「セキガハラ」連載開始 ファンタジーとリアルの間で
最近はお堅い(?)作品だけではなく、色々と弾けた作品も掲載するようになったリイド社「戦国武将列伝」誌。その最新号である8月号から、長谷川哲也の「セキガハラ」の連載が始まりました。
予告の時点から見開きのイラストに「歴史なのに予測不能!?」というキャッチが躍り、ポスターを駅に貼りだすなど、かなりのプッシュがされている本作。
そのイラストを見れば、関ヶ原に集ったと思しき武将・豪傑たちが大集合…と思われるのですが、時代ものらしからぬコスチュームの人物あり、そもそも人間なのか怪しいキャラありと、見るからに普通ではない空気を漂わせています。
これはどう考えてもこちら向きの作品と楽しみにしていたのですが…
さて、その「セキガハラ」の連載第一回は、episode:0として、関ヶ原の戦の2年前を舞台にした物語が展開されます。
本作の主人公たる石田三成が、当時いまだ存命だった豊臣秀吉の命により、後に言う「醍醐の花見」を差配することになるのですが…まず、その三成のキャラクターが普通ではない。
三成といえば、武断派と対立した文治派の人間、能吏というイメージが強くある人物。そのため、後世のフィクションでは軟弱であったり、杓子定規だったりと、あまりポジティブではない描き方をされることも少なくありませんでした。
本作の三成は、確かに能吏ではあるものの、決して文弱の徒ではない人物。何しろ、冒頭で、家康の間者として伏見城に潜入していた伊賀者・峠天士郎を、デコピン一発でKOしてしまうのですから…
ちなみにこのデコピン、既に老境にさしかかり半ばボケた秀吉にも食らわしており、三成がやる時はやる人物であることを示している…というのはさすがに言い過ぎかもしれませんが、とにかく只者ではない様子です。
さて、その三成に対して花見の開催を命じる秀吉(ちなみにこの秀吉も、カピタンのような襞襟付きの服をまとった怪人物)ですが、しかしそれと同時に、花見の席で一人始末して欲しい奴がいると三成に告げます。
秀吉が殺そうとする人物、三成、関ヶ原とくれば、どうしても想像してしまうのは徳川家康のことであります。
本作の家康は、何故か京まで半ばボケ老人の柳生石舟斎を肩車して走ったり、その状態で石舟斎に粗相されたり、石舟斎に小便をかけられた無頼漢に土下座して謝ったり、かと思えばその無頼漢を一撃で叩き潰したり…と、これまた怪人としか言いようがない人物。
果たして、桜の舞い散る中、秀吉自ら家康に襲いかかるというある意味ドリームマッチが展開されるのですが――
と、第一話から、期待通りに意表をついたキャラクター設定、展開の連続。
醍醐の花見はもちろん史実でありますし、秀吉の死の少し前の出来事として、様々な作品で取り上げられるイベントではあります。しかしそこで秀吉と家康が直接対決し、そしてそれどころか三成が○○を××などいう弾け方をした作品は、さすがに私も知りません。
その意味では、私のような人間には大好物の作品なのですが…
しかし、実は、個人的には楽しんだと同時に、不満が残ったのも事実であります。
物語やキャラクター設定で弾けるのは大歓迎。しかし、それであるならば、キャラクターのコスチュームや描写は、リアルにやって欲しかった…そう感じるのです。
作者の「ナポレオン」が面白いのは、主人公を初めとして、登場人物たちとその言動をエキセントリック過ぎるほどに濃く描く点にあると感じます。しかしそれも、実際の歴史とそれにまつわる考証を(ある程度)踏まえているからこその面白さではないでしょうか。
いわば、地に足が付いているからこその弾けぶりであるわけですが、本作のそれは、ほとんど宙に浮いているように感じます。
もちろん、超人武将たちが活躍する「戦国BASARA」のような一種のファンタジーであれば、それもまあ納得できるのですが、ファンタジーと呼ぶには、本作はまだ真面目と感じます(そして堂々とファンタジーを載せる雑誌でもないでしょう)。
もちろん第一話の印象で判断するのは早計に過ぎるというもの。いや、おそらくこれから、私の狭い了見など一気に吹き飛ばすようなキャラと物語が待っているのでしょう。
どうもすみませんでした! とこちらがひれ伏すような展開を期待する次第です。
「セキガハラ」(長谷川哲也 リイド社「戦国武将列伝」2012年8月号)
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