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2012.10.15

「寵臣の真 お髷番承り候」 寵臣として、人間として

 麹町で十人以上の浪人が何者かに殺されたことを知った賢治郎。しかしその裏に徳川頼宣襲撃があったことを知った賢治郎は、事件の発生を告げなかったために、将軍家綱の不興を買って目通りを禁じられてしまう。孤立無援となりながらも事件の真相を探る賢治郎に、刺客たちが次々と襲いかかる。

 将軍の髷を整えるお髷番を務める青年武士・深室賢治郎が、将軍家綱を守って将軍位争いを繰り広げる権力の亡者たちと対決する「お髷番承り候」シリーズの第5弾であります。

 かつてお花畑番として、幼い家綱と共に育ち、身分こそ違え唯一の友と言える賢治郎。周囲の者たちが、家綱を差し置いて次の将軍位を巡って暗闘を繰り広げる中、賢治郎は家綱の懐刀として活躍してきました。
 味方になる者はほとんどいないとはいえ、しかし賢治郎のいわば後ろ盾は将軍家綱。その意味では、上田作品の主人公のうちでも、彼は最も恵まれたキャラクターと言えなくもないのですが――しかし、本作においては、その家綱からの寵愛が途絶えることになってしまうという、シリーズの根幹を揺るがしかねない事態が発生することになります。

 前作で、館林徳川家の綱吉を支える牧野成貞に動かされて、紀伊徳川家の頼宣の行列を襲撃した浪人たち。しかし彼らは行列を守る根来者たちにより全員返り討ちにされるという結果に終わりました。
 しかし事件がそれで終わったわけではありません。事件があったのは江戸城とは目と鼻の先の麹町、犯人の目的は暴かれなかったとはいえ、襲われたのはとかくの噂のある徳川頼宣なのですから。

 この事件の発生を知った賢治郎は、その影響の大きさから、家綱にすぐに告げることを避けるのですが――家綱にとって、信じていた賢治郎が己に(事件の全ては明らかになってはいないとはいえ)真実を伏せたというのは、裏切りにも等しい。
 かくて、主従の想いのすれ違いから、家綱の逆鱗に触れた賢治郎は登城差し止めとなってしまうのでありました。


 上田秀人の文庫書き下ろし時代小説の主人公は、その大半が、程度の差こそあれ、権力者の引きを受けて特殊なお役目に就き、そして幕政の権力を巡る暗闘に巻き込まれ、四面楚歌の戦いを強いられることとなります。
 厄介なのは、その敵の中に、自らの上司であったはずの権力者が含まれることがしばしばであることですが、少なくとも本シリーズにおいては、それは当たりません。

 上で述べた通り、賢治郎と家綱は深い信頼で結ばれた間柄、賢治郎を家綱が裏切るはずはない…のですが、怒ることはあった、というのは予想外でありました。
 実は賢治郎は実の兄に疎まれて実家を追われた過去を持ち、そして婿養子に入った先の義父からも、より良い引きを求めるには邪魔な者として、白眼視される関係。
 将軍という絶対の後ろ盾を失った途端、彼は住む家にも事欠くことになるのです。


 しかし、そんな時だからこそ、見えてくるものがあります。真に彼を案じ、支える者が誰であるか、そして、真に彼が歩むべき道が何であるか――

 本シリーズにおいては、「寵臣」という言葉が一つのキーワードとして繰り返し登場します。
 権力者の側に仕える寵臣とは、どのような存在であるべきか。そして寵臣の資格とはなにか。そして何よりも、賢治郎は寵臣足りうるのか?
 これまで描かれてきたその問いかけに、本作で答えが――意外な、しかしどこか納得できる答えが提示されることとなるのです。

 この先、賢治郎が、誰とともに、どのように生きていくのか…その答えが示された本作は、シリーズにおいて一つの区切りと言えるでしょう。


 しかしもちろん、将軍位を巡る戦いはこれからまだまだ続いていくことになります。
 迷いをなくした賢治郎の、そして家綱の戦いもまた…

「寵臣の真 お髷番承り候」(上田秀人 徳間文庫) Amazon
~お髷番承り候 五~ 寵臣の真 (徳間文庫)


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