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2012.09.15

「新・水滸伝」第1巻 現代中国のオレ水滸伝

 最近はゲーム関係がほとんどかと思いますが、光栄(コーエー)の出版部門は、一時期歴史ものの小説を多く刊行していた時期がありました。本作もその一つにして個人的には一番の珍品、現代の中国でリライトされた「水滸伝」であります。

 水滸伝リライトは、言うまでもなく日本でも結構な数が発表されていますが、現代中国で書かれたものというのは、日本にはほとんど入ってきていない(というか、どれだけの数があるかすらわからない)というのが事実。
 本作はチョ同慶(チョは衣偏に者)なる作者により、実に数十年かけて執筆された「水滸新伝」の邦訳とのことですが、ある意味如実に執筆された時代を反映しているのが面白い。
 日中戦争、中華人民共和国の成立、文化大革命という時代を経て完成した本作は、一口に言ってしまえば、革命文学としての水滸伝を体現したものと言えるのですから――
(その一方で、本作の原書を、訳者が西域の砂漠のど真ん中のオアシスの書店で見つけたというエピソードが、伝奇的で実に素晴らしい)

 その最終的な評価については、また別に語りたいと思いますが、ここでは一巻ずつ、原典との大きな相違を列挙していきたいと思います。
 ちなみにこの第1巻は、王進→史進→魯智深→林冲→楊志→智取生辰綱→宋江の放浪を経て、青州は清風山を捨てて梁山泊に向かうまでと、大抵の水滸伝で序盤に描かれる定番のエピソードが並ぶのですが、この時点で様々な相違点があるのが面白いのです。

・朱武、陳達、楊春の三人の過去を設定。
・王進が、逃走の果てに病み衰えて史進に看取られて没。
・李忠と周通の代わりに蔡福・蔡慶が登場(ただし李忠はその後孫立の部下として登場)。
・北京大名府に流刑になった楊志が盧俊義と親交を結ぶ。燕青は盧俊義の使用人ではなく放浪の拳法家で、旅の途中で盧俊義の従姉妹を助けた。
・花栄は青州の副知塞ではなくその息子。悪党の手先に使われた挙げ句青州に左遷されて後悔して死んだ父の遺言に従い、官に就くことは望まない。
・清風山に籠もるのは、燕順・王英・・旺の三虎。彼らの師匠格が皇甫端。皇甫端の姪の女傑・崔慧娘は後に花栄と結ばれる。
・孫立は四州の兵馬総管で、韓滔と彭・が部下。
・秦明、黄信、李忠は青州の軍人。黄信は清風山に下った後、鎮三山の名を恥じて改名。
・宋江はやはり全国の好漢に慕われているが、招安については燕順にすら内心ダメ出しされる。

 といったところですが、ご覧の通り、特に青州のエピソードは、宋江と花栄が陥れられて清風山に走り、青州軍と戦うことになるという大枠こそ同じものの、人物配置と設定は大きく異なります。
 特に、宋江の出番がかなり減って、花栄のフォロー役的扱いなのは、彼の招安志向が明確に批判されていることも含めて、本作のなんたるかを端的に示している印象があります。

 実は本作の大きな特徴の一つは、原典を農民起義の物語として捉え、その部分をクローズアップした点にあります。
 これは、執筆された時と場所を考えればそれなりに納得いくものではありますが、やはり現代の日本人から考えると、やはり違和感は否めない部分。

 特に愛すべき無頼漢である魯智深や、山賊の中の山賊である燕順が、社会正義に目覚めたような言動を見せるのは、原典をそのまま残した部分とのギャップが大きいのですが…


 と、この辺りの印象は、最終巻を読んでからまた改めて述べたいと思っていますが、今の中国でオレ水滸伝を描くことの一つの帰結を見た思い、というのが、正直な感想ではあります。

「新・水滸伝」第1巻(今戸榮一編訳 光栄) Amazon

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