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2012.07.05

「黄蝶舞う」 歴史の中の人の業、運命の無情

 平治の乱で敗走中に捕らわれ、ある条件で平清盛から命を助けられた源頼朝。伊豆に流された彼は、父・義朝のものと称する髑髏を手にした怪僧・文覚の力を借りて挙兵、ついに平家を打倒する。捕らえた平宗盛に対し、頼朝はあるものの在りかを問うのだが…(「されこうべ」)

 今年の大河ドラマは「平清盛」ですが、そこでナレーター役を務めるのが源頼朝であるのにも表れているように、ドラマの陰の主役は源氏一門であるようにも感じられます。
 本書は、その源氏一門、源頼朝とその子孫たちを主役として描いた、幻想的な作品集であります。

 それにしても考えてみれば、征夷大将軍となった中で、頼朝ほどその一族の中で血を流した人間はいなかったのではないでしょうか。本人はまず天寿を全うしたとしても、その弟や親族たちを滅ぼし、彼の子供たち、彼に続く二代の将軍もいずれ暗殺(に等しい殺され方を)され…
 足利家も徳川家も、それなりの血を一族のうちで流したとはいえ、ここまで悲惨な運命を辿ってはいません。時代の流れというものはあるにせよ、そこにある種の特殊性を見出すことも出来るでしょう。

 さて、本書に収められた五つの作品は、いずれもその源頼朝と子孫たちの辿った運命を、その死の姿を中心に置いて描いた作品であります。

 頼朝の娘で、木曾義仲の子・義高と婚約していながら引き離され、若くして亡くなった大姫の最期を描く掌編「空蝉」。
 若き日にある取り引きでもって清盛に命を救われた頼朝が、文覚上人のある術法の力を借りて天下を取り、かつての清盛と同じ立場に立ちながらも、奇怪な怨念の前に滅んでいく様が描かれる「されこうべ」
 修禅寺に幽閉された二代将軍頼家が、夜毎現れる不思議な姉妹と情を交わす姿を、岡本綺堂の「修禅寺物語」を引きながら語る「双樹」。
 不思議な少女姿の亡霊に導かれ、鎌倉を取り巻く凄まじい怨念の姿を垣間見た三代将軍実朝が、その運命に抗い、やがて受け入れ様を、幕府の複雑な権力闘争と表裏一体に描く「黄蝶舞う」。
 そしてその実朝を暗殺した公暁と、彼と終始行動を共にしたある娘が、幕府への怨念に操られ、滅んでいく姿を描く「悲鬼の娘」。

 いずれも表の歴史に現れた人々の生死を、幻想的なフィルターを通し描いた、重厚な作品揃い。
 怨念やもののけといった、この世ならざるものが登場しながらも、しかしそれが物語のリアリティを損なうことなく、むしろ引き立てる効果を上げているのは、ほんの僅かな描写であっても、そこに込められた人の想いを感じさせる作者の文章の力ゆえでしょう。

 その作者の姿勢は、本書のうち、最も伝奇色の強い「されこうべ」においても明らかであります。
 伊豆に流刑中の頼朝に対し、父・義朝(のものと称する)髑髏を手に文覚が挙兵を迫ったという逸話を踏まえた本作。そこで描かれる頼朝と文覚の姿を、後の後醍醐帝と真言立川流の怪僧・文観のそれに擬える――つまり、ここでいう髑髏が持つ意味とは…!――という趣向は、伝奇慣れした私のような読者から見ても非常に新鮮なものであります。

 しかし私がそれ以上に唸らされたのは、そのような超常的な設定を用意しつつも、ここで描かれる頼朝像、頼朝を突き動かした想いの根底に、ある非常に単純な、そして人間臭い感情の存在を示した点です。
 怨霊やもののけ、呪いといったものの存在がどれほど描かれようとも、その根底にあり、それを形作るのは人の情である(そしてその意味において、生者も死霊も異なる存在ではないというのは「黄蝶舞う」において詳細に描かれる点であります)。
 そんな「事実」を明確に示しているからこそ、本書に収められた作品は、いずれも鬼面人を驚かす類の作品に終わらず、歴史の中の人の業、運命の無情といったものを描くものとして感じられるのだと、得心いたしました。


 本書は数年前に単行本として刊行されたものの文庫化ですが、単行本の時点で読んでおけばよかった…と、今更ながらに感じさせられた次第。

「黄蝶舞う」(浅倉卓弥 PHP学芸文庫) Amazon
黄蝶舞う (PHP文芸文庫)

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