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2012.10.08

「大江山異聞 鬼童子」 人ならざる者と人の間に

 都を騒がす奇怪な鬼の噂。貴族の娘を次々と攫うその鬼には、刃も歯が立たないという。人外の血を引くと言われる豪の者・坂田公時は、鬼討伐の命を受け、鬼に狙われる若き紫式部を守ることとなる。次々と現れる妖の者と対決する公時。だが、彼の前に現れた鬼・酒呑童子は世にも美しき姿をしていた…

 菊地秀行久々の時代ものは、平安時代を舞台に、坂田公時と酒呑童子の対決を描く伝奇活劇であります。
 菊地作品で平安時代をメインの舞台とした作品は、私の記憶の限りではこれが初めてと思いますが、例えば敵の出自や、事件の発端がこの時代に由来する作品は、決して少なくない印象があります(比較的最近では「退魔針」シリーズなど)。

 そして物語の題材となる人物や事件に事欠かないこの平安時代の中でも、伝奇方面ではやはり(本作にも登場する)安倍晴明か、この酒呑童子が有名どころ。
 これまで鬼や山中異界を幾度も描いてきた作者にとって、酒呑童子はこれまで題材となっていなかったのが不思議なくらいではありますし、これに対する坂田公時も、山姥と雷神の子と言われる――すなわち、人外の血を引くヒーローであり、これまた作者の自家薬籠中の題材ではありませんか。

 さらに、ヒロインとなるのは紫式部…と来ると、一見無茶のようですが、酒呑童子が退治されたと伝わるのは大体990年代。一方、彼女が生まれたと言われるのはのは大体970年代ですから、本作で17歳の彼女が登場するのは、平仄はあっています。
(もっとも、この時点の彼女が自ら「紫式部」を名乗るのは疑問符が付きますが…)


 そんな本作で描かれるのは、しかしこれまで描かれたことのないような酒呑童子譚であります。
 大江山に潜み、都から女たちを攫うというのは伝説と違わぬ行動ですが、しかし(物語の比較的初期に明かされる)酒呑童子の正体が、実は異国の錬金術の技を伝える「人間」であった――とくれば、これはもう菊地世界。
 その技ゆえに周囲の人々から差別され、あるいは利用されてきた彼が、女修験者・茨木の導きにより人外の技を身につけ、「鬼」としてある目的のために姫君たちを攫うようになったのが、酒呑童子なのであります。

 そしてこれに抗する公時は、その人並み外れた武勇で周囲の賞賛と――そして何よりも畏怖の視線を集める存在。それは彼の主人である源頼光――武士でありつつも、政治の世界に片足を突っ込んだ俗物として描かれるのが印象的――や、同僚である渡辺綱たちも例外ではありません。

 すなわち、本作で描かれるのは、人外の血を引きながら人として生きようとする者と、人として生まれながらも人として生きられず人外として生きようとする者、この両者の対決なのであります。
 この辺り、デビュー初期から人と人ならざる者の戦いを、それを通じて浮かび上がる人の姿を描いてきた作者の態度は、今も貫かれていると言うべきでしょう。


 が――舞台良し、登場人物良し、趣向良しと揃いながらも、本作を読んだ後には、今ひとつすっきりしない感覚が残ります。

 一つには、物語で幾度か対峙する公時と童子の関係が、どこか湿っぽいまま終わる点があるでしょう。
 人とは何か、人ならざる者とは何か…その答は、本作の中に少しずつ散りばめられているのを見ることはできますが、彼らにとって――特に公時にとって――のその答えを、作中で明確に見せて欲しかった、という印象が残ります。

 もう一つ、紫式部と酒呑童子の出会いが、彼女が後に著すあの作品の内容に影響を及ぼした、というのはさすがに無理があるのでは…というのはともかく、彼女が語る物語論が、それなりに興味を引くものであるものの、物語との噛み合わせが今ひとつなのが残念なのであります。

 公時と童子、式部――この三人の関係が、より有機的にドラマに結びついていれば…と、何とも口惜しく感じた次第です。

「大江山異聞 鬼童子」(菊地秀行 光文社) Amazon
大江山異聞 鬼童子

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