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2012.09.08

「楊令伝」を読み終えて

 先日取り上げた通り、第15巻をもって、文庫版「楊令伝」の刊行が終了しました。
 これまで一年以上にわたり、楽しませていただきましたが、「楊令伝」全編を通しての感想をここで述べたいと思います。

 北方「水滸伝」が完結したのは、早いもので約7年前。思っていた以上に前のことではありますが、次々と好漢が倒れ、梁山泊そのものも炎に包まれる結末から受けた衝撃は、昨日のことのように思い出せます。
(何しろ、梁山泊が徹底的に負けて終わる「水滸伝」というのは、我が国ではほとんど初めてでしたから…)
 それだけに、続編として「楊令伝」が始まった時は、期待半分、不安半分でありました。再び梁山泊の物語が読めるのは嬉しい。しかし悲劇的とはいえ、見事に結末を迎えた物語の続きを、果たして語る必要があるのだろうか…と。

 しかし、「楊令伝」を全て読み終えた今であれば、本作は語られる価値があり――そして、本作でなければ語れないものがあったと、はっきり言うことができます。

 正直なところ、本作の人気は、前作に比べるとやや低い――いや、人によってははっきりと期待はずれに感じた方もいるのではないでしょうか。確かに梁山泊が復活し、童貫にリベンジを遂げるまでの前半部分の物語は面白かった。しかしその後は、延々と国家論ばかりが続いた印象は否めません。
 しかし個人的には、むしろ楊令が、梁山泊が新たな国の在り方を――いや、そもそも国とは何か、ということを模索する後半部分が、実に刺激的に感じられたのであります。


 少々話は脇道にそれますが、およそ我が国の歴史・時代小説というジャンルは、「国とは何か」ということを根本的に考えるには、実は向いていないように感じられます。
 もちろん、国盗りの物語、国造りの物語、そしてそれを治める物語には、優れたものが多々あることは言うまでもありません。
 しかし、それはあくまでも所与のこの国――それも、この国の一部分――を巡るものに留まり、ゼロから、あるいはマイナスから国というものを語った物語というのは、実は驚くほど少ないのではないのでしょうか。

 それは言うまでもなく――解釈は様々に分かれるにせよ――我が国が単一の国家として、単一の頂点の元に存在してきた(「とされている」)からにほかならず、そんな我が国において、国というものは、統治者は時に入れ替わるにせよ、常に存在するものであり、それをないものとして語るのは、一種のタブーとすらなっていると感じられます。

 さて、それでは有史以来幾多の王朝が生まれ、滅んだ中国ではどうでしょうか。確かに、国という存在は絶対ではありませんが、しかし王を戴いた国という形式の点で見れば、滅んだ国も、新たな国も異なるものではないと言えるのではないでしょうか。

 しかし、中国には国に拠らない豪傑たちの物語が、見方によっては国を否定し、滅ぼす者たちの物語があります。それが「水滸伝」であり――北方水滸伝が、原典のその側面に着目して描かれていることは、言うまでもありません。
 そして「楊令伝」は――その「水滸伝」では達成できなかったものの――国を否定し、滅ぼしたその先にあるものを描くため、「水滸伝」の続編として生まれたのではありますまいか。すなわち、「楊令伝」は「水滸伝」の続編として描かれなければならなかった、のではないでしょうか。

 こう考えてみると、「楊令伝」が国の在り方について、しつこいほどに語ってきたのはむしろ必然であり、それこそが本作の読みどころであった、と感じられるのです。
(もちろん、その試みに作中のある程度のタイムスパンが必要となる関係上、個々のエピソードが、キャラが薄味になったのは、本作の構造上の欠点ではありますが)

 ほかのどこでも、どの物語でも描くことのできなかった「国」という存在への根底からの問いかけ――私が本作に強く魅力を感じたのは、まさにこの点(それに「水滸伝」の存在が必要であったという点を含めて)においてであります。

 そしてそれを語るために、自らを幻の王と呼ぶ男の存在が必要であり――その退場をもって物語に幕が下りるのも、また必然なのかもしれません。


 「水滸伝」の続編として、「国」という存在への問いかけとして、本作は実に魅力的な物語でありました。
 そして、続く「岳飛伝」では何が描かれるのでしょうか――?

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