「龍神村木偶茶屋」 二つの魔人と新たなる物語
明治11年、熊野の漁村に、水死体の在処を見ることができる奇怪な少年・保がいた。しかしある晩、彼が見た者は、死体ならぬ鬼――加藤重兵衛だった。彼の故郷である龍神村の木偶茶屋に向かうという重兵衛に魅せられたように同行する保は、熊野の奥地で、この世ならぬものの数々を目撃し、そして…
一度は昭和73年という「未来」までを舞台として完結しながらも、密やかに復活し、その作品世界を広げ続ける「帝都物語」と、前日譚たる「帝都幻談」そして「新帝都物語」。
本作は、作者自らの「帝都物語」解題本と言うべき「帝都物語異録」に掲載された短編です。
生まれながらに奇怪な眼力を持つ熊野の漁村の少年・保の前に現れたのは、遠く小笠原諸島から傷を負って帰還した加藤重兵衛――
重兵衛を自分を導く存在と思い込んだ保、保との出会いを奇貨とした重兵衛、二人は、重兵衛の故郷であるという熊野奥地に向かうこととなります。
神代の昔の姿を残す熊野にまでも吹き荒れる廃仏毀釈の嵐。しかしそんな中でも、人の手が触れることを(軍隊すら!)拒むという秘境、いや魔境龍神村のそのまた奥に存在するという木偶茶屋なる地――
「帝都物語」の読者にとって、最も気になるのは、魔人・加藤保憲が、如何にしてこの世に生まれ出たか、という謎でしょう。そして「帝都幻談」「新帝都物語」の読者にとって、同じく気になるのは、もう一人の魔人・加藤重兵衛と保憲の関係でしょう。
実にこの作品においては、その謎が――明確な形ではないにせよ――明かされることとなります。
(まあ、重兵衛と保憲の関係は、冒頭で容易に予想はつくのですが…)
そして本作でその一端が明かされるのは、これらの、いわば過去の物語の掘り下げだけではありません。
本作の冒頭で、加藤重兵衛は、深手を負った状態で、小笠原島から帰還いたします。
そこで彼が何を行っていたか? 加藤が暗躍するのであれば、それは帝都を――この「日本」を破壊する試みにほかなりませんが、小笠原島で行われたそれが、何と南朝に関わるものであることが、本作では仄めかされるのです。
なるほど、この国を破壊せんとする者にとって、もう一つの、隠され、忘れ去られた「日本」の頂点である南朝の存在は、見過ごせぬものであることは、むしろ当然かもしれません。
しかしその南朝が小笠原島に繋がるとは、如何なる理由・理論によるものか…本作では、そこまでが語られることはありません。
しかし作者は本書で、そしてその後も対談などで、南朝と小笠原にまつわる新たなる「帝都物語」の執筆を予告しています。
魔人・加藤がこの国の破壊のために、ほとんど無限の命を保つがごとく…この国ある限り、「帝都物語」は生まれ続ける。
加藤のルーツを描く本作は、同時に、この「物語」の未来すらも垣間見させるものであったと…そう言うことができるのでしょう。
本作はその「物語」群を結びつけ、そして、加藤保憲と加藤重兵衛という二人の魔人を結び、さらに新たなる「物語」の存在を予見させてみせた、そんな驚くべき作品なのであります。
「龍神村木偶茶屋」(荒俣宏 原書房「帝都物語異録」所収) Amazon

| 固定リンク

コメント