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2012.10.23

「篁と神の剣 平安冥界記」 若き篁、異世界を行く

 父に似ず文の道に暗いのが悩みの種の若き小野篁。ある晩、奇怪な賊に襲われている牛車を救おうとした篁は苦戦し、太刀を折られてしまう。思わず神に祈った彼の前に出現した不思議な剣を手に賊を追い払う篁。しかしそれがきっかけで、篁は不思議な少年少女と共に黄泉の国で思わぬ冒険をする羽目に…

 コンスタントにユニークな平安ファンタジーを発表している如月天音の新作であります。
 本作の主人公は、平安好きの方であればすぐにおわかりでしょう。篁――小野篁、昼は朝廷で帝に仕え、夜は地獄で閻魔に仕えたという奇怪な伝説を持つ人物であります。
 本作に登場するのは、まだ若き日の篁。彼が如何にして閻魔の知己を得たのかが、本作では語られます。

 少年時代に父に従い陸奥国に赴き、5年を経て平安京に帰ってきた篁。
 人並み外れた巨躯を誇り、武勇では人並み外れたものを持ちながらも、文の方は帝に嘆かれるほど、文章道を極めた父にも似ず今一つなのが悩みの種の篁は、そぞろ歩きの途中に訪れた鳥辺野で、思わぬ事件に巻き込まれることとなります。
 牛車が幾人もの賊に襲われていたのを目撃した篁は持ち前の正義感から割って入るのですが、奇怪な賊の前には大苦戦、愛用の太刀も折られてしまいます。
 そこで篁が思わず神に新たな太刀を求めて祈った時――そこにあたかも月光のような不思議な光が集まり、現れたのは不思議な一本の剣。その切れ味はこれまでの太刀とは段違い、賊を一蹴した篁は、牛車に乗っていた姫君・小比売と、その兄の於町に強引に同行を求められます。

 実はこの剣こそは長きにわたり行方不明となっていた月読命の剣。月読命に求婚に向かう途中の小比売は、この神剣を届けることで月読の心証を良くしようとしたのでした。
 求婚はさておき、篁も剣を正当な持ち主の手に返すのには異論はなく、二人の護衛も兼ねて同行するのですが…何ぞ知らん、彼らの行く先が黄泉の国だったとは。


 というわけで、本作の舞台のほとんどは黄泉の国、すなわち死者の世界。
 本来であれば生者が入れるはずもないこの世界に、神剣の力で足を踏み入れた篁は、奪衣婆や懸衣翁ら地獄の住人、そして根の国を支配する月読命ら、様々な人ならざる者と出会い、冒険を繰り広げることとなります。

 そんな舞台とキャラクターの印象もあって、本作は平安ものというよりもむしろ異世界ファンタジー的な側面が強く感じられます。
 なるほど、本作に登場する篁は、後に「天下無双」とまで言われた文人としてのイメージとはほど遠く、無骨ですが真っ直ぐな武人、好漢といったキャラクターで、神剣を手に異界を行くのにはぴったりでしょう。
 もちろん、後世に伝わる篁の人物像と、本作のそれが異なるのも計算の上で、その二つの摺り合わせが、本作の隠し味となっています。


 と、かなりユニークな作品ではあるのですが、しかし本作を一言で表せば、地味という印象は拭えません。
 黄泉の国といっても、舞台となるのは地獄の手前、三途の川のほとりが大半。地獄らしい(?)派手な地形や鬼たちが待っているわけでもなく、かなり穏やかなエリアを旅することになるので、勢い物語も静かなものとなりがちであります。
 篁も、未熟ではありつつも、見ようによってはかなり完成した人物であり、その意味でも物語の展開は静かなものとなった印象があります。

 もちろん、「地獄」と「根の国」の切り分けや、月読命の人とは似て全く異なるメンタリティや存在感(笑い一つで篁を苦しめる描写はお見事)など、いかにも作者らしく個性的かつ優れた部分は様々にあるのですが…

 篁が手にした力が強大すぎるだけに、なかなか動かしにくいかもしれませんが、もし続編が書かれるのであれば、篁の体に相応しい活躍が見たい、と感じた次第です。


 もう一つ、篁が(男に)モテモテというのも、いかにも作者らしいとこれまた感心。

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篁と神の剣 ―平安冥界記― (ウィングス文庫)

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