「居残り兵庫事件帖 甘露梅の契り」 廓の探偵、吉原アンダーグラウンドを往く
吉原の惣籬・佐野槌屋の奥の間に住み着いた居候・楯兵庫は、吉原で唯一帯刀御免の侍。「吉原の難事、大小問わず引受申し仕り候」と看板を掲げ、次々と吉原の揉め事を解決する彼の今回の仕事は、吉原の遊女を狂わせる毒煙草の出所探し。吉原に小さな「誠」の火を灯す、廓の探偵の活躍が始まる。
謎の覆面作家・片倉出雲の新作は、吉原を舞台とした、いわば私立探偵もの。「廓の探偵」が吉原を蝕む毒煙草の謎に挑むことになります。
主人公・楯兵庫は、吉原の顔役・佐野槌屋甚右衛門のもとに居残る(居候する)飄々とした好漢。刀のはばき(刀の刀身を留める金具)に三つ葉葵の紋を飾り、帯刀しての登楼が禁じられた吉原で、唯一帯刀御免を許された、正体不明の男であります。
そんな彼の稼業は、「廓の探偵」――吉原の揉め事解決業。表の世界の権力も及ばぬ、及ばせてはならぬ吉原で起きるトラブルを収めて回るのですが…
そんな彼が今回挑むのは、吉原を蝕む毒煙草――吸う者の精神と肉体を蝕み、殺人にまで走らせる強力な麻薬。そのような危険極まりない代物を、誰が・いつ・なぜ・どうやって吉原に流行らせたのか…それを探る兵庫は、やがて吉原を巡る恐るべき陰謀と対決することとなります。
そしてその陰謀に翻弄されるのは、佐野槌屋の振袖新造と商家の手代――
そんな本作は、一見、よくある時代小説にも見えます。
舞台は吉原、主人公は浪人、事件の中で描かれる市井の男女の哀歓…あらすじ、タイトルとも、鉄板の文庫書き下ろし時代小説に見えます。
しかし、片倉出雲がただの時代小説を書くわけがありません。
作者のデビュー作「勝負鷹」シリーズが白浪を主人公とした江戸版ケイパー・ノベル(犯罪小説)とも言うべき作品であったのと同様、本作は江戸版ライト・ハードボイルドとも言うべき私立探偵もの。
タフな探偵が、次々と揉め事荒事に巻き込まれながら、事件の謎に一歩一歩迫っていく…そんな世界を、時代ものの世界にはめ込んだ、どこか垢抜けた空気を感じさせる作品なのです。
そしてそんな主人公が活躍する吉原という世界もまた、他の吉原を舞台とした作品とは一風変わった貌を見せることとなります。
単に、男の欲望に翻弄される女たちの哀しみが漂う場でも、女のしたたかさに翻弄される男たちのおかしみが漂う場でもなく――江戸中のあらゆる階層の人々が集まり、様々な情報が交錯する場として。
(ちなみに、吉原の最下層とも言うべき羅生門河岸の描写が、ほとんど無法街的世界として描かれるのも楽しい)
本作は、そんな歌舞伎町アンダーグラウンドならぬ吉原アンダーグラウンドを舞台に探偵が活躍する、そんなベタなようで、しかし新しい時代小説なのであり…やはり、片倉出雲は片倉出雲、作者らしい作品であると感じます。
もっとも、その試みが100%成功している、とは言い難い部分――既存の時代小説(を書かせようとする側)の枠の中で作者が苦戦していると感じる部分はあります。
それが実は、本作のタイトルである「甘露梅の契り」に象徴される、振袖新造と商家の手代の純愛パート。いわば人情もの的部分であります。
残念ながら、他の部分が、ある意味荒唐無稽でありながらも、しかし地に足の着いた質感がある、つまりは作者の資質に合ったものとして感じられるのに対し、この部分はいささか浮いたものとして見えるのです。
この辺り、色々と考えさせられるものがあるのですが…作者らしさ、をどう伸ばしていくかという点と繋がっていくのでしょう。
私としては、本作の、作者の尖った部分を大いに愛するものですが、その辺りのバランスが今後どう取られていくかも、注目すべき点かもしれません。
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