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2012.10.11

「江戸の夜叉王」 ニヒリスト沖田総司の青春

 天然理心流にその人ありと恐れられながら、不治の病で虚無のどん底にある青年・沖田総司。ある晩届いた「夜叉王どの」と書かれた手紙に書かれた場所に赴いた彼は、何者かの襲撃を受けた上、殺人の濡れ衣を着せられてしまう。その嫌疑を晴らすため、彼は江戸を騒がす怪人・夜叉王を追うのだが…

 久々に紹介の高木彬光の時代伝奇小説、今回は浪士隊結成直前の江戸を舞台に、かの沖田総司が謎の怪人と対決する「江戸の夜叉王」であります。

 江戸で地獄道場と恐れられる天然理心流道場で、若くして四天王と呼ばれるほどの腕前ながら、その身を犯した病魔により、極めて虚無的な日々を送る沖田総司。
 そんなある日、彼は自分に夫を斬られたという女・三枝に襲いかかられます。難なくこれを退けた総司ですが、その晩に彼のもとに届けられたのは、「夜叉王どの」と宛名された手紙でありました。
 虚無的とはいえ、まだまだ青年らしい冒険心も持つ彼は、手紙に記された寺に向かうのですが、そこで彼は謎の浪人たちに襲われた上、寺では住職たちが殺されているのを発見。その下手人と疑われ、からくも近藤の手で救い出された彼は、身の潔白を証明することを心に誓います。

 手がかりとなるのは手紙に記された夜叉王の名――夜叉王こそは、殺人に略奪と、近頃江戸の町を震撼させる謎の怪人、道場を出た彼は、夜叉王を追って奔走するのですが…


 というあらすじの本作ですが、何と言ってもユニークなのは、主人公たる沖田総司のキャラクター造形であるのは言うまでもありません。

 新選組隊士と活躍する前、浪士隊に参加する前の沖田を描いた作品は、これは決して珍しくはありません。しかし、彼が、大抵の作品では非常に純真な人物か、あるいはそれが過ぎてどこか人間として壊れた人物として描かれるのに対し、人を斬っても何とも思わず、女にも不自由しないニヒリスティックな人物として描いたのは、非常に珍しいのではありますまいか。

 もっとも、ニヒルといっても彼の場合、どこか中二病をこじらせたような印象があるといいますか、まだまだ青い部分が抜けていない。
 そのため夜叉王をはじめとして、江戸の暗黒街、あるいは江戸城の政治の裏側で蠢く者たちに翻弄されてしまうというのも、なかなかに面白い点であります。

 実は彼を取り巻く悪役の人物造形自体は、高木時代小説では比較的よく見かけるものが多いのですが、本作の沖田のようなキャラは珍しく、そのギャップがまた、新鮮味を与えてるといえるでしょうか。
(お約束かもしれませんが、夜叉王退治のライバルとして芹沢鴨が登場するのもいい)

 面白いといえば、冒頭で彼をこの冒険行に誘う二つの事件――何者かに斬られた浪士がいまわの際に彼の名前を残したことと、彼のもとに夜叉王宛の手紙が届けられたこと――も、謎が解けてみればさまで凄いものではないのですが、なるほど本作の設定でなければ成立しないもので、この点にも感心した次第です。


 もっとも――史実と照らし合わせてみると、色々首を傾げたくなってしまう点が少なくないのも事実。
 作中で、土方が幕閣の要職ともつてのあるように描かれているのですが――そしてこの点が実は本作では大きな意味を持つのですが――さすがに浪士隊結成前にこれは考えにくいでしょう。
 何よりも、沖田がこの時点で喀血するほど病に犯されていたというのもさすがに無理があるでしょう。もっとも、この点がなければ、本作の沖田は全く普通の(?)沖田になってしまったかもしれないわけですが…

 この辺りのユルさがいかにも高木時代小説的ではあります。しかしその点をあらかじめ承知の上で読めば、虚無的な沖田というのもなかなかに魅力的。
 できれば、京に向かった後のこの沖田の姿も見てみたかった、と感じるのであります。


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