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2012.05.26

「楊令伝 十一 傾暉の章」 国という存在、王という存在

 先日ついに刊行開始された「岳飛伝」。その前作に当たる文庫版「楊令伝」もいよいよラスト1/3に突入してこれで第11巻ですが、前の巻同様、この巻でも比較的平和な梁山泊の姿が描かれます。
 しかしそれは嵐の前の静けさ。大陸は一種の戦国時代を迎えることになるのですが…

 童貫が梁山泊に敗れ、開封府が金軍により陥落したことで、国としては風前の灯火となった宋国。
 趙構を帝に戴く形にはなったものの、しかし直下の官軍は、金軍の執拗な攻撃から帝を守って逃げ回るのが精一杯。その一方で、共に童貫の下で戦ってきた岳飛と張俊は、それぞれ軍閥を作り、己の領地経営に奔走することとなります。
 一方、一応の勝者であるはずの金国も、朝廷内の派閥争い、皇帝・呉乞買の後継者争いで一枚岩と言えず、宋に侵攻した軍の内部も揺れる状況…

 そんな中、ほとんど唯一平穏を保つ梁山泊は、貿易による立国という楊令のアイディアを実現するため、西域との貿易路を確立せんと努力することとなります。
 実はこの巻においては、かなりの部分が、この貿易路確立――その途中に存在する西夏、西遼といった国家との外交交渉の描写に割かれているのですが、これがなかなかに面白い。
 軍と軍が直接ぶつかり合う戦の描写に比べれば、外交のそれは退屈…というのは、本作においてはあてはまりません。
 外交もまた、二つの国、二つの勢力のぶつかり合いであり、直接的な力の行使が伴わないだけ、逆により激しく水面下でぶつかり合い、その後の歴史を変えかねぬものがあると、本作では実感として教えてくれるのです。

 考えてみれば、本作においては、「水滸伝」の頃から、直接的な戦いだけでなく、水面下での人と人との交渉が、重要な要素として存在していました。
 それがここでスケールアップされた…という印象もありますが、それ以上に、この「楊令伝」においては、「国」という存在がクローズアップされてきたと言うべきでしょう。

 冒頭で一種の戦国時代と述べましたが、まさに本作においては、様々な国――その形を取らなくとも、一定上の規模と領土を持つ勢力――が割拠する姿が描かれます。
 実質的に宋を倒しながらも、全土を征服することなく、限られた領土のみを富ませる方向に進んだ梁山泊。いま滅亡の直前となりながらも復活への胎動を見せる宋。いままさに発展期にありながらも、その速度が逆に国のあり方を歪める金。宋・金と国境を接しつつも一定の距離を保つ西夏。
 その他、まだ国としての形は取っていないものの、中央アジアの族長たちをまとめつつ力を蓄える耶律大石。そして未だ己の行くべき道を迷いながらも、己を慕う者たちを養うため、そして軍としての力を保つため、国というものを考え始める岳飛――

 前作、そして本作の半分ほどまでは、梁山泊の最大の目的は――その先に理想の国作りはあったとはいえ――一貫して、宋という国を倒すことが目的でした。
 しかし、腐敗した国は倒さなければならないとしても、国を倒しただけで全てが解決するわけではありません。人が、一定規模以上の人が生きていくためには、秩序が必要となるのであり、それを維持するための制度と財、そして力が必要となります。
 本作でいま描かれているのは、まさにその国が生まれる過程であり、生まれた国が成長していく姿であります。

 そして(少なくともこの時代においては)国が国として存在するためには「王」の存在が必要となります。一つの国を倒した者が次の王となり、新たな国を作る――そのある意味当然のサイクルを、しかし、楊令は拒否するかのように描かれます。

 それは、梁山泊がそれを必要としない国であることをも意味するわけですが、しかしあまりに時代を先取りしすぎたと言える梁山泊が、果たしてこの先も国として存在し得るのか。
 それがこの後の本作の物語となるかと思いますが――楊令がかつて「幻王」と名乗っていたことが、ここに来て、何とも皮肉に感じられるのです。

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