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2012.09.25

「月夜彦」 真っ暗闇の平安ノワール

 姫君を殺して食らう怪人・千貫文の噂で騒然たる平安の都。小悪党の小槌丸は、実は自分の兄弟に当たる月夜彦を殺し、彼と入れ替わって貴族となるという大望を持っていた。さらにある事件から月夜彦こそが千貫文であると知った小槌丸だが、彼らの周囲には思いも寄らぬ奇怪な因縁と悪意の存在があった…

 「闇鏡」で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した堀川アサコによる、平安ダークファンタジー、いや平安ノワールとも言うべき作品であります。

 舞台となるのは、おそらくは平安時代も後期の頃。貴族の姫君を次々と襲い、その身を汚して食らう怪人が出没、(その首にかけられた莫大な賞金から)千貫文と呼ばれるその怪人を、ある者は恐れ、ある者は狙い…と、雑然たる京を中心に、この奇怪な物語は描かれることとなります。

 この千貫文に間違えられ、執拗に自分を狙う検非違使から逃れるうちに、奇怪な牛車に招かれた小悪党の小槌丸。彼が乗った牛車がたどり着いた先こそは、御簾越山――どのような望みも叶える代わりに、その者の最も大切なモノを奪うという奇怪な狼神が住まう魔所であります。

 実は小槌丸には、叶えたい望みがありました。右大臣の落胤であった彼は、同じ血を引き、瓜二つの顔を持ちながら、のうのうと貴族として暮らす兄弟・月夜彦を殺し、彼とすり替わろうとしていたのです。
 狼神から辛くも逃れ、御簾越山に参拝に来ていた美しい姫君に出会い強く心惹かれる小槌丸。彼女こそはまもなく時の天子の子の母となる千名姫、そして月夜彦の姉、すなわち小槌丸の姉でもあったのであります。

 その後も都に潜み、月夜彦を狙う小槌丸。そんな中、彼が馴染みの女のところに出かけた先で目撃したのは、その女を殺した血にまみれた月夜彦の姿――そう、月夜彦こそは千貫文だった、のですが…

 と、ここまででもまだ物語は半ば。小槌丸と月夜彦の運命は変転を続け、やがて物語に散りばめられた謎の数々の恐るべき真相と、運命の皮肉が明らかになることとなります。
 もちろん、その詳細についてここで触れることはしませんが、どこかヒョーツバーグの「堕ちる天使」を思わせる終盤の展開は、強烈な印象をこちらに残してくれます。


 しかし何よりも本作の特徴は、その世界観でありましょう。
 冒頭で、本作を平安ノワールと評しましたが、本作で描かれるのは、いわゆる平安ものと言ったときのイメージの正反対をいくような、どぶどろを這いずるような、汚く、醜く、おぞましい世界。
 登場人物も、ほとんど全員が悪人であり、そうでなければ死んでいく者ばかり(もちろん悪人も山ほど死にますが)。他人はおろか、神すら欺くような悪人たちが、己の欲のためにのたうちまわり、他人を傷つけ、そして死んでいく…本作は、そんな真っ暗闇の世界を描いているのであります。

 しかしその一方で本作は、「人間が一番怖い」という、ある意味一番安直な結論に落ちつく作品でもありません。
 本作の主人公たる小槌丸――彼もまた、確かに悪人ではあります。それも、女たちを騙し、弄び、挙句の果てに売り飛ばすという、最低の人間の部類で。
 しかしそれにもかかわらず、彼の行動には常に迷いがつきまといます。本作に登場する他の悪人に比べれば、彼にはどこか人の良さが残っている、言い換えれば情が残っていると――そう感じられるのであります。

 それは彼のような人間にとって、必ずしも美徳ではありますまい。事実本作で彼はその情によって結果としてしばしば苦しむのであり、そしてその彼の迷いと弱さを否定的に感じる読者が多いであろうことは予想できます。

 しかし本作においては、彼は弱くあってよいのだと、むしろ弱くあるべきなのだと、私はそう感じます。
 本作において、人が必ずしも善き者ばかりではない、いやむしろそれとは逆の存在として描かれているのと同様、人は必ずしも強き者、恐ろしき者ばかりではないと――そう教えてくれます。

 人は全き存在ではない。しかしそれだからこそ…というのは、いささかセンチメンタルな感想かもしれません。
 しかし、本作の皮肉な結末におけるある人物の言葉は、そんな人間の存在に対する一種の希望の現れではないかと、私にはそう感じられたのであります。

「月夜彦」(堀川アサコ 講談社) Amazon
月夜彦

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