「猿飛三世」 第6回「同の巻」
ついに正式に前端玄蕃への輿入れが決まったお市。さらに長屋の牢人の妻が玄蕃に殺され、悩む佐助の前に現れた徳三郎は、自分と相手の心を同じくしろと告げる。それにヒントを得た佐助は牢人たちとともに玄蕃に殺された者の怨霊に扮して玄蕃を脅かし、震え上がった玄蕃は婚儀を取り止めるのだった。
気がつけば「猿飛三世」も、今回を入れて残すところわずか3話。その第6話は、前回を受けてのお市の嫁入り騒動の後編とも言うべき展開であります。
京都所司代・北倉治重の陰謀により信州広見藩主・前端玄蕃に輿入れすることとなったお市。しかし玄蕃はとんでもない暗君の上に広見藩の財政は火の車、どう転んでも不幸に終わるこの婚儀を止めるべく、北倉を襲った佐助ですが、もちろんうまくいくはずもなく…
という前回ですが、今回も佐助が八方ふさがりの状況は変わりません。前回ついに父であることを知った渡海屋の徳三郎に噛みつく佐助ですが、忍びとして、人間としてまだまだとバッサリ言われてしまう始末。
そんな最中、同じ長屋の牢人が所司代の牢人狩りで袋叩きにされた上、前端家に奉公していたその妻が玄蕃に斬られるという悲劇が起こるのですが…
という鬱々とした展開を突き抜けるのが、今回の「同の術」。
またもや押し掛けてきたお辰の言葉が効いたか、悩む佐助の前に現れた徳三郎の「敵の立場ならどうするか、自分と他人の心を同じくしろ」という言葉(そして主膳の、玄蕃の気が触れれば良いのにという言葉)にヒントを得た佐助は、才蔵やさぼてん、そして何よりも牢人たちの手を借りて、一大作戦を実行します。
それは、玄蕃に今まで自分が殺してきた者たちの幽霊を見せて、罪の意識からキチガ…発き…とにかく正気を失わせようというもの。
幽霊と言っても、佐助の催眠術の一種+仲間たちの扮装で、傍から見るとむしろギャグではあるのですが、ちょっと70年代の時代劇チックな味わいのある仕置で、これはこれでなかなか面白くはあります。
もっとも、既に乱心しているとしか思えない玄蕃が放置されていたのに、今更本キチにしたところで――というのはさておき、玄蕃は国元に送り返され、お市との婚儀もなかったこととなって、まずはめでたし…といったところであります。
しかし今回ちょっと感心させられたのは、徳三郎が「同」という理を、自分と敵の心を同じくせよという意味で使ったのに対し、佐助はそれを、自分と仲間――才蔵やさぼてん、そして牢人たち――の心を同じくして、一つの敵に立ち向かうと解釈し直したことであります。
これまで本作において毎回佐助が会得してきた術は、ある意味火事場のクソ力というべきものであって、冷静に考えるとその術と理が本当に同じものなのか、疑わしいところも多々ありました。
しかし今回は、その理を示唆されつつも、自分なりに解釈し、使ってみせた点に、大きな進歩があります。
忍びの前に人間たろうとする佐助と、忍びとしての道を貫こうとする徳三郎と、この回に来て明確となった、二人の行く道の違い(それが、この術理に対する解釈の違いから浮かび上がるのが心憎い)。
もちろん、徳三郎が指摘するように、佐助はまだまだ人としても忍びとしても未熟ではあります。しかし、術に任せて闇雲に突っ走るだけではなく、その理を考え、自分なりに咀嚼して使うことを学んだ佐助は、これまでの佐助とは異なるでしょう。
残るはたった2話、「殺」と「天」、この二つの術にいかに佐助が目覚めるのか――期待してもよさそうです。
しかし今回のラスト、徳三郎が捕らわれたのは、言うな言うな言ってるのに佐助とお辰が大声で騒ぐもんだから正体がばれたんでは…
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