紙の秘密とは。
 お蝶の用心棒の浪人・山名三十郎、吉原の花魁・常磐太夫、さらに悪旗本、女乞食、謎の怪屋敷の主、さらに人間とは思えぬ泥首男――様々な登場人物の思惑が絡んだ末に物語が行き着く先は…

 と、このように善魔入り乱れての活劇というのは、時代伝奇小説の一つのパターンではありましょう。その意味では新味はないのですが、しかし本作がユニークなのは、物語の中心に、次々と六歌仙組の生き残りが殺されていくことに対するフーダニット・ホワイダニット・的な謎解きを配置したことでしょう。
 誰が、何のために彼らを殺していくのか? その内容如何によって物語の向かうところが、事件の様相が全く変わってくる――というのはいささか大袈裟な表現ではありますが、その辺りのゆらぎに、時代伝奇小説にミステリ味を導入することの一つの意義があるようにすら感じられるのです。

 さらに本作では、中心となる登場人物(いわゆる主人公的存在)が複数、それも同一サイドではなく、ある意味敵対する側それぞれにいることも大きい。
 半ば相反する視点から事件を俯瞰することにより、物語の全体像が見えてくる、あるいは余計に見えなくなってくる…複数の勢力のぶつかり合いは時代伝奇小説では珍しくありませんが、それがミステリ要素と組み合わさることにより、より物語を良い意味で複雑化することに成功しているのであります。

 …と言いつつも、一連の謎の中心となる白頭巾の正体がバレバレの時点で本作は色々残念(というより上で述べたものが根底か崩れ去りかねない)作品ではあります。
 しかし、ややもすればパターンに陥り気味な高木時代小説においては、かなりよくできた――そして、時代伝奇小説、時代伝奇ミステリというものの一つの可能性を(おそらくは意識せずに)垣間見せてくれた作品として、大いに珍重すべき作品ではないか…私は、そう感じてしまうのであります。

「なりひら盗賊」(高木彬光 春陽文庫) Amazon

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2012.05.10

「ジュニア版水滸伝」 幻の児童向け水滸伝!?

 基本的に山賊どもの集団だったり、色々とオーバーキルだったり略奪婚だったり食べちゃったりと、一般に教育に悪いと思われがちな「水滸伝」ですが、子供向けリライトもいくつか存在します。今回取り上げるのは、その中でも全10巻という破格のボリュームを誇る汐文社の「ジュニア版水滸伝」です。

 本作は、約7年前から2年間ほどかけて、第Ⅰ期、第Ⅱ期と5巻ずつ刊行された作品。編著者は平川陽一、挿絵は若菜等+Kiという顔ぶれであります。

 内容的には、原典の70回本+α――梁山泊に108人の好漢が集結し、散々に官軍を打ち破る辺りまで――をベースとした作品であり、その意味では、梁山泊が一番輝いていた頃までを描いた、リライト本には数多く見られるパターンを踏襲していると言えます。

 しかし特筆すべきは、他のリライト本ではオミットされがちな部分も丁寧に拾い上げている点でしょうか。
 特に武松を主人公としたいわゆる武十回は、児童向けではなかなか扱いにくい題材があるにもかかわらず(?)ほぼ忠実に原典を再現しているのが面白い。
 さすがに後半に入ってくると駆け足になったり、大きなアレンジも目立ってくるのですが、しかしこの原典に対する態度には好感が持てます。

 一方、大きくアレンジされているのは、女性絡みのエピソード。
 閻婆借・潘金蓮・潘巧雲…原典では浮気性で性悪なキャラクターだった彼女たちですが、さすがに児童向けでその辺りを克明に描写するのはまずいということか、色々とぼかされているのが楽しい、というか微笑ましい。

 閻婆借は浮気抜きで単に金に汚い(それはそれでイヤですが)だけですし、潘金蓮と潘巧雲は、「夫が留守の間に別の男と密室で(賭け事とかして)遊んでいる」という扱い… 前者はともかく、後者は、子供の目から見ればまあ字義通り、大人の目から見ると色々露骨、というわけで、なかなかうまいアレンジではないでしょうか。
(ちなみに本作、名前が閻婆借→借子、母夜叉孫二娘→夜叉子と変えられている女性キャラがいて、さすがにこれはどうかと…)

 そして彼女たちをはじめとして、悪人に対する対処も、問答無用でぬっ殺すのはほとんどなく、せいぜいがボコボコにして逃がしてやるレベル。
 原典では後味最悪だった朱仝(本作では朱同)仲間入りのエピソードも、李逵が単なる幼児誘拐犯扱いで、目的を果たした後はちゃんと坊っちゃんを解放しているので安心です(これはこれで陰湿ですけどね)。

 さすがに王英が「女性に優しい男」という設定はどうかと思いますが…(劉知塞夫人はちゃんと攫って柱に縛り付けたりしてたのにな)

 それはともかく、おおむね児童向けリライトとしては水準に見える本作ですが、しかし本作の魅力のかなりの割合は、実のところそのイラストにあります。

 イラストを担当する若菜等+Kiは、主に児童書の挿絵が多いイラストレーターですが、荒さ・粗さと流麗さを両立させた画風が印象に残ります。
 本作のイラストでもそのタッチは健在なのですが、その粗さと流麗さが、キャラによって明確に使い分けられているのが凄いのであります。

 前者で言えば、いわゆる山賊組・軍人組(除く林冲)はひたすらムサく、堂々たる偉丈夫として描かれることが多い晁蓋は何故か出っ歯のおじさん(元々微妙な宋江は普通に剽軽なお兄さん)
 では後者はと言えば、これをほぼ一身に体現するのは、智多星呉用先生。白衣に身を包んだ若き、そして美しき碩学、という印象で、地の文でも最初は「わしは…じゃ」と言っていたのが、ほどなく「私は…です」と変わったのは、挿絵に引かれてのことでしょう。
(おそらく、水滸伝史上、「新水滸伝」の呉用に並ぶ美形っぷりであります)

 しかしこの呉先生の真骨頂は、何故か表紙で鎖鎌を構えていることが多いことで――いや、確かに原典では鎖分銅を所持しているのですが、しかし何故全10巻のほぼ半分の巻数で、鎖鎌を手にポーズを決めているのか…
 こればかりは是非現物を見ていただきたいのですが、水滸伝ファンの呉先生観を粉砕しかねない素晴らしさであります。


 さすがに全10巻の単行本ということで、図書館にでもない限りなかなかお勧めしにくい作品ではありますが、しかし、我こそは水滸伝ファン(呉用ファン)という方には、是非一度手にとってご覧いただきたい、非常にユニークな水滸伝なのであります。

「ジュニア版水滸伝」(平川陽一 汐文社 全10巻) Amazon
ジュニア版 水滸伝〈1〉「地の下から英雄が飛び出した」の巻

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2012.05.09

「るろうに剣心 キネマ版」連載開始 今に剣心を描く意味

 あの、心優しき明治の剣客が帰ってきました。「ジャンプSQ」誌6月号より、「るろうに剣心 キネマ版」の集中連載開始であります。

 「るろうに剣心」については(このブログをご覧になっている方には)今更言うまでもないかもしれませんが、1994年から99年にかけて、「週刊少年ジャンプ」誌に連載された時代アクション漫画。明治11年頃を舞台に、幕末に人斬り抜刀斎と恐れられた凄腕の剣客・緋村抜刀斎こと剣心が、不殺の誓いを胸に、平和を乱す様々な敵に立ち向かうという作品です。

 言うまでもなく私は時代ものこの作品の大ファンであり、それは連載時から今に至るまで変わらないのですが――
 それでも今回の復活の報を聞いた時に少々複雑な気分になったのは、一つには掲載誌にこれまで連載されていた「エンバーミング」を長期休載までしての掲載であることと、週刊連載+αの時点で、美しい形で完結した作品であると感じていたからにほかなりません。

 もちろん今回の新作は、この夏に公開の実写映画あってのものであろうことは想像できますし、新作が読めることを素直に喜んでいればいいのですが…(マニアってイヤですね)
 しかし、蓋を開けてみれば今回の新作は、原作の物語を、今回の映画版に合わせてリメイクしたとも言える内容。まさしく「キネマ版」であり、なるほど、この手があったか――と、感心した次第です。
(ちなみに、キャラクターデザインは完全版のあれになるのではないかと密かに期待していたのですが、さすがにそれはなし)


 さて、その「キネマ版」第1回で描かれるのは、週刊連載版(以下「オリジナル」)でもお馴染みの神谷道場に、剣心が厄介になるまでを描くエピソード。
 一人道場を守ってきたヒロイン・薫が地上げ屋に苦しめられているのを、飄然と東京に現れた剣心が救う、というのはオリジナル第1話の展開と同様ですが、今回はその地上げ屋の役回りに、オリジナルの御庭番衆編の悪役・武田観柳が据えられているのがまず目を引くところです。
 そして剣心と薫の出会いの場が、観柳が主催する撃剣興業(一種のプロ剣術大会)の場であった…というのも、なるほど明治の剣客たちを描いた本作として、納得のチョイスではあります。

 物語の方は、薫の相手として選ばれた偽抜刀斎(その姿はどう見てもオリジナルに登場したあの自称古流剣術のあの人…)と間違えられた剣心が、偽者の偽者として薫と立ち会うも…という場面から始まり、観柳の手に落ちた薫を救い出すため、ついにその逆刃刀を抜く、という展開。

 こうして見ると、なるほど、オリジナルの序盤をダイジェストして、そこにわかりやすい悪役の元締めとして観柳を据えれば、こういう内容になるのか…という、よくできたリメイクという印象はあります。
 しかしそれ以上に、終盤勝ち誇って調子に乗りまくる観柳のテンションの高さや、刀を抜きかけた抜刀斎の一種ダークヒーロー的な空気は、これは間違いなく今の和月伸宏の描写であり――そこに、今もう一度剣心が描かれる意味も意義もあるのでしょう。

 そしてラストには、オリジナルではもっと後に登場する連中も含めて、懐かしい連中が顔を見せてくれるのも嬉しい。
 物語の構成的には、鵜堂刃衛がラストの敵になるのでは、と思われますが、さてそこまでにどのような「今の」緋村剣心、緋村抜刀斎を見せてくれるのか…ファンとして、難しいことを考えるのは止めて、この先の展開を素直に楽しむことといたします。

「るろうに剣心 キネマ版」(和月伸宏 「ジャンプSQ」2012年6月号) Amazon
ジャンプ SQ. (スクエア) 2012年 06月号 [雑誌]


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2012.05.08

「居残り兵庫事件帖 甘露梅の契り」 廓の探偵、吉原アンダーグラウンドを往く

 吉原の惣籬・佐野槌屋の奥の間に住み着いた居候・楯兵庫は、吉原で唯一帯刀御免の侍。「吉原の難事、大小問わず引受申し仕り候」と看板を掲げ、次々と吉原の揉め事を解決する彼の今回の仕事は、吉原の遊女を狂わせる毒煙草の出所探し。吉原に小さな「誠」の火を灯す、廓の探偵の活躍が始まる。

 謎の覆面作家・片倉出雲の新作は、吉原を舞台とした、いわば私立探偵もの。「廓の探偵」が吉原を蝕む毒煙草の謎に挑むことになります。

 主人公・楯兵庫は、吉原の顔役・佐野槌屋甚右衛門のもとに居残る(居候する)飄々とした好漢。刀のはばき(刀の刀身を留める金具)に三つ葉葵の紋を飾り、帯刀しての登楼が禁じられた吉原で、唯一帯刀御免を許された、正体不明の男であります。
 そんな彼の稼業は、「廓の探偵」――吉原の揉め事解決業。表の世界の権力も及ばぬ、及ばせてはならぬ吉原で起きるトラブルを収めて回るのですが…

 そんな彼が今回挑むのは、吉原を蝕む毒煙草――吸う者の精神と肉体を蝕み、殺人にまで走らせる強力な麻薬。そのような危険極まりない代物を、誰が・いつ・なぜ・どうやって吉原に流行らせたのか…それを探る兵庫は、やがて吉原を巡る恐るべき陰謀と対決することとなります。
 そしてその陰謀に翻弄されるのは、佐野槌屋の振袖新造と商家の手代――

 そんな本作は、一見、よくある時代小説にも見えます。
 舞台は吉原、主人公は浪人、事件の中で描かれる市井の男女の哀歓…あらすじ、タイトルとも、鉄板の文庫書き下ろし時代小説に見えます。

 しかし、片倉出雲がただの時代小説を書くわけがありません。
 作者のデビュー作「勝負鷹」シリーズが白浪を主人公とした江戸版ケイパー・ノベル(犯罪小説)とも言うべき作品であったのと同様、本作は江戸版ライト・ハードボイルドとも言うべき私立探偵もの。
 タフな探偵が、次々と揉め事荒事に巻き込まれながら、事件の謎に一歩一歩迫っていく…そんな世界を、時代ものの世界にはめ込んだ、どこか垢抜けた空気を感じさせる作品なのです。

 そしてそんな主人公が活躍する吉原という世界もまた、他の吉原を舞台とした作品とは一風変わった貌を見せることとなります。
 単に、男の欲望に翻弄される女たちの哀しみが漂う場でも、女のしたたかさに翻弄される男たちのおかしみが漂う場でもなく――江戸中のあらゆる階層の人々が集まり、様々な情報が交錯する場として。
(ちなみに、吉原の最下層とも言うべき羅生門河岸の描写が、ほとんど無法街的世界として描かれるのも楽しい)

 本作は、そんな歌舞伎町アンダーグラウンドならぬ吉原アンダーグラウンドを舞台に探偵が活躍する、そんなベタなようで、しかし新しい時代小説なのであり…やはり、片倉出雲は片倉出雲、作者らしい作品であると感じます。


 もっとも、その試みが100%成功している、とは言い難い部分――既存の時代小説(を書かせようとする側)の枠の中で作者が苦戦していると感じる部分はあります。
 それが実は、本作のタイトルである「甘露梅の契り」に象徴される、振袖新造と商家の手代の純愛パート。いわば人情もの的部分であります。

 残念ながら、他の部分が、ある意味荒唐無稽でありながらも、しかし地に足の着いた質感がある、つまりは作者の資質に合ったものとして感じられるのに対し、この部分はいささか浮いたものとして見えるのです。

 この辺り、色々と考えさせられるものがあるのですが…作者らしさ、をどう伸ばしていくかという点と繋がっていくのでしょう。
 私としては、本作の、作者の尖った部分を大いに愛するものですが、その辺りのバランスが今後どう取られていくかも、注目すべき点かもしれません。

「居残り兵庫事件帖 甘露梅の契り」(片倉出雲 徳間文庫) Amazon
居残り兵庫事件帖 甘露梅の契り【徳間文庫】

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2012.05.07

「新説時代劇集 忍者猿飛」第1巻 独特の空気感の忍者活劇+歴史劇

 「コミック乱ツインズ」誌で連載中のユニークな忍者コミック「新説時代劇集 忍者猿飛」の単行本第1巻であります。
 天正10年、武田家滅亡直後の信濃の国を舞台に、分身の術を操る少年忍者・猿飛佐助の活躍を描く漫画、のはずですが…

 「コミック乱ツインズ」という雑誌は、昔から思いもよらぬ作家が思いもよらぬ作品を描くという伝統(?)があるように思います。
 一時期はずいぶんおとなしい雑誌になってしまい、大変残念に思っていたのですが、本作は最近の連載作品の中でも極め付きの異色作。何しろ作者は西風――自動車(マニア)を題材とした漫画をメインとする漫画家なのですから。

 本作の主人公・猿飛佐助は、言うまでもなく超有名なあの忍者。その師匠・戸沢白雲斎も、時代ものでは定番キャラクターですし、彼らが今後縁を結ぶであろう真田家の面々も同様であります。
 その意味では、本作は一見定石通りのキャラ配置、物語に見えるのですが――

 しかしそれでいて、実際に読んだ印象は非常にユニーク。間の取り方に独特のユルさがあると言うべきか…
 普通の会話シーンだけではなく、たとえば第1話で描かれる免許皆伝試験での佐助と白雲斎の対決、そしてこの第1巻の後半で描かれる佐助と風魔小太郎とその配下の死闘にもまた、この独特の空気感が漂っています。

 単純にコメディではなく、死ぬ時は普通に人が死んでいく、殺されていく作品であります。しかしそんな場面ですら、どこかあっけらかんとした雰囲気が漂い…そしてそれが逆に残酷さすら感じさせる。
 すごく面白い! というわけではないように思うのですが、しかしどこか惹かれる――そんな空気感なのであります。

 そして、派手なような地味なような忍術合戦の一方で、本作のもう一つの主人公と言うべき、真田家サイドの描写も面白い。
 冒頭に述べたように、本作の背景となっているのは武田家滅亡直後の時代。
 それが、それまでも安定していたとは言い難い真田家にとって、新たな苦難の時代の始まりであることは、歴史好きの方であればよくご存じでしょう。

 本作においては、そんな中で家の行く先を模索する真田昌幸の姿も並行して描かれることになるのですが、ギャグ混じりで描かれるその昌幸像はなかなかに魅力的に感じられます。
 特に初登場シーン、本作の佐助の最大の特徴である分身の術の秘密――要するに五つ子+1なのを隠しているのであります――を、一発で見破り、実に巧妙な誘導の仕方で証明してしまう場面など、実にシビレるのです(その同じ場面で描かれる、少年時代の幸村のボケっぷりもすごいのですが)。

 独特の空気感を、いかにも狙ったものとして拒否反応を感じる方もいるかもしれません。しかし、このすっとぼけた雰囲気の中で、忍者アクションと歴史劇を両立・融合させてみせるのは、なかなかに得難い味であり――この妙味は、どうにもクセになるように感じられるのです。

「新説時代劇集 忍者猿飛」第1巻(西風 リイド社SPコミックス) Amazon
新説時代劇集忍者猿飛 vol.1 (SPコミックス)

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2012.05.06

「風雲! 大籠城 改」 設定も楽しいタワーディフェンス

 時は太平、戦乱が遠い過去となった時代。しかしそんなある日、突如現れた闇の軍団が日本各地を襲撃、各地を守る城が危機に陥ってしまう。この窮地に幕府が頼ったのは籠城を専門とする忍者の一族・籠流だった。将軍直々の依頼を受けた当代の籠流当主・城守は、各地の城を守るための戦いに旅立つ。

 TVゲームのジャンルの中に、いわゆるタワーディフェンスゲームというものがあります。分類で言えば、シミュレーションゲームに分類されるリアルタイムストラテジーの、さらにサブジャンルということになるでしょうか。
 簡単に言えば、その名の通り、塔などの拠点を防衛するゲーム、決められた目的地への敵の侵攻を防ぐため、通路の途中に、様々な種類のユニットを配置して、敵の妨害・撃退を行うことにより、一定時間拠点を守る…という内容であります。

 本作は、そのタワーディフェンスを、時代ものに置き換えた作品。
 タワーをお城に、防御側のユニットは槍兵・弓兵・鉄砲・武将・大砲に、攻撃側のユニットは侍や忍者、妖術使いに――
 身も蓋もない言い方をしてしまえば、そのままタワーディフェンスの骨格に時代もののガワを被せたものではあるのですが、しかしそれでもゲームとして違和感なく、そして時代ものゲームとしても楽しいのは、元のゲームバランスの良さと、時代ものへのアレンジの巧みさなのでしょう。

 正直なところ、時代ものとしての本作は――ガワとしての部分を除けば――絵巻(ストーリー)モードの幕間の紙芝居的やり取りがメインなのですが、しかし、タワーディフェンスという概念を「籠城」という一言に置き換えて、その上で「籠城専門の忍者一族」という設定を提示してみせるのには、もう痺れるしかない…というのは甘すぎるでしょうか。
(真面目に見ると、メインキャラの中に大岡越前の弟がいることから享保年間と思われるのに、城守に付き従う老忍者が若い頃は戦国時代、という謎の設定ではあるのですが…まあ、五稜郭ステージがある時点でファンタジーではあります)

 と、妙なところで喜ぶ時代ゲームファンはともかく、純粋にゲームとして本作が良くできていることは、パッケージソフトとしての発売後、絵巻モードなしで数ステージを抜き出した(あるいは新たに設定した)「甘口」「辛口」「中辛」の各ダウンロードソフトが発売され、さらに先日、いわば完全版として「風雲! 大籠城改」が発売されたことからも察せられるというものです。

 単純なようでいて意外と合う合わないの出やすいタワーディフェンスですが、その入門編としても楽しめる良作であります。

「風雲! 大籠城 改」(河本産業 ニンテンドーDSiウェア)


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2012.05.05

「蝶獣戯譚Ⅱ」第1巻 己を殺し、敵を殺す女、再び

 かつて「コミックバンチ」誌に連載されながらも、雑誌そのものの休刊により惜しくも連載終了となった、ながてゆかの「蝶獣戯譚」が帰ってきました。
 江戸時代初期の吉原を舞台に、はぐれ忍びを狩る狩人・於蝶の暗闘を描く連作コミックであります。

 1636年、既に戦国の世は遠く、忍びも無用となった時代に、己の技と業を捨てきれず、盗み・殺しに手を染めた外道たち“はぐれ忍び”。
 一方、常人離れした能力を持つ彼らを討つため暗殺集団“狩人”――吉原の庄司甚右衛門を長に組織されたその一員が、本作の主人公・於蝶であります。
 表の顔は吉原一の太夫・胡蝶。裏の顔は狩人・於蝶…二つの顔を持つ彼女が出会う事件/人々の姿を、本作は描き出します。

 本作は「コミックバンチ」誌に連載されていたものの直接の続編。この第1巻は、その再スタートに当たってのプロローグ的な第1話「はぐれ忍びと狩人」から始まり、馴染みの遊女の客を次々と殺す青年との対決「血濡れの塔也」全3話、公儀の男と胡蝶のつかの間の触れ合いを描く「別れの手管」が収録されています。

 前作の感想でも触れたことを再び述べるのも恐縮ですが、太平の世に暴走する忍びを討つ忍びという構図や、吉原を根城とした忍び集団という設定自体は、決して珍しいものではありません。
 しかし、本作のユニークな点であり、そして読む者の心に残るのは、その物語の中で描かれる情念の、こちらの心を抉ってくるような濃さであります。

 本作の主人公・於蝶は、一見冷徹に構えつつも、しかししばしば揺れ動く心を持つ女性として描かれます。
 太夫としての自分と狩人としての自分、忍びとしての自分と忍びを狩る者としての自分、遊女としての自分と一人の女としての自分――そんな危うい、細い橋の上で揺れる彼女の心の動きが、本作では随所に描かれ、それがこちらの心に、棘のように突き刺さってくるのです。

 そして、そんな彼女の、いや登場人物たちの想いが現れるのが、目の描写であります。
 人としての情の籠もった目と、情を捨てたはぐれ忍びの目――この両者を絵的に描き分けるというのは、ある意味鉄板の描写ではありますが、しかしそれが物語の流れの中で実に効果的に差し挟まれ、それがまた、こちらの心に響くのです。

 それが最大限の効果を挙げているのが「血濡れの塔也」のエピソードでしょう。
 自分の恋人に強い執着を持ち、彼女に近づく客を次々と惨殺していく若きはぐれ忍び・塔也。そんな強い業を持ちながらも、子供のような澄んだ瞳を持つ彼と対峙した於蝶は、一瞬の戸惑いから不覚を取ることになります。

 そんな彼の澄んだ瞳も、はぐれ忍びの黒く濁った瞳に変わる時が来るのですが――そこに至るまでの彼の心の中の地獄の描き方が実に見事。
 互いを想い合いつつも、しかしどうにもならぬ運命の中で苦しみ、歪み、狂っていく塔也とその恋人の姿が――塔也のある体質を効果的に背景として使いつつ――浮き彫りにされる様には、何ともこちらの心を抉られるのです。


 しかし、相手がどのような想いを抱えつつも、於蝶はただ冷徹に仕事をこなさざるを得ません。
 遊女と狩人と――性と死と、生業の中身は全く異なりながらも、己の心を殺さなければならない点では共通する二つの顔を持つ於蝶の戦いの行方を見届けるのが怖いような惹かれるような…そんな不思議な気持ちにさせられる作品であります。

「蝶獣戯譚Ⅱ」第1巻(ながてゆか リイド社SPコミックス) Amazon
蝶獣戯譚Ⅱ 1 (SPコミックス)


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2012.05.04

「陣借り平助」第2巻 冒険児、勘助・家康と出会う

 宮本昌孝の原作を長谷川哲也が漫画化した「陣借り平助」の第2巻であります。
 強きをくじき、弱きを助ける戦国の快男児は、この巻においても戦国の有名人と思わぬ対面を果たすことになります。

 「陣借り」とは、単行本カバーの解説を引用すれば「一時的に陣を間借りして戦に参加すること。自由契約の傭兵のようなもの」。
 普通は合戦の際にどこかの陣に加わり、そこで戦功を立てて褒美や仕官の口を得るために行うものですが、本作の主人公・魔羅賀平助は、どうにも桁外れな人物であります。

 何しろ、陣に加わるのは、必ず弱い側、負けている側で、その後、加わった側が勝ち組になったと見るや、すぐに陣を離れてしまうという変わり者。ただ勝つためでなく、自分の力を存分に活かして戦うことをもって快とする冒険児なのです。

 この「陣借り平助」は、この平助が戦場を渡り歩く中で、様々な戦国時代の有名人と出会う姿を描いた連作集ですが、この漫画版第2巻に収録されたのは山本勘介と川中島の合戦を描く「落日の軍師」、今川家から独立したばかりの松平元康(後の家康)とその妻・築山殿の姿を描く「恐妻の人」の、二つの前後編。

 登場人物、描かれる事件とも、基本的に有名なものばかりなのですが、しかしそこに平助という桁外れの人物が加わることで、また異なった色彩が加わってくるのが、本作という物語。

 たとえば「落日の軍師」は、枯れ木のような老人となってもなお剣呑な闘気を放ち、平助をして「こんな爺さんに俺もなりてぇ~~」と言わしめる勘介の「生涯いくさ人」っぷりが強く印象に残る作品。
 一方、「恐妻の人」では、精強にして忠烈無比の三河武士を率いながらも、タイトルの通り年上の妻に頭の上がらぬ元康の悲喜こもごもの姿が、究極の自由人・平助との対比で浮かび上がります。

 さらにこの2編では、凄腕のスナイパー・頂算と平助の因縁の対決が、縦糸として描かれるのも面白い。
 槍を取って向かい合っての戦いであれば、一対一、いや一対多数でも決して恐れることのない平助といえど、長遠距離からの狙撃は勝手が違います。
 姿なきスナイパーの攻撃をいかにかわし、自分の攻撃を叩き込むか――原作でも「恐妻の人」のラストの対決シーンは実に面白かった(?)のですが、この漫画版ではさらに豪快さがアップ。ラストを締めくくるにふさわしい対決となっています。

 …そう、ラストといえば、実はこの漫画版「陣借り平助」は、まことに残念ながらこの第2巻をもって完結。
 原作の持つ豪快さをさらにアップし、ヒーロー活劇でありつつも、いい意味でどこか泥臭さを感じさせるこの漫画版は、原作の面白さに、ビジュアル面の迫力・説得力が加わって大いに気に入っていたので、正直に言えば残念ではあります。
(ただし、原作第一弾では、この後は比較的小粒のエピソードが続くので、ここで一まずの完結、というのはわからないでもありません)

 もっとも、長谷川哲也は、本作からほとんど間を空けずに、同じ掲載誌にオリジナル新作「セキガハラ」を連載するとのこと。
 時代的に(たぶん)平助の活躍は見られなさそうな合戦の場で描かれる長谷川流活劇に期待することといたしましょう。

「陣借り平助」第2巻(長谷川哲也&宮本昌孝 リイド社SPコミックス) Amazon
陣借り平助 2 (SPコミックス)


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2012.05.03

「魔王信長」第1巻 人気作家幻の時代ライトノベル

 美貌を持ちながら気弱で癇癖だった少年時代の織田信長は、ある異国人との出会いで変貌を遂げる。異国人の誘いで悪魔に魂を売った信長は、いかなる武将・忍者も及ばない不死身の肉体と奇怪な能力の数々を手に入れたのだ。魔王としての力を振るう信長は、天下取りの最初の相手を今川義元と定めるが…

 いまや文庫書き下ろし時代小説界の寵児の一人である風野真知雄が、そのキャリアの最初期に、今で言うライトノベルを執筆していたことを憶えている人は少ないかもしれません。
 小学館スーパークエスト文庫から第3巻までが刊行された本作「魔王信長」はその一つ(というより、作者の初単行本ではないかと記憶していますが)であり、タイトルが示すように、紛れもない時代伝奇ものであります。

 そもそも、織田信長は、伝奇ものの世界では、魔王になったり吸血鬼になったり、謎の一族や宇宙人に操られたりと、色々と人外扱いを受けることが多い人物。
 これは、若き日のうつけ者の評判から一転しての有能ぶり、比叡山焼き討ちに代表される苛烈な所業(と既存宗教軽視)、第六天魔王の自称、ドラマチックな最期と、色々な要素が揃っているためでありましょう。

 逆にいえば、それだけ信長が魔王、というのはよくある題材なわけで、差別化は難しいわけですが…
 本作においては、その点を、他の戦国武将たちも――信長ほどではないにせよ――常人離れした存在として描いているのが面白い。

 例えば斎藤道三は、摂取した油を口から放つことで相手の自由を奪う忍法油地獄の使い手(ちなみに娘の濃姫も一つだけ忍法を教えられたという設定)、木下藤吉郎は山の民で本名・猿×××、そして今川義元は、まだこの第1巻の時点では正体は不明ながら、蹴鞠を応用した武術・体術の使い手…

 まだ戦国武将としての信長が本格的に動き出していないこともありますが、本作における戦いは、こうした異能の武将同士の個人戦の側面が強く――あえてセンセーショナルな言い方をすれば、当代の「戦国BASARA」的な世界観の先駆け、と言えるかもしれません。

 正直なところ、デビュー後最初期の作品ということもあってか、文体・描写などにおける作者らしさはまだ希薄なものの、たとえば魔王と化したはずの信長に、一面の人間性を描き出す点など、単純な悪人が存在しない最近の作品に通じる側面はあるかもしれません。

 実は本シリーズは、第3巻までで「第一部完」となっており、今に至るまで(そしておそらくこれからも)続きが書かれていないのですが、そうであっても様々な点で興味深い作品であることは間違いありません。
 この幻の作品、残り2巻も近日中に紹介したいと思います。

「魔王信長」第1巻(風野真知雄 小学館スーパークエスト文庫) Amazon

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2012.05.02

「猫除け 古道具屋 皆塵堂」 帰ってきたコワくてイイ話

 家の借金を返済するための江戸からの出稼ぎから帰ってきた庄三郎は、金を叔父にだまし取られ、村にいられず江戸に戻ってきた。生きる気力を無くしぶらぶらしていた庄三郎が出会ったのは、曰く付きの品ばかり扱う古道具屋・皆塵堂の店主・伊平次だった。皆塵堂に転がり込んだ庄三郎が出会うのは…

 輪渡颯介の人情古道具ホラー「古道具屋 皆塵堂」が帰ってきました。

 皆塵堂は、江戸は深川にある古道具屋。商売よりも釣りが好き、という主人の伊平次の性格を反映したように、とんでもなく雑然とした店であります。
 そしてこの皆塵堂、伊平次がものに拘らない故か、集まる品には曰くつきの品――要するに、憑いていたり祟られていたりの品――が妙に多い。そもそも、店自体がかつて住人が殺されたという曰くつきの家を使っているという時点でどうかと思いますが…

 前作では、そんな色々と曰くつきの古道具屋を舞台にした面白恐ろしい騒動の数々が描かれたのですが、それは本作でも同様です。
 前作の主人公で、実家の道具屋を継ぐために皆塵堂に修行に来ていた太一郎は今回は脇に回り、今回新たに登場するのは、この世の不幸を一身に背負ったような青年・庄三郎。
 農村生まれの彼は、家の借金と病気の母を背負って幼い頃から働き詰め、叔父の勧めで嫁をもらい、江戸に出稼ぎに出て散々苦労して帰ってみれば――稼ぎと財産は全て叔父に騙し取られ、嫁も実は叔父の女。叔父は村の者からも借金を重ねて姿を消し、母も寂しく病死…

 全く、書いていても気が滅入るような不幸の連続ですが、絶望の果てに江戸に出て、お堂で寝泊まりしているうちに、丑の刻参りの女を目撃してしまった彼は、それがきっかけで皆塵堂を訪れ、伊平次の勧めで居候することになる…というのが冒頭の「丑の刻参りの女」のあらすじ。

 以降、本書には全部で5つのエピソードが収録されています。
 潰れた鰻屋の店主がライバル店に呪いをかけた掛け軸の顛末を描く「曰く品の始末の仕方」。
 太一郎の親友の魚屋・巳之助が、映した人間に憑いたものが見えるという鏡で見た庄三郎の姿「憑いているのは」。
 百姓の家から引き取った古道具にまつわる二つの死体の謎を解く「頭の潰れたふたつの屍体」。
 そして店に引き取られた猫道具の怪を通じて、庄三郎がこの世の幸と不幸の在り方を知る「猫除け根付」。

 どれも、それなりにイイ話ではあるのですが、それに勝るとも劣らぬ「コワい」話なのが、本作の、いや本シリーズの一つの特徴と言えましょうか。
 最近は妖怪や怪異を可愛らしく、ユーモラスに描く作品も少なくありませんが、本作の各エピソードで庄三郎が経験する怪異の数々は、真剣に怖い――それも、かなり厭なベクトルの怖さであります。
 そしてその怪異は、天然自然のものではなく、皆、人の心が生み出したものなのです。

 しかし、人の心が真実に恐ろしければ恐ろしいほど、それだけではない、そしてそれに負けない人の心の善き部分の存在もまた、真実のものとして感じられるのではないでしょうか。
 確かにそれは甘い考え方かもしれません。しかし本作で曰く付きの古道具を通じて描かれるのは、人の世の恐ろしさだけでなく――そしてそれがあるからこそ感じられる――人の世の美しさでもあることは、間違いありません。

 イイ話だけでなく、コワい話だけでなく――その両方を求める方にお勧めできる、ユニークな作品であります。

「猫除け 古道具屋 皆塵堂」(輪渡颯介 講談社) Amazon
猫除け 古道具屋 皆塵堂


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2012.05.01

「アバンチュリエ」第3巻 アルセーヌ・ルパン三つの顔

 新「アルセーヌ・ルパン」伝とも言うべき森田崇の「アバンチュリエ」第3巻が発売されました。
 今回は表紙を見ればわかるように「あの探偵」が登場。怪盗対名探偵のファーストコンタクトが描かれることとなりますが…

 この第3巻に収録されたエピソードは、「ハートの7」、「遅かりしHerlock Sholmes」、「赤い絹のスカーフ」の3編。
 このうち、やはり2つ目にどうしても目が行ってしまいますが、どうしてどうして、3編とも実に面白く、そして「ルパンらしい」エピソードであります。

 まず最初の「ハートの7」は、解決編とも言うべき部分が収録されています。
 小説家の「私」の屋敷で続発する怪事件。「ハートの7」にまつわる事件の数々は、やがて同じ名を持つ新造潜水艦の設計図流出事件にまで波及して…

 と、ルパンと、彼の伝記作家となる「私」との出会いを描く本作は、硬軟幾重にも入り組んだ事件像も魅力的なのですが、個人的に印象に残るのは、愛国者としてのルパンが描かれ――そしてそれが、シリーズの特色の一つとも言える、第一次大戦期を舞台とした国際冒険ものに繋がっていく点であります。

 ルパンシリーズは――主人公がそうであるように――様々な顔を持つ作品ですが、そのうちの一つの端緒がここに描かれていることは、やはり記憶しておくべきことでしょう。

 そして2編目は、いよいよルパン最大の強敵の登場編。そう、イギリスが誇る名探偵ハーロック・ショームズ氏の登場であります。

 名前からしてシャーロック・ホームズをモデルとしてることが明確であり、事実、原作が邦訳される場合は、ほとんどの場合「ホームズ」名で訳出されるこの人物を、あえて「ショームズ」とするのは、いかにも本作らしい拘りだなあと感心いたします。
 しかし、それでいてここで描かれるのは、我々が心に抱く「あの名探偵」のイメージそのまま、となっているのもまた、さすがと言うべきでしょう。

 本作においては、文字通りすれ違うに留まる両雄なのですが、お互いを傷つけずに(「アオッ!!!」はありますが)それぞれの強烈なキャラクター性が明確に描き出され、むしろ実にうまい形で共演させたものだと感心いたします。
 もちろんこれは原作の時点でそうなのですが、しかしこれには、上で述べたとおり、あまりにイメージそのままの――それでいて「敵役」らしい味付けも加わっていて――ビジュアルも大きいと、断言させていただきます。

 さて本作は、名探偵登場編であると同時に、第1話に登場したヒロイン・ネリー嬢の再登場編でもあるのですが(二人の「再会」シーンは、ルパンの人間臭さに一つの焦点を当てて描いてきた本作ならではの名/迷シーン!)、しかしそれだけにとどまりません。

 本作の中核となる謎は、アンリ4世とルイ16世という、二人の有名な王にまつわる暗号解読。
 ルパンシリーズは、「ハートの7」に見られるように「現代」の国際情勢を描くエピソードも多いのですが、このように、「過去」にまつわる、一種伝奇的歴史冒険ミステリ譚も少なくないのです。
 イベント性の高い内容でありつつも、そこに伝奇ミステリの味わいも加わった、実に盛りだくさんのエピソードなのです。

 そしてラストの「赤い絹のスカーフ」は、ルパンファンの間でも非常に人気の高いミステリの名作。
 ルパンが宿敵ガニマール警部を呼びつけ、ある証拠品から(その時点では起きているかもわからない)殺人事件の概要を推理、その解決を警部にゆだねる、というトリッキーな冒頭部からして引き込まれますが、ラストに待ち受ける大どんでん返しには完全に脱帽。
 上で述べてきたように、冒険小説的要素も強いルパンシリーズですが、純粋にミステリとしても優れたものがあることを、改めて認識させられた次第です。

 しかしそれにとどまらず、このエピソードでは、怪盗という稼業を己の運命だと嘯くルパンの意思と、それに抗しようとするガニマールの覚悟が対比して描かれるのもまた見事。 原作を忠実に描きつつも、その上でさらにキャラクターを掘り下げ、さらに魅力あるものとして提示してみせる本作の真骨頂と言えるかもしれません。

 いつものことながら「ルパンって面白い!」と思わされる本作。新刊を読み終えてすぐに…いや、読んでいる最中から、、次の巻が楽しみでならないのです。

「アバンチュリエ」第3巻(森田崇 講談社イブニングKC) Amazon
アバンチュリエ(3) (イブニングKC)


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