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2012.07.18

「伏 贋作・里見八犬伝」(その二) 伏という人間の在りかた

 「伏 贋作・里見八犬伝」の続きであります。
 確かに、贋作においても、この後の、安西景連が安房を攻め、追い詰められた義実の言葉から伏姫は八房に嫁ぐ…という展開も同様ではありますが、しかしその先は決定的に異なる形をとります。

 それは、伏姫と八房の間に生まれた(と言われている)子供たちが、馬琴の八犬伝では、やがて心正しき八犬士として成長するのに対し、贋作の方では、彼らは呪われた半獣人「伏」として、この世の闇で生き続けることであります。

 これは個人的な印象ではありますが、馬琴の八犬伝の最もユニークであり、かつ謎めいているのは、八犬士が(たとい霊的にというカッコ付きにせよ)人と犬の間に生まれるという呪われた出生でありながらも、人間の八つの徳目を体現した存在として描かれる点ではないでしょうか。
 この点については既に様々な方が論じていることと思われますが、少なくとも明らかに呪われた物語、忌まわしき物語としての発端が、勧善懲悪の極みとも言うべき物語として昇華していく点には、それが馬琴の個性という以上に不可思議なものを感じさせます。

 その点について、贋作は明確ですらあります。忌まわしい人畜の繋がりから生まれた「伏」は、人間の姿を取りながらもその魂は獣に近い呪われた存在であり、生命としても不完全な存在(伏の寿命は20年程度と、人間よりも遙かに短い)として描かれるのですから。
 もちろん贋作と「伏」の関係含めて一切がこの「伏 贋作・里見八犬伝」という作品であることを考えればむしろ当然ではあるのですが、しかし、八犬士の歪んだ影とも言うべき「伏」の方が、より自然な存在に見えるのは、私だけでしょうか。


 しかし、本作の更に、そして真にユニークな点は、そうでありながらも、「伏」もまた、人間の一つの現れであることを示す点であります。。

 獣の血を受け継ぎ、凶暴な魂を持ち、人ならざる者として差別される「伏」。そんな存在でありながらも、いやそれだからこそ――彼らは肉親の情愛を、愛し愛し合う者の存在を、己が在るべき場所を、誰よりも激しく求める者である。それが、本作の後半で語られる第三の物語、「信乃の語り 「伏の森」」によって示されるのです。

 「伏」が持つ感情、「伏」が求めるものは、我々人間のそれとなんら変わるものではありません。それならば、「伏」もまた人間――人間の持つある側面が突出した存在であるだけなのではないか。少なくとも人間と「伏」は、コインの表と裏のような存在なのではないか?
 そう、本作で別個の存在、対立する存在として描かれる人間と「伏」、そしてその代表というべき浜路と信乃は、人間の持つある二つの心の象徴とも言える存在であります。
 それは「秩序」を求める心と、「自由」を求める心――その二つです。

 贋作で語られる「伏姫」の名の由来。それは、父母に、家族に、そして国家に、城に、里に人々に伏せる――すなわちそれらを平和に治め、それを守ること、「秩序」を求める想いを込めたもの。
 その一方で、数奇な運命を経て彼女から生まれた「伏」たちの本能は、それと対照的に、己の求めるままに他者を殺し、犯し、奪うもの――「自由」が最も極端に表れたものなのです。

 誰にも必ずある「秩序」を求める心と「自由」を求める心。そのバランスは人それぞれであり、そして同時に容易に移ろうものであります。
 贋作において、伏姫と鈍色の関係、そして二人に対する周囲の扱いが、幼少時と成長してからで逆転した形で描かれるのは、この二つの要素の不安定さを象徴するものであり、そして同時に、二つが容易に逆転することを示したものでしょう。(そして浜路と信乃の間の不思議な交感もまた…)

 そしてこの二つは、人が人である限り、必ず存在するのであり――それは、どれだけ儚く不完全なものと見えようとも、信乃のような「伏」がこの先も存在し続けること、そして浜路のような狩人の戦いがこの先も続くことをも意味するのではないでしょうか。


 現実と虚構、虚構と虚構の間に、「八犬伝」という物語を読み解き読み替え、そしてその中に人間と「伏」という存在を浮かび上がらせることにより、人の存在な何たるかを描く――本作はそんな刺激的な作品なのです。そしてこの作品を、アニメ版がどのように読み解いてくれるのか、それもまた、大いに楽しみなところであります。

「伏 贋作・里見八犬伝」(桜庭一樹 文藝春秋) Amazon
伏 贋作・里見八犬伝

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コメント

突然のコメント、失礼いたします。

初めまして。
書評コミュニティサイト「本が好き!」を運営しております、高橋と申します。

ただ今、三田主水さんの書評を楽しく拝読させていただきました。
特に<伏 贋作・里見八犬伝>は以前から読みたいと思っていて、なんとなく読み損ねていた本なのです。
今日は帰りに書店に寄って買おうと思います!

話がそれてしまいましたが、
今回は、ぜひ私どものサイトにも書評を投稿していただきたい!!
と思いコメントをいたしました。

「本が好き!」には10万件以上(7割は400字以上の長文)の書評が投稿されております。
文学からビジネス、時代物に洋書までジャンルも様々です。
そして書評家さんの間の交流も盛んです。

私どものサイトを通じて、三田主水さんに、
趣味の合う方や思いもよらない素敵な本との出会いを提供させていただくことができたらと思っております。

お時間のあるときで構いませんので、一度サイトの方にお越しいただけると幸いです。

不明な点などありましたらお気軽にご連絡ください。
よろしくお願いいたします。

【URL】http://www.honzuki.jp/sp/2011/honzukilp/index.html
【連絡先】info@honzuki.jp

投稿: 高橋 | 2014.08.21 15:58

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