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2012.10.18

「幕府検死官玄庵 斬心」 反逆医が惚れた姫

 心中で生き残った若い女が日本橋で晒し者になっているのに出くわした玄庵。石川島の人足寄場送りとなった彼女は、実はさる藩の姫君・橘姫だった。彼女に一目惚れした玄庵は、藩の江戸家老からの依頼に応え、千両の報酬と彼女を嫁とすることを条件に、姫を石川島から救い出そうとするが…

 普段は江戸町奉行所で検死を担当する蘭医、裏の顔はこの世にのさばる悪を無外流抜刀術で叩き斬る快男児・逆井玄庵の新たなる冒険であります。
 加野厚志のこのシリーズ、当初は中公文庫で三作刊行され、前作「血闘」から文芸社文庫で刊行されることとなったものですが、レーベルは変わってもその反骨ぶり、無鉄砲ぶりは相変わらずであります。

 今回の物語の中心となるのは、大川での心中で相手のみ死に、自分だけ生き残ったために日本橋の高札場で晒し者となっていた謎の美女。
 浅黒い肌に吊り目がちと、当時の美人の基準とは少しずれますが、晒し者となっていても凛然とした態度を崩さない彼女に、偶然通りかかった玄庵は一目惚れしてしまうのですが…もちろん、これが波瀾の冒険の幕開けなのは言うまでもありません。

 何と彼女は常陸松崎藩三万石の姫君、身分を明かせばお家の恥と口を噤んだまま石川島の人足寄場送りとなった彼女の救出の依頼を藩の江戸家老から受けた玄庵は受けることになります――持参金千両と姫の嫁入りが条件で。


 いやはや、この時点で色々な意味で無茶苦茶ですが、しかしこれが玄庵流。
 玄庵は親友の八丁堀同心・国光平助を巻き込んで寄場に潜入すると、まんまと橘姫を奪還し、脱出してくるのですが…
(ここで玄庵の「色々」な活躍を聞いた平助が「そりゃ無茶だ。色々ありすぎでしょ」と呆れるのが、読者の心境とシンクロして妙におかしい)

 しかし、このシリーズのファンであれば容易に予想がつくように、この姫が只者ではありません。
 玄庵も呆れるほどの行き当たりばったりで無鉄砲…はまあいいとして、彼女には思わぬ裏の顔の存在が。そしてそれが心中騒動と人足寄場送りの裏側に――とくれば、加野ファンであればすっかり嬉しくなってしまいます。

 そう、一本気で無鉄砲な主人公が、複雑怪奇な事件と様々な顔を持つ周囲の人間たちに混乱させられつつも真相に迫っていくという一種のハードボイルド的趣向が加野作品の真骨頂。
 周囲の思惑に時に振り回され、時に利用されつつも、己の道を不器用に貫いてみせる…そんな玄庵の痛快な姿は今回も健在であります。


 もっとも、今回は、玄庵と姫の交流が中心にあるせいか、これまでに比べるとちと控えめな印象。途中に挿入される(当時練兵館にいた)久坂玄瑞との出会いや、平助との悪党退治も、話の本筋とは無関係ではないものの、中途半端に感じられてしまいます。
(後者がシリーズ第1作のラストに繋がっていく…という見方もできますが)

 何よりも、物語のそもそもの発端である、心中の生き残りが、人足寄場に送られる…ということ自体が実際にあったのかどうか。
(確かに心中の生き残りは無宿人扱いになりますし、人足寄場に無宿人は収容されたのですが…)

 玄庵の言動は相変わらず痛快、そして彼の育ての親であり今も彼を心身ともに支える飯炊きの加代婆さんも大活躍と、シリーズファンには楽しい作品ではあるだけに、細かいところが気になったのは残念であります。

「幕府検死官玄庵 斬心」(加野厚志 文芸社文庫) Amazon
【文庫】 幕府検死官 玄庵 斬心(ざんしん) (文芸社文庫 か 1-2)


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