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2012.09.11

「幻海 The Legend of Ocean」 幻の海の秘境へ

 秀吉の禁教令の中、日本に上陸したイエズス会士シサット。秀吉に捕らわれた彼は、その航海学の知識を認められて、布教の見返りに小田原攻めへの同行を命じられる。軍監として同行する岩見重太郎とともに伊豆に向かうシサットは、激しい海戦の中、「奥伊豆に黄金の国がある」という噂を知るのだが…

 ここ数年、矢継ぎ早に新作を発表している伊東潤の作品は、骨太な(≒生真面目な)生真面目な歴史小説という印象を強く持ってきました。しかしながら、文庫化された本作「幻海 The Legend of Ocean」を目にした時の予感を信じて手に取ってみれば――驚くべし、こちらの想像を遙かに超えたユニークな世界が広がっていたではありませんか。

 物語は、バチカンの査問委員会から始まります。遠く日本まで布教に向かい、そこで目にしたものを記したレンヴァルト・シサット。しかしその内容がキリスト教の、バチカンの思想と相容れぬものであったことから、彼は書物を焼き捨てて懺悔するか、はたまた火刑に処されるか、選択を迫られます。
 それでも己の道を曲げようとしないシサットに興味を抱いた書記官に対し、シサットが語ったものとは――

 それは、秀吉の小田原攻めのまっただ中のこと。死を覚悟して日本に潜入し、禁教令を発していた秀吉に対面せんとしたシサットは、しかし途中で見つかり、秀吉に仕える豪傑・岩見重太郎(!)に捕らえられてしまいます。
 しかし航海術の才があったシサットに対し、秀吉は布教を許す代わりに、小田原攻めに向かう豊臣方の水軍への随行を命じます。かくて、シサットはなりゆきから同行することとなった重太郎、そして処刑されかけていたところを救った切支丹の若者・藤次郎とともに、徳川水軍の船で伊豆に向かうことに…

 本作のほぼ前半部分は、シサットが心ならずも参加することとなった、この小田原の役における伊豆下田での海戦が描かれることとなるのですが、この部分だけでも実に面白い。
 まことに恥ずかしながら小田原の役というとどうしても城攻めの印象が強く、水軍による戦が行われていたことはほとんど知らなかったのですが、それだけにここで展開される戦の模様は実に新鮮に映ります。
 数に勝る豊臣方と、地の利を活かした北条方、時々刻々と変化していく戦場での戦いは実にエキサイティングでありますし、そこで日本に存在しない最新の航海術でシサットが存在感を示すという構成も巧みです。

 これだけでも本作を読んだ甲斐があった…と思いそうになりましたが、しかし本作の真骨頂はこの先にあります。

 戦いの最中、奇怪な噂を聞かされるシサット一行。伊豆には、北条とは、いやこの国の者たちとは全く異なる優れた航海技術を持つ民が棲み、そしてその国には計り知れない黄金が眠ると…
 その噂を裏付けるように、やがて彼らの周囲に出没する謎の民。険阻な山並みと、激しい海流に守られた奥伊豆に、一体何が潜んでいるのか?
 黄金に憑かれた者たちの争いに巻き込まれ、やむなく奥伊豆に向かうこととなったシサットは、そこで驚くべき文明の存在を目にすることになるのです。

 …そう、本作の正体は、実は秘境冒険小説。
 秘境というものがほとんど消滅した現代、それと同時にほとんど見られなくなった秘境冒険小説が、こんなところに存在していたとは! 本作の真の姿を知った時には、驚きと喜び、そしてそれを文庫化まで見逃していた悔しさが入り交じった想いに打ちのめされた次第です。

 その秘境の正体についてはここでは語りますまい。しかし伊豆(というある意味馴染み深い土地)に、このような伝奇的秘密をちりばめた秘境冒険世界を現出させてみせるとは、いやはや、心の底から驚き、かつ感服いたしました。

 舞台が秘境に移ってからの物語が、ある意味秘境もののテンプレート的であるのは弱点かもしれません。
 しかしリアルな戦場の中にに圧倒的な存在感のフィクションを放り込んで、地続きの世界として成立させてみせた、その筆力と、何よりも心意気を私は愛します。

 作者のイメージとは異なる作品かもしれませんが、私にとっては大歓迎。再び、このような路線の作品が読めることを期待したいと思います。

「幻海 The Legend of Ocean」(伊東潤 光文社文庫) Amazon
幻海―The Legend of Ocean (光文社時代小説文庫)

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