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2012.06.29

「甲子夜話異聞 もののけ若様探索帖」 若様、もののけと奮闘す!?

 若くして平戸藩主となった松浦清(後の松浦静山)。何故か物の怪を引きつける彼は、彼を慕って集まってきた上屋敷の妖怪奥女中たちに頭が痛い毎日だ。そんな中、身分を隠して江戸市中に出た清は、次々とおかしな事件に巻き込まれ、妖怪たちとともに解決に奔走する。語られざる「甲子夜話」の物語。

 妖怪時代小説は大好物の私にとって、最近様々な作家がコンスタントに作品を発表してくれるのは誠にありがたいお話です。この「もののけ若様探索帖」もそんな妖怪時代小説の一つですが、しかし極めてユニークなスタイルの作品であります。

 というのも、本作の主人公は松浦清――若き日の松浦静山。平戸藩主であった静山は、しかし同時に心形刀流の達人であり、そして何よりも奇談怪談を数多く含んだ随筆集「甲子夜話」の筆者でもあります。

 そんなただでさえユニークな人物を、本作ではさらにアレンジ。何故か常人には見えず感じられないはずの物の怪の存在を感じ取り、それどころか女性妖怪にはモテモテの若者として描き出します。
 その人気たるや、彼に惚れ込んだ妖怪たちが奥女中として上屋敷に住み着いて、人間の奥女中たちを追い出してしまうというのですから凄まじい。清はそんな彼女たちに迫られて逃げ回ることになります。
 さらに、見かけは美童ながら、その実は齢数百年を数える座敷童・太郎がもののけたちの頭として毒舌を振るい、清も頭に上がらない始末…


 そんな清が、身分を隠して出かけた市井で出会った様々な事件をもののけたちと解決していくというのが本作の趣向…なのですが、しかし本作のユニークな点は、それにとどまりません。
 実は本作のプロローグは、死を目前にした静山の姿から始まります。既に「甲子夜話」を著す筆を手にする力もなくなった静山の前に現れたのは、数十年前に彼の前から姿を消した太郎――
 静山の死を予告した太郎は、しかし「甲子夜話」に自分たちの物語がないことに憤り、彼にそれを記すようにねだります。かくて、静山は太郎を筆記役に、書かれざる「甲子夜話」を語ることとなるのです。

 そう、本作で描かれる物語は、静山が自らの若き日を回顧して語る幻の「甲子夜話」。まだまだ世間知らずの清の成長物語が、酸いも甘いも噛み分けた静山の視点から語られるのが、また面白いのであります。


 そんな本作に収録されているのは、全部で四編の短編。
 住みかから引き離され、上屋敷に転がり込んできた化け猫の飼い主探しに奔走する清が巻き込まれた騒動「捨て猫」。
 自分と瓜二つの男の許嫁の親だという女と出会った清が、神隠しにあったというその男を捜すうちに意外な真相を知る「神隠し」。
 町で知り合った引き籠もり気味の男と、もののけになりかかったその母のために清ともののけたちが一肌脱ぐ「子思い」。
 国元に帰った清が、松浦家の侍に嫁いだもののけ娘から、不貞を働いた故斬って欲しいと依頼される「不貞」。

 どのエピソードも、深刻なようでいてどこか間が抜けた人間ともののけの間の騒動に巻き込まれてとまどう清の姿と、周囲の事情などお構いなしに騒ぎたてるもののけたちの姿が実に面白い。
 真っ当な(?)人情もの的な題材に、清ともののけたちが絡むことで、全く異なる味わいが生じるのは、これは意外にして、実に新鮮な味わいであります。

 もっとも、その市井の人情ものという基本ラインと、まだ家督を継いだばかりとはいえ大名である清の存在が、必ずしもマッチとしていると言い難い部分があるのもまた事実であり、そこが本作の弱点と言えるかもしれません。
 しかし第二話「神隠し」など、一見不可解に見えた市井の事件が、意外な形で松浦家の闇に繋がり、そして清自身の事件となって立ち上がってくる(さらにとんでもない形でもののけが関わってくるの吃驚)、本作でなければ絶対読めないようなエピソードもあります。
 こうしたエピソードが増えていけば、ますますこのシリーズは面白くなっていくのでは
ないかと期待する次第です。

 本作のラストで正妻を娶ることとなった清ですが、果たしてもののけ奥女中たちは黙っているのか? まだまだ未熟な清はどのように成長していくのか。
 そして何よりも、もののけたちは何故清の前から姿を消したのか?
 後者はまだ気が早いかもしれませんが、語られざる「甲子夜話」の行方が、大いに気になるのであります。

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