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2012.11.30

「天海の暗号 絶体絶命作戦」上巻 地の秘宝を入手せよ!

 家康と三成の決戦が目前と迫る中、謎の騎士団がかごめ歌を歌いながら暴れ回っていた。一方、東軍敗北を予感した家康は、逆転の切り札としてかつて信長が奪ったという十種神宝を奪取することを暗号師・蒼海と少年忍者・友海に命じる。実行不可能な密命に挑む二人の前に立ちはだかる騎士団の正体は…

 伝説の暗号解読術を会得した肥満体の暗号師・蒼海と、少年ながら凄腕の火薬師にして忍びの友海、この凸凹コンビが破天荒な活躍を繰り広げるシリーズが帰ってきました。

 これまで、秀吉と千利休が残した暗号を解き日本消滅の危機を救った「秀吉の暗号 太閤の復活祭」、山本勘介の軍学書に仕掛けられた幕府転覆の陰謀を暴くと同時に再生武田信玄軍団と死闘を繰り広げた「軍師の秘密」、信長がヴァリニャーノに送った屏風に秘められた日本と南蛮を同時に揺るがす秘密を解き明かした「信長の暗号」と、数々の事件を解決してきた蒼海・友海コンビ。
 そんな彼らが今回挑むのは、「秀吉の暗号」の直後、関ヶ原の戦を目前にした一大不可能ミッションであります。

 三成を天下分け目の戦に引きずり出すことに成功したものの、いかんともし難い東西の兵力差に、頭を痛める家康。
 そんな彼の元に届いた「咲庵」なる人物から届いた書状――そこに記されていたのは、かつて信長が石上神宮から奪い、後に秀吉の手に渡ったという十種神宝の在処でありました。

 三種の神器を超える力を秘め、この戦いで中立を保っている朝廷を味方につけ、戦後も優位に立つことが可能という十種神宝。
 しかしこの秘宝は二箇所に分けられ、地の宝は足を踏み入れて生きて帰った者はいないという地獄寺に、そして天の宝は東西の戦の最前線である、細川幽斎がわずかな手勢で守る田辺城に隠されたというではありませんか。
 かくて、地獄寺から地の宝を奪取し、次いで田辺城から天の宝を見つけ出し、さらに開戦まで田辺城に西軍の兵力を釘付けにせよという一石三鳥の、しかし困難と言うも愚かな不可能ミッション「絶体絶命作戦」(!)の密命が、蒼海と友海に下されることに――


 という本作は、この上巻の時点で、謎もアクションも伝奇も山盛りの満漢全席状態、次から次へと蒼海・友海コンビに襲いかかる危機に、息を継ぐ暇もないというのは、決して誇張ではありません。
 いや、あの松永久秀が、自爆の前に利休とある人物に十種神宝の秘密を遺すという場面に始まり、かごめ歌を歌う謎の西洋騎士団が御所を蹂躙、彼らに襲われた忍びが瀕死となりながら秘文を伏見城に持ち帰る(しかもここで思わぬ伝奇ネタ炸裂)という導入部だけで、こちらの体温が一度も二度も上がります。
 そしてその中で描かれる十種神宝を巡る物語も――これまでと同様――一歩間違えればトンデモ呼ばわりされかねないものではあります(ちなみに蒼海が「秀吉の暗号」の後、まさにこのような扱いを受けて冷飯を食わされていたという設定に思わず苦笑い)。

 しかし、荒唐無稽に過ぎると思われるアイディアであっても、それを活かす理論理屈を用意し、史実との整合性を生み出して、(たとえ作中のみのものであっても)説得力をもたらすのが時代伝奇の醍醐味(単に無茶苦茶をやればいいというものではない!)。
 そしてその点で、本作は見事なまでに魅力的な時代伝奇ものであることは間違いありません。
 おそらく今の時代小説界において、奇想という点でみれば五本の指には入ろうという作者ならではの世界に、気持ち良く酔うことができました。

 もちろん、欠点が皆無というわけではありません。アクションシーンで火薬に頼りすぎ(友海は火薬師ではありますが)という点は強く感じますし、蒼海・友海が暫定的とはいえリプレイ能力を持ったことで、緊迫感が薄れているのは否めません。

 しかしその点を差し引いてもなお、本作は十分以上に面白すぎる。上巻の時点ではようやく秘宝の半分に手をかけたに過ぎませんが、絶体絶命作戦はこれからが本番。
 果たして絶望的な戦力差での籠城戦に、二人が如何に挑むのか――期待せずにはいられません。

「天海の暗号」上巻(中見利男 ハルキ文庫) Amazon
天海の暗号 上 (ハルキ文庫)


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2012.11.29

「ヴィクトリアン・アンデッド シャーロック・ホームズvsゾンビ」 名探偵、ゾンビ禍に挑む

 1854年、流れ星がロンドン上空を横切った。時は流れ1898年、ロンドンで動く死体による奇怪な事件が発生。その捜査に当たろうとしたホームズは、英国諜報部により妨害される。ロンドンの地下に眠る秘密に迫るホームズだが、時既に遅く、最悪の敵により、ロンドンにゾンビの大群が解き放たれた…!

 小説や漫画、映像とジャンルを問わず、いまだにパロディ/パスティーシュが作られ続けるシャーロック・ホームズ。その中でも最も奇妙なものの一つであろう作品が、邦訳されました。
 それが本作、「シャーロック・ホームズvsゾンビ」という副題が何より雄弁に内容を物語るアメリカン・コミックスであります。

 ファンであればよくご存じかと思いますが、ホームズがクロスオーバー的に様々な相手と対決するのは、パスティーシュなどでは定番の展開。ルパン、切り裂きジャック、ドラキュラ、クロウリー、果ては火星人まで、虚実入り乱れて様々な敵を向こうに回してきたホームズですが、しかしさすがにゾンビと対決というのは珍しいでしょう。
 ここで登場するゾンビは、言ってみればロメロ流。動きは遅いものの、力は強く、人の肉を好んで襲いかかり、犠牲者も同様の生ける死者と化す――あのタイプのゾンビであります。

 そんなゾンビの群れとホームズが対決するというのは、一歩間違えると荒唐無稽な色物になりかねませんが、本作に惚れ込んで出版社に働きかけ、自ら翻訳を手がけたのが、あの日本有数のシャーロキアンたる北原尚彦と書けば、その本気具合がわかるでしょう。
 何故ゾンビの群れがヴィクトリア朝のロンドンに出現することとなったのか、その場合のイギリスという国家への影響は、そしてその状況下でホームズに何ができるのか?
 本作はあくまでもシリアスかつリアルに(ところどころ、明らかにオーバーテクノロジーが登場するのはご愛敬)状況を積み重ねて、巨大なフィクション世界を構築していくのであります。

 ちなみに本作は冒頭で述べたとおりコミックですが、絵柄的にも描写的にも、かなりよくできているという印象があります。
 個人的な印象としてワトスンが少々おじさんぽいことを除けば、ホームズをはじめとするキャラクターデザインはまずイメージ通り。 ビジュアルの方も、ロンドン地下に埋められたもう一つの街など、ゾクゾクするようなシチュエーションをムードたっぷりに描き出しています。

 そんなわけで非常に楽しい作品ではあるのですが、一点だけ難を言えば、ほぼ無数に発生するゾンビ禍の前では、さすがのホームズの頭脳も、働き場所が少々少ないのが残念なところではあります。
(肉体的には、グルカナイフとバリツでファイターというよりクラッシャーな暴れっぷりを見せてくれるのですが)

 それでもホームズファンとして嬉しくなってしまうのは、大英帝国始まって以来の非常事態においても決して冷静さと闘志を失わないホームズの、そして人間としてこの事態に恐れを抱きつつもホームズの友人として戦い抜くことを決意するワトスンの、二人のキャラクターの在り方であります。
 特にワトスンの描写は、それでこそ! と膝を打ちたくなってしまうもので、原典のファンも納得なのではないでしょうか。


 そんなわけでホームズ好き、ホラー好き、伝奇好きにはたまらない本作ですが、続編として「vsジキル/ハイド」「vsドラキュラ」があるとのこと。本作のクオリティからすれば、続編の方も期待できるというもの。
 続編もぜひ日本で刊行していただきたいものです。


 ちなみに原書の表紙を見た時は、「マーベル・ゾンビーズ」みたいな話なのかと怯えましたが、大丈夫で一安心。

「ヴィクトリアン・アンデッド シャーロック・ホームズvsゾンビ」(イアン・エジントン&デイビッド・ファブリ 小学館集英社プロダクションShoPro Books) Amazon
ヴィクトリアン・アンデッド シャーロック・ホームズvs.ゾンビ (ShoPro Books)

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2012.11.28

「浣花洗剣録」第2集 入り乱れる因縁と血

 古龍原作の武侠ドラマ「浣花洗剣録」、第1集の時点でかなりかなりでしたが、本編に入ったと思われる第2集に至っては、先の展開はまだまだ見えぬ状況ながらその底知れぬパワーにほとんどKO状態であります。

 前回のドロドロの修羅場から18年後、精悍な若者に育った霍飛騰の遺児・呼延大臧。彼は父代わりであり師である天界流の剣客・公孫梁から剣術を学ぶ毎日。そこに無名流の曹丘達俊なる壮漢が現れ、公孫梁に決闘を申し込むのですが…
 もうこの時点で異常なまでの突っ込みどころの多さ。言われなければ全くわからなかったのですが、ここでの舞台は蓬莱、つまり日本(をモデルにしたと国)。しかし建物衣装小道具その他諸々、なんちゃって日本、間違った日本感溢れる異世界、時代考証にはあまりうるさくない私が見ても「俺に聞いてくれれば!」と血涙流したくなるような代物なのであります。ああ、70年代から進歩が…

 そもそも剣客二人の名前が中国名な時点で…と思ったら、ここで今回最大の衝撃シーンが。曹丘達俊が公孫梁に手渡した挑戦状に記されていたのは「ささきこじろう(へ) みやもとむさし」(と、本当にひらがなで書いてある)――「燕返し」の時点でもしやと思っていましたが、やっぱり…!

 と、ヘンなところでテンションが上がってしまいましたが、両剣客の決闘シーンは、チャンチャンバラバラではなく、お互い対峙して一瞬抜き合わせたと思ったらそこで決着、という演出で、中国と日本の剣術の違いを見せようとしているようで好感が持てました。(決闘する二人とも、精神的にかなり成熟した、強敵を求めつつも敗れて悔いなしというキャラとして描かれております)
 …もっとも、刀を合わせた直後に二人の間から衝撃波が横に走って大爆発するシーンで爆笑したのですが(ぶつかり合った力が弾けた、ということなのでしょう)

 何はともあれ、この決闘で公孫梁は敗れ、その師の言葉と、意外と大人物であった曹丘達俊の諭しもあって、大臧は腕を磨いて天界流の名を上げるため、そして九大名剣のうち、残る七剣を集めて師の墓に供えるため、中原に渡ることとなるのでした。

 一方、大臧の異父弟に当たる青年・方宝玉は、青萍山荘の主である祖父・白三空から武術を学ぶことを禁じられ、学問修行に励まされる毎日。見よう見まねでこっそり武術を学んでいるものの、その腕は幼なじみの美少女・珠児(この子が被ってるのがまた、どうみても西洋風の帽子…まあ、シルクロードから来たのでしょう)にも負ける始末です。

 そんな方宝玉と珠児が町の料理屋に入って食事をしていたら、近くの卓にいたのが大臧。二人の出会いはもうちょっと引っ張るかと思いきや、展開早! …というのはさておき、宝玉は大臧が師から受け継いだ長刀(物干し竿というやつなのでしょう)に目をつけ、色々とからかうのですがあっさりとあしらわれるのでした。

 と、ここに大臧が現れた目的は白三空への挑戦。彼はこれまで中原各地で武術家と戦い、これを全て破ってきたのであります。
 この白三空、前回から年を取ったということか眉毛と毛がなくなった(役者的にはこちらが素)姿はどう見ても悪人なのですが、何か計画を進めている様子。珠児の父・「黄河狂侠」王巓と密談を進めていたのですが…

 それはともかく、さきほどの料理屋で激突する大臧と三空。しかし三空の方がまだまだ武術の腕は上で、先に二本取られた大臧は己の名と目的を白状させられてしまいます。
 それでも互いを祖父と孫と知らぬ二人の戦いは終わらずヒートアップ、店の外まで飛び出した戦いは、思いの外あっさりと三空が敗れて落命することで決着するのでした。

 もちろんこれで収まらないのは青萍山荘の門弟連。復讐に拘らず武当派か少林派に加わって精進せい、という三空の遺言も守らず、大臧に襲いかかるもあっさり一蹴されて…
 というところに現れたのは王巓。彼は大臧に対し、お前が望むものを与えてやれると告げて――というところで次回に続きます。


 というわけで、冒頭の蓬莱シーンでテンションが上がりまくってしまいましたが、中原に渡ってからの展開も実にスピーディ。
 どうやら本作は、原作とはかなりかけ離れた内容のようなのですが、登場キャラの濃さといい(そして次々登場するそのキャラたちが次々死んでいく点といい)、物語の方向性がわからぬままガンガン展開していくストーリーといい、それでいてやたらと面白いところといい、実に古龍的な味わいを感じます。

 あまりにテンションが高いためにこちらも一話見ただけでガックリ疲れてしまうのですが、作品のテンションに負けず、頑張ってついて行きたいと思います。


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 「浣花洗剣録」 第1集 未知なる古龍世界の幕開け

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2012.11.27

「ナウ NOW」第8巻 倒すべき敵、思い出した過去、そして…

 伝説の武術・四神武殺法の行方と、武林制覇を狙う謎の明王神教を巡り、二人の少年が辿る数奇な運命を描く韓国発武侠アクション漫画「ナウ」の第8巻であります。

 師・破軍星、そしてヒロイン・アリンの父・延烏郎とも縁のあった剣士・キョルマロの登場により、明王神教の刺客の手から逃れた主人公・沸流。
 一時の平穏を得たかに見えた沸流ですが、その前に、明王神教の大護法・シヴァがその姿を現します。

 明王神教の実質トップであるシヴァは、現在のところラスボス候補。ラスボスがいきなり主人公の前に登場するというのは、これはRPG風に言えば物語の転換地点に用意されたイベントバトル(もしくは打ち切り展開…)の意味合いが強いわけですが――

 ふとしたことから沸流たちと旅することとなった謎の少女・ニルヴァーナ。彼女こそは明王神教の教主であり…そしてシヴァは彼女を迎えに来たのであります。

 ここに始まるのは沸流とシヴァの決戦。暴走と背中合わせの四神武殺法を振るう沸流と、彼とは様々な意味で全く次元の異なる力を振るうシヴァと――
 こう言っては何ですが、この戦いは、話の流れ的に主人公が決して勝てるはずのない戦い。しかしそれを緊迫感を失わずに描けるかどうかというのは、作者の腕の見せ所でしょう。

 その意味では本作のこの戦いは、シヴァの力を存分に見せつつも、沸流の格も落とさず、そしてニルヴァーナの持つ力の一端も描いてみせるという、なかなかに理想的なケースではありますまいか。

 そして後半では、大ダメージを受けた沸流が、長編アクション漫画名物(?)の記憶喪失に陥ることになります。。
 何やら訳ありの姉弟に助けられた沸流の前に現れたのは、(四神武殺法ではなく)四神武の継承者である延烏郎――この「ナウ」にとっては前作に当たる「天狼熱戦」の主人公に当たる英雄。
 記憶が戻らぬままその延烏郎と対峙することとなった沸流は、その中でかつての師・破軍星との出会いを追体験し、いわば己のルーツを辿ることになります。

 最大の敵との果てに記憶を失った沸流。一旦ゼロに戻った状態の彼が過去を再び辿るということは、ここに物語は新たなる始まりを迎えたというべきでしょう。
 ちょうどこの第8巻は、分量的には全体の三分の一。沸流の過去を通じて時代背景の一端が描かれたこともあり、新章に突入した本作のこれからが大いに楽しみなのですが…


 が、何ということでありましょうか、第9巻以降が、販売部数の伸び悩みという理由で刊行未定という状況になるとは。
 確かに、日本ではまだまだ馴染みあるとは言いがたい武侠ものというジャンルと、韓国漫画というメディア。それを全25巻毎月刊行というのは、確かに少々ハードルが高かったことは否めません。

 しかしこれまでもこうしてこのブログで紹介してきたように、この「ナウ」は十分に追いかける価値のある作品。その刊行がここで途絶えるということは――しかも、上で述べたように新章に突入したと言えるだけに――一武侠ファンとしては、何とも口惜しい。
 どのような形でもいい、何とか本作の邦訳が続いていくことを、心より願う次第であります。


「ナウ NOW」第8巻(朴晟佑 新紀元社KENコミックス) Amazon
ナウ 8 (Korean Entertainment Network)

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2012.11.26

12月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 ついに今年も残すところあと一ヶ月。2012年最後の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。
 12月は、不作だった11月に比べると遙かに充実のラインナップで、良い年の締めくくりになりそうです。

 まず文庫小説で、目に付く新作・シリーズ最新巻としては、幸い第1巻が好評で迎えられたと聞く朝松健「ちゃらぽこ」第2弾が登場。偶然ながら同じ発売日で高橋由太のシリーズ番外編(たぶん)「もののけ本所深川事件帖 つくもがみのオサキ捜し」も刊行され、妖怪が活躍した今年の文庫書き下ろし時代小説を締めくくる形となりそうです。

 シリーズものといえば、何と言っても上田秀人の「天下 奥右筆秘帳」が楽しみなところ。タイトル的にそろそろクライマックスでしょうか? さらに、全10巻の折り返し地点に来た平谷美樹「風の王国」第5巻も(第4巻の予告が予告だけに)大いに気になります。
 なお、平谷美樹作品としては同じ12月に「藪の奥 眠る義経秘宝」が発売されます。こちらは義経の秘宝にシュリーマンが挑む(!)という奇想が光る作品。「義経になった男」の作者の作品だけに、やはり気になるところです。

 文庫化・再文庫化の方では、海道龍一朗のデビュー作「真剣 新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱」が講談社文庫から登場。そして、このタイミングで荒山徹の怪作「竹島御免状」が文庫化…ま、まあ、まかてんも漫画化されましたしね!

 また、中国ものでは仁木英之「さびしい女神 僕僕先生」が文庫化。先日単行本が出たような気もしますが、時間の流れは速いですな…


 さて、漫画の方では、水上悟志「戦国妖狐」第10巻、霜月かいり「BRAVE10 S」第3巻、金田達也「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第7巻などがまず気になるところ。どの作品も、いままさにクライマックスまっただ中であります。また、先日スピンオフが始まった重野なおき「信長の忍び」第6巻もやはり楽しみですね。

 一方、残念ながら安彦良和「麗島夢譚」が第4巻で完結。先日連載が終了した安田剛士「黒猫DANCE」も第3巻で完結でしょうか。
 その他、武村勇治「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第6巻、河合孝典「石影妖漫画譚」第10巻、倉田三ノ路「書生葛木信二郎の日常」第4巻と、順調に巻を重ねています。


 そして映像の方では、佐藤健主演の「るろうに剣心」が早くもソフト化。恥ずかしながら劇場で見ることができなかったので、まさに待望のソフト化であります。


 最後に、時代ものではありませんが時代ものが原作、山田J太「UN‐GO 敗戦探偵・結城新十郎」の第2巻が登場。アニメは1年前に終了しましたが、こうして漫画版が続くのは嬉しいことですね。



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2012.11.25

「猿飛三世」 第7回「殺の巻」

 渡海屋徳三郎が捕えられた。しかし徳三郎の狙いは所司代・北倉の密貿易の証拠を掴むことだった。証拠となる割り符の片方を奪った徳三郎に対し、佐助は残る半分を自分が奪うと告げる。誰一人殺さないし殺させない「殺」の心で挑み、割り符を奪った佐助だが、服部伴蔵の手裏剣がその胸に突き刺さる…

 「猿飛三世」もついにラスト目前、残すところ二回。高波藩京屋敷に出入りする渡海屋徳三郎、実は佐助の父・鬼丸が京都所司代に捕らえられるという前回のラストの引きを受けて、いよいよ物語はクライマックスに向かいます。

 かつて何も告げずに妻と幼い佐助を残し里を去り、敵か味方か謎めいた言動を取っていた徳三郎。しかし徳三郎が所司代側と思いこんでいる佐助は、捕らわれた徳三郎が高波藩にとって害になるならと「殺」すことも決意するのですが…
 もちろん、徳三郎が理由もなしに捕らわれるはずもなく、易々と牢を抜け出すと北倉の密貿易相手の清国人を叩きのめし、密貿易の証拠の割り符の片方を奪取するのでした。

 一方、所司代側はこれを高波藩側の所業と断じて服部伴蔵と配下の忍びを京屋敷攻撃に投入。ただ二人屋敷に残った佐助と主膳はこれを迎え撃つのですが――
 ここで主膳が意外なまでの強さを発揮。六尺棒を手に群がる忍びを叩きのめすその姿はまさに夏目雅子を護って戦った元祖スーパーモンキー! ダース・モールもその棒術を参考にしたという伝説のヒーローであります!
 …というのはもちろん中の人に引っかけたお遊びだと思いますが、なかなか粋な演出ではありますまいか。

 しかし、それでも多勢に無勢、お市やさぼてんの加勢もあったものの追いつめられた佐助の前に現れ、一瞬のうちに敵忍びを鏖殺したのは徳三郎。今回は本当に徳三郎無双であります。
(ちなみに今回は集団アクションの大サービス。ここ数回アクションは抑え気味だったのが、一気に爆発した印象。忍びと忍びの戦いだけに、あまり時代劇的ではない動きもかえってそれらしく見えるもの面白い)

 そしてついに明かされる徳三郎、いや鬼丸の真意。彼は父、すなわち初代猿飛佐助から、主膳を陰ながら守護せよと命じられていたのでした。小の虫を「殺」して大の虫を助けるため、妻子を捨てて…

 それが忍びの道とはいえ、これはこれまで本作において佐助が毎回のように反発してきた大人のやり方そのもの。ましてや捨てられたのは母と自分なのですから、なおさらであります。それでも、その目的自体は己と同じであり、そのためには父の存在が必要であると判断できるようになったのは、佐助の成長でありましょう。

 そして佐助は、高波藩を救う唯一の手段として、北倉の密貿易の証拠であるもう一つの割り符、北倉側の持つそれを手に入れるため、己の命を賭けることを決意します。
 そこで彼が宣言したのは、彼なりの「殺」の極意。たとえ死地にあったとしても、誰一人殺さないし、殺させない。それこそが彼の会得した「殺」の心なのであります。

 実は本作が始まったとき、最も気になっていたのがこの「殺」の極意でした。
 腕は立つものの、人を傷つけることを嫌い、今まで人を殺したことがないという佐助。その彼にとって、「殺」の極意はどのような形で描かれるのか…と。

 自分と自分の大事な者に危機が及んだときであっても、不殺を貫くことが出来るか? 人間台風でも流浪人でも、不殺を旨とする物語の主人公が必ず直面するこの問いかけに、佐助がどう答えるのか…それが気になっていたのであります。

 結論として言えば、それについては正面から答えず、すりぬけた印象があります。しかし、前回同様、先達の用意した(?)答えをそのままなぞるのではなく、自分自身で考えて、解釈したその答えは、やはり尊いものと言うべきでしょう。

 さて、才蔵・さぼてんとともに敵の本拠に突入し、ついに割り符の残り半分を奪取した佐助(しかし馬鹿正直に自分のフルネームを書いている北倉さん…)。
 しかし己の答えを貫くため、二人を逃して単身後に残った佐助は、伴蔵の配下をさんざん翻弄した末に、胸に三発もの手裏剣(しかも毒付き)をくらって堀に転落することに…


 割り符は手に入ったものの、生死不明となった佐助。果たして所司代との、伴蔵との戦いの決着は、残る「天」の極意とは。そして何よりも、佐助は忍びとはいかにあるべきか、その自分なりの答えを掴むことができるのか…いよいよ次回、最終回であります。



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2012.11.24

「新・水滸伝」第3巻 好漢、花石綱に挑むも…

 現代の中国でリライトされた水滸伝、「水滸新伝」の翻訳である「新・水滸伝」の第3巻であります。
 第2巻あたりからオリジナル路線に突入した本作ですが、この第3巻でも、これまでにない展開が待ち受けています。

 原典をベースとしつつも、オリジナル展開を多数導入している本作ですが、この第3巻も実に全体の四分の三が原典にない完全にオリジナルエピソード。
 冒頭の四分の一は、原典でいういわゆる江州編。江州に流刑となった宋江がそこで騒動に巻き込まれ、江州の好漢、そして梁山泊の面々が大暴れする、お馴染みのエピソードであります。
 本作ではその後に李逵の帰郷、そして(原典ではかなり後の)史進の梁山泊入りが描かれますが、その後は、花石綱にまつわる物語が展開されることとなります。

 花石綱とは、時の徽宗皇帝が自らの庭園のために、江南地方から集めた珍花・名木・奇石であり、またそれを集め、運ぶこと自体を指すものであり、史実上の出来事であります。
 この花石綱、単に集めるだけならばまだ良いのですが、それを担当した高官・朱面が皇帝の命をいいことに、各地で木石を奪って庶民を労役に使い、己は私腹を肥やし…とやりたい放題。
 ついにはそれに対する不満が、原典の終盤にも登場する方臘の乱として噴出し、結果的に北宋の寿命を縮めることとなったものです。

 原典においては、楊志や孟康の前歴に絡むものとして軽く触れられた他は、ほとんど語られなかった花石綱が、本作においては大々的に絡んでくることとなります。


 と、その辺りを含めて、今回も原典との主な相違点を列挙しましょう。

・原典での李立の役割は童威が、張横は童猛が、穆弘は周通が、李俊は張横が担当(ややこしい)。張順は変わらず。
・魯智深・楊志・武松ら二竜山組は江州編のすぐ後に梁山泊入り。史進もその後。
・楽和は王都尉が妻に目を付けたことをきっかけに都から逃亡。
・董平は楽和の従兄弟。呼延灼の父に見いだされ、宣賛の下で軍務につく。
・呼延灼は若き軍人。張清・董平と義兄弟となる。
・張清は岳父が花石綱によって命を奪われ、反抗したことで投獄、それを救おうとした裴宣も罪を着せられる。
・穆弘と馬麟は花石綱に反抗する義賊。以前の生辰綱を奪ったのは穆弘。
・金大堅と段景住は常州の住人で花石綱に巻き込まれ張清と裴宣を救う。
・鄭天寿は花石綱のために妻子を失い、単身復讐のために奸臣たちを討つ。
・焦挺は李袞の元弟子の軽功使い。意外な形で呼延灼の父を救う。
・石秀は燕青の兄弟子。人助けをしていたところで呼延灼に見いだされる。
・関勝とカク思文は呼延灼の目に留まって軍官に推薦される。
・董平は皇帝の御前試合で遼の猛将を破り、一躍英雄に。しかし童貫らに陥れられたところを李帥帥に救われる。

 ――この通り、ざっと挙げただけでもかなりの違い。

 上に述べたとおり、花石綱にまつわるエピソードがかなりの割合を占めますが、そこで中心となるのは張清と鄭天寿の存在。
 花石綱を担当する悪徳官吏たちによって鄭天寿は妻子を失い、妻を得たばかりの張清(ちなみに瓊英は登場せず)は、妻の実家の財産が全て奪われた末に岳父を殺されるという悲劇に遭い、それが物語を動かしていくことになります。

 なるほど、こうしてみるとむしろ原典になかった方が不思議なくらいの組み合わせに感じられるのですが…それと物語の面白さが無関係というのがなんとも悲しい。

 正直なところ、題材はともかく、物語のパターンとしては、第2巻に収録された項充のエピソードとほとんど全く同じ。簡単に言ってしまえば、原典の柴進受難のパターンなのですが、あれを延々と引き延ばしてみせられるのはあまり楽しいものではありません。
 人物描写も(特に悪人については)紋切り型のものばかりで、それがまた物語のワンパターンぶりに拍車をかけて感じられます。
(その悪い意味のインパクトは、なぜ鄭天寿や張清がこういう設定となったのか、という疑問がどこかに消えてしまうほど…)

 もっとも、この巻の終盤から始まる対遼戦のエピソードは、今のところこれまでのオリジナルエピソードのワンパターンぶりとはいささか異なる印象。
 主役となるのが董平と呼延灼という、官軍側の、それもそれなりの地位にある人物なのが大きいのかもしれませんが、焦挺の登場の仕方なのは(本作にしては)凝ったもので、少々驚かされました。
 何よりも、董平が颯爽たる若武者として大活躍する嬉しく、というのはまあさておき…


 何はともあれ物語も後半戦。はたして原典との整合性がこの先どのように取られていくのか、キャラクターがどのようにアレンジされていくのか、何だかんだと言いつつ楽しんでいるところです。

「新・水滸伝」第3巻(今戸榮一編訳 光栄) Amazon


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2012.11.23

「向ヒ兎堂日記」第1巻 怪異消えゆく明治の妖怪人情譚

 文明開化の頃、世間では違式怪異条例が施行され、妖怪や怪談関係の事物は取り締まられ、没収されていた。そんな時代に逆行して妖怪関係の書物を隠れて収集する貸本屋「向ヒ兎堂」の主人・兎崎伊織には、妖怪を見て触ることができる力があった。彼のもと、今日も妖怪たちの悩みが寄せられる…

 「コミックバンチ」誌で連載中の鷹野久「向ヒ兎堂日記」の第1巻が発売されました。

 妖怪・怪談にまつわる本ばかりが集められた貸本屋を営む眼帯の青年・伊織が、化狸の千代、猫又の銀らとともに、妖怪たちにまつわる事件を解決していく…
 と書くと活劇に見えるかもしれませんが、もちこまれる事件といえば、空を飛べるようになっって金魚鉢に戻れなくなった金魚を助けたり、迷子になった座敷童を元の家に連れて帰ったりと、どこか呑気なものばかり。

 いわば妖怪人情話というべきストーリーが、本作が初単行本の作者の柔らかなタッチで描かれていきます。


 …が、正直なところ、妖怪ものも、古書店もの(古道具屋や骨董屋ものも含めると特に)も、今では珍しい題材ではありません。特に妖怪と同居というのは、漫画だけではなく小説でも、現在数々の作品が発表されている題材であります。

 と、そこで注目されるのが本作ならではの独自性なのですが――それは世界観でありましょう。
 本作で描かれる明治時代は、妖怪や怪談といった人ならざるものにまつわる怪異が、官憲によって取り締まられている時代。「違式怪異条例」なる法令により、この世から怪異が消し去られようとしている世界なのです。

 もちろん(少なくとも私の知る限りでは)「違式怪異条例」は本作の創作物、おそらくは同じ頃に制定された今の軽犯罪法に当たる「違式カイ違条例(カイは言+圭)」をもじったものでしょう。
 しかしながら、文明開化を迎えたばかりの日本に、古きものを(今の目からすれば闇雲に)排斥していこうという空気があったのは事実。本作でも触れられている廃仏毀釈令や天社禁止令(陰陽道廃止令)のように、国家によって、古き信仰・習俗が取り締まられていったのは紛れもない史実であります。

 その点に着目して、一定の緊迫感を漂わせてみせたのが、本作の独自性と言うべきでしょう。
 向ヒ兎堂で扱われている書物は、いわば全て禁書。(作中のエピソードでも描かれているように)違式怪異取締局の巡査がいつ踏み込んでくるかわからない状況であり、ましてや本物の妖怪が見つけられでもしたら…と。

 さらに――第1巻の時点ではまだ明らかにはなっていないものの――この設定が単なる舞台背景に留まらないものらしいのも興味を惹きます。
 どうやら単純な取り締まりのみが目的ではないらしい条例の、取締局の背後にあるものは何なのか…?

 そしてそれが、伊織と兎堂にまつわる謎――何故伊織が妖怪を見て触れることができる能力を持っているのか、かつては病院だった兎崎家が、何故古書店となっているのか、そして、作中の人物による兎崎家にいたのは娘だったはずという言葉の意味――におそらくは絡んでいくこととなるのでしょう。


 日常の事件と世界観にまつわる謎。二つの要素がバランス良く絡み合った展開を、この先期待したいところです。

「向ヒ兎堂日記」第1巻(鷹野久 新潮社バンチコミックス) Amazon
向ヒ兎堂日記  1 (バンチコミックス)

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2012.11.22

「踊る猫」 蕪村と怪異を結ぶ優しい視線

 人と亡魂の交流を温かくも美しいタッチで描き出した「梅と鴬」で第三回小説宝石新人賞を受賞した折口真喜子の初単行本は、かの与謝蕪村を狂言回しとした作品集。蕪村が出会った不思議な事件、妖かしの数々で描く短編連作であります。

 与謝蕪村がいかなる人物であるかについて、江戸時代中期の俳人であり、蕉風(正風)回帰を唱えた俳諧中興の祖である――などと、ここでくだくだしく述べるまでもないでしょう(ただし、南画の大成者としても知られる画家でもあったことを知っておくと、本書はさらに楽しむことができるでしょう)。

 本書は、その後半生に京で暮らす蕪村を中心に据えて、この世の様々な不思議と――そして美しい事物の数々を描き出します。

 蕪村と不思議・怪異というのは意外な取り合わせのようにも感じられますが、蕪村は「蕪村妖怪絵巻」として知られるユニークな絵巻(絵物語)を遺したことでも知られるように、妖怪のような妖かしの世界に、ポジティブな態度を取った人物であります。
(ちなみに山田風太郎ファンであれば、「甲賀衆が忍びの賭や夜半の秋」という句をご存じかもしれません。これも一種の妖かしの世界でしょう)

 その意味でも、蕪村を狂言回しに選ぶという視点にまず感心させられるのですが、さて実際の物語の方はといえば、これがなかなかバラエティに富んでおります。
 本書に収録されているのは、かつて諸国を放浪していた際に山中に迷い込んだ先で出会った不思議な者たちを描く「月兎」のように、蕪村が直接見聞きしたものだけではありません。
 島原の太夫がかつて川で出会った不思議な存在が彼女の運命を変えていった様を描く「かわたろ」、茶会で盲僧が野ざらしの骸骨から感じ取った数奇な物語を語る「雪」のように、蕪村が出会った人々が物語る作品もあり――色とりどりとでも言いたくなるような作品群であります。

 しかし、そんな中でも貫かれている視点があります。それは、生きた人間も亡くなった者も、動物も妖かしも、自然の風物も超自然の怪異も…皆等しくこの世に存在するものとしてあるがままに受け止め、それを愛しいものとして見つめる――その視線であります。(実は本書には、妖かしの類と関係ない作品も幾つか収録されているのですが、しかしそれらの作品においても、もちろんこの視線は健在であります)

 そしてそれが、蕪村の俳句や絵画に現れた彼の姿勢と重なるものであることは言うまでもありません。
 実際のところ、本書に収録された作品の数々は、背後にあるドラマを想像させつつも決して押しつけがましくなく、むしろ素朴な美しさすら感じさせる物語ばかりであります。

 「妖怪もの」というくくりで語ってしまうと誤解を招く――むしろ有害ですらあるかもしれない――作品集ではありますが、しかし妖かしを通じてでなければ描けないもの、妖かしを通じることでより印象的に描けるもの、そうしたものを集めた佳品なのです。


 もっとも、褒むべき点ばかりではありません。これは作者のスタイルかとは思いますが、文体が(特に会話において)饒舌になりすぎる点、全てを文章で説明しようとする点が、読んでいてかなり気になりました。
 特に本作のような俳句を題材の一つとした作品においては、これはむしろマイナス――少なくとも作中で引用される俳句と噛み合わせがよろしくない――でありましょう。

 もちろんこれが作者の第一作であることを考えれば、この点はこれから解消されていくのではないかと期待しているのですが…


 なお、本書には、冒頭で触れた作者のデビュー作「梅と鶯」が併録されています。
 見鬼の才を持つ植木屋と、若くして亡くなったばかりの武士の新妻との交流を描く本作は、蕪村の登場する作品群とは全く独立した作品ではありますが、しかし作中の人物、事物に向ける視線の優しさは、共通したものとして感じられるのが実に興味深い。
(意地悪なことを言えば、欠点も共通なのですが…)

 おそらくはこの優しさこそが作者の持ち味、これからもこの眼差しでもって、この世に在ることの素晴らしさを描き出していただきたいと願う次第です。

「踊る猫」(折口真喜子 光文社) Amazon
踊る猫

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2012.11.21

「浣花洗剣録」 第1集 未知なる古龍世界の幕開け

 先日までチャンネルNECOで放映された「笑傲江湖」の紹介をしてきましたが、その後番組は、「浣花洗剣録」。台湾の武侠小説作家・古龍の原作をドラマ化したものですが、どんなものか…と思ってみてみればこれが色々な意味で面白い。かくて、このブログでこれから紹介していきたいと思います。

 舞台となるのは、いつの時代とも知れぬ中原の地(一応、春秋戦国時代から千年後、というような台詞もあるのですが、色々と無理がある上に古龍の作品に考証を求めるのもどうかと思います)。
 おそらくは江湖でも知られた達人であろう「関外飛鷹」霍飛騰が、春秋戦国時代に造られた九本の名剣のうち、干将を地の底から見つけ出す場面から、物語は始まります。

 折しも、彼とどうやら駆け落ちしてきたらしい恋人の白艶燭の間に男の子が生まれたばかり。しかし喜びもそこそこに飛騰は二人を置いて、再び名剣を求める旅に出ます。
 その間にやってきたのは艶燭の実家・青萍山荘(「山荘」とは、地方豪族の本拠、くらいの意味かと)からやって来た使者は、母が重病と聞かされて手紙を残して実家に戻ろうとするのですが、その手紙がすり替えられて三行半になっていたのが災いのもと。
 戻ってきて手紙を見た飛騰は、俺が甲斐性なしだからか、と微妙に否定しづらいリアクションで激怒、艶燭の目の前で手紙を細切れにした上、自分の子を奪って去ってしまうのでした。

 と、そんな飛騰の前に現れたのは、どう見ても(間違えた)日本――いや、古龍世界では「蓬莱」の武士・公孫梁(どう見ても中国名なんですが!)。名刀を求めてはるばる海を越えてきた彼は、飛騰が見つけた干将、そして新たに掘り出された莫邪を手に入れようとしていたのであります。
 飛騰にとっては彼は敵ではありますが、しかしそこは江湖の好漢同士意気投合、決闘の末、生き残った方が二剣を手にし、赤ん坊を育てるということに…

 かくて激突する両雄! なのですが、やはり日本刀(っぽい曲刀)を使いながら動きは中国の剣術というのにハハ困ったものだなあ、などと思っていたら、そんなレベルではない公孫梁の超秘技が大爆発!

脇構え(この時点で、お、ちゃんとした剣術が? と思った私が馬鹿でした)からぐるぐる回転して上空にジャンプ
→着地して上段の構えで長距離ダッシュ
→斜め上空にジャンプしたと思ったら鋭角に飛び戻る
→着地して脇の下から後ろの相手を刺す
→これぞ奥義・燕返し!

…いや、燕のような軌跡で飛び戻りましたが、それは僕らの知っている燕返しと違う。
 などというツッコミも空しく命を落とした飛騰に代わり、公孫梁が赤子を預かって…という展開に、なるほどこの子が主人公になるのだな、と思いきや、今回はもう一ひねり。
 それから8年後、実家に戻って(おそらくは父親の弟子か何かであろう)侯淵に嫁いだ艶燭は、男の子を産むのですが、その直後にかつて父・白三空が策略を用いて飛騰との仲を裂いたことを知ってしまいます。
 さらに飛騰が既にこの世にないと聞かされ、半狂乱となって崖から身を投げようとした艶燭を止めようとするのは、白三空と侯淵、そしてその弟で兄嫁に横恋慕する侯風。

 修羅場がエスカレートした挙げ句、侯淵と侯風が真剣で兄弟喧嘩を始めた最中に艶燭は崖から身を投げ、動揺した侯風の刃が侯淵を貫き…と、ドロドロの悲劇の中で、第1集は幕となります。


 いやはや、古龍作品は個性的過ぎるキャラと展開が早すぎるストーリーが魅力ではありますが、本作もプロローグであろう第1集から期待を裏切ることのない超展開の連続。

 なるほど、公孫梁が預かった子と、8年後に生まれた子が主人公となって、因縁の対決をするのだな、という予想はつきますが(そしてそれは当たってるようですが)、そこから先は何がどう転がっていくか、予想もつきません。

 正直なところ、過去の評判を聞くと古龍の武侠ドラマは地雷率が高いようであり、しかも原作が邦訳されていない作品のドラマ化(更に言えば、原作からかなりアレンジされているようですが)ということで、色々と危険な香りがするのですが、しかし私も古龍ファンのはしくれ。
 ツッコミを入れつつ、未知なる古龍世界を大いに楽しませていただきたいと思います。


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2012.11.20

「風の王国 4 東日流府の台頭」 快進撃と滅亡の予感と

 契丹の侵略を前にしながら、派閥争いに明け暮れる渤海。明秀、勇魚らは、渤海から表向き離れ、遼東に東日流府をうち立てる。そんな中、須哩奴夷靺鞨救援に明秀が向かった間に、無辜の民を多数殺害して出奔した建部清瀬麻呂が帰ってきた。勇魚はかつての友を信じ、受け入れるのだが…

 全10巻が予定されている大河歴史ロマン「風の王国」、そろそろ折り返し地点も近い第4巻のサブタイトルは「東日流府の台頭」であります。

 契丹の侵略が迫る中、渤海から援兵の要請を受けて海を渡った東日流の義勇兵たち。しかし、渤海の中で真に危機感を持つ者はごくわずか、大部分の貴族は安逸をむさぼり、いやそれどころか契丹と密かに結ぶ者までいる始末――
 そこで明秀、勇魚ら東日流のリーダーたちと、渤海の心ある者たちは、ある奇策を立てることとなります。それは、緊張区域である遼東に、東日流の城を――すなわち、東日流府を樹立すること。
 秘密兵器・雷公(その正体は一種の投擲弾)と、東日流の精兵たちの力で遼東を奪った明秀たちは東日流府の樹立を宣言、ここに(少なくとも表向きは)渤海とも契丹とも異なる東日流領が生まれることになります。

 この第4巻で主に描かれるのは、この東日流府を巡る攻防戦の数々です。寡兵で優勢な敵に挑むというのは、これは戦記ものの定番ではありますが、しかし異国にまで乗り込んでいって活躍する東日流勢の剽悍ぶりはやはり読んでいて胸躍るものがあります。
 特に明秀が、須哩奴夷靺鞨(かつてヒロインの一人・芳蘭を拉したこともある遊牧民族)へも魔手を伸ばす契丹に対し、単身彼らの居住地に向かい、轡を並べて戦う姿は、まさに主人公の面目躍如たるもの。
 正直なところ、物語が複雑化し、登場人物が増えるにつれて一巻あたりの出番は減りつつある明秀ではありますが、しかしこのくだりで見せる好漢ぶりは、実に痛快であります。

 そしてまた(これは日本国内の話ですが)、これまでも随所でいい味を出していた東日流国王が、今回はとんでもない「真実」を明らかにしてくれるなど――この辺りはちょっとやりすぎの感もありますが、しかし中央と地方の視点が一瞬にしてひっくり返るのはやはり痛快――東日流勢が内外で大活躍を見せてくれるのは嬉しいところでしょう。


 しかしもちろん、彼らの活躍のみでもって渤海が守れるわけではなく、そして契丹の力も、もとより恐るべきものがあります。
 さらに、前の巻に収録された予告でこちらの気持ちをズンと暗くさせてくれた建部清瀬麻呂――かつては明秀、勇魚の同志として活躍しながら、ちょっとした運命の行き違いから凶盗同然に身を堕とした彼が、更に堕ちた姿で現れ、勇魚たちを苦しめることとなります。
 そして清瀬麻呂の堕落行に手を貸した明秀の宿敵・耶律突欲の暗躍も続き、東日流府の先行きも、決して明るいことばかりではないのですが――

 しかし本作で感心させられるのは、こうした契丹サイドの人間たちを単なる敵・単なる悪役として描くのではなく、彼らは彼らなりに血の通った存在として描かれている点であります。
 既に魂が暗黒に染まったかのような清瀬麻呂が、そこに至るまで辿った悩みと迷いの生々しさは、変貌を遂げた後の彼を単なる外道として片付けることを拒むものであり――
 そして何よりも、一貫して明秀と敵対し続ける妖人・耶律突欲もまた、一人の人間としての悩みと弱さを抱えていることが示されます。

 王族として生まれながらも、王たる者として生きることを許されず、戦いの中に身を置くという点では、突欲も明秀も等しい存在。
 ついに渤海も滅亡寸前に迫り、いよいよ混沌たる中原の状勢の中で、そんな彼らの生き様がどのように交錯していくのか…この巻のエピローグ、そして次巻予告に心乱されつつも、次なる展開を心待ちにしているところです。

「風の王国 4 東日流府の台頭」(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
風の王国 4 東日流府の台頭 (時代小説文庫)


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2012.11.19

「一鬼夜行 枯れずの鬼灯」 近くて遠い他者と共にあるということ

 喜蔵の元に舞い込んだ奇妙な手紙。一年前の約束の品を受け取りに行くという内容に、喜蔵はその頃「枯れずの鬼灯」を求めて通ってきた老女のことを思い出す。そんな折も折、小春が現れてまたもや騒がしくなる喜蔵の周囲。次々起こる事件には、アマビエなる妖怪が関係しているらしいのだが…?

 「この時代小説がすごい! 文庫書き下ろし版2012」で堂々第2位に選ばれた小松エメルの「一鬼夜行」の最新巻が発売されました。妖怪たちも思わずビビる強面の古道具屋・喜蔵と、見かけは子供の自称(?)大妖怪・小春の凸凹コンビの活躍が、またもや不可思議な事件に巻き込まれます。

 一年前、喜蔵の店に足繁く通ってきた不思議な老女。「枯れずの鬼灯」なる物を探す彼女は、そんなものは店にないにもかかわらず、ここにあるはずと言って聞かず、やがてぱたりと姿を消します。しかし「一年前のお約束の品を受け取りに参ります」という手紙が届き、喜蔵は彼女の存在を思い出します。相変わらず枯れずの鬼灯は喜蔵の手元にないままなのですが――
 と、そんな時にまた×3喜蔵の前に現れた小春。縄張りの視察だなどと言っている彼ですが、しかしもちろん穏やかに済むはずもなく、喜蔵の周囲には再び妖怪絡みの事件が続発します。またもや喜蔵と小春の前に姿を現した百目鬼の多聞。謎の妖怪の絵を依頼され、その姿を目撃した喜蔵の友人・彦次。突然、血で血を洗う抗争を始めた水の妖怪たち。一連の事件の影には、彦次が描いた謎の妖怪・アマビエの存在が…

 と、ここで登場するアマビエとは海から上がってきて、疫病の流行を予言し、それを避けるために自分の絵姿を描かせたという妖怪。
 このアマビエ、魚とも人間とも鳥ともつかぬ姿といい、どういう字を書くのかさっぱりわからぬ名前といい(「尼彦(アマビコ)」の誤記ではないか、という説もあるくらいで)、妖怪ファンにとっては妙に印象に残る存在であります。
 本作は、そのアマビエ争奪戦を縦糸に、枯れずの鬼灯の謎を横糸に描き出される物語。一見関係のないそれぞれの事件が意外なところで繋がり、やがてそこに、哀しく切ない、ある恋の姿が浮かび上がることとなります。


 そんな本作は――これまでの「一鬼夜行」シリーズがそうであったように――過去と現在、夢まぼろしと現実が入り乱れた中に謎が仕掛けられた複雑な物語の中を、過ぎるほどに個性的なキャラクターたちの魅力と彼らの活躍を通じて、一気に読ませてくれます。
 しかしよく出来たエンターテインメントであるというのにとどまらず、本作では、ある重要な「真実」が描き出されているのです。それは、人が他者(人だけでなく、それ以外のものも含めて)と共に在ることの難しさと素晴らしさ――言うなれば、人間の関係性ともいうべきものであります。

 他者と触れ合わなければ、気を使う必要もなければ傷つけられることもなく、悲しい別れをすることもない。しかし他者と触れ合うことで、喜びが生まれることもあれば、そこから自分が成長していくこともある…
 こうして文章にしてみれば、当たり前のことであり――しかし、だからこそ重要で、そして難しいこの「真実」を、このシリーズは、主に喜蔵と小春という、強いようでいて弱さを抱えた人間と妖怪の姿を通じて、これまで描いてきました。

 その姿勢はもちろん、本作でも変わることはありません。いや、本作のゲストキャラクターを通じて、人間と妖怪という他者同士の関係に加え、男と女という、もう一つ近くて遠い他者の存在を加えることで、そのテーマは、より鮮烈に浮かび上がってくるのです。

 笑いあり(冒頭の目安箱のくだりには爆笑)、アクションあり、泣かせあり、感動あり、おまけに次回への引きあり。そんな本作は、これまでの本シリーズの集大成的な味わいがあると、そう感じます。


 が――不満が皆無というわけではありません。見かけによらず(というのは大変失礼な表現ですが)話が複雑に入り組んでいるというのは、これは上で述べた通りシリーズの味というべきでしょう。
 しかし、キャラクターについては、冒頭に人物紹介があっても良かったように感じるのです。そろそろ喜蔵の回りも大所帯になってきたことですし、何よりも、「この時代小説がすごい! 文庫書き下ろし版2012」第2位という帯に惹かれて、本作からこのシリーズを手に取る方もいることと思われるのですから(さらに言えば、本作ではかなり意外な人物に脚光が浴びることもあり…)。

 まだまだ続くであろう喜蔵と小春の冒険(そして成長)。それがこの先も長く続くように、そして多くの方が楽しんでくれるように――期待しているところなのですから。

「一鬼夜行 枯れずの鬼灯」(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
一鬼夜行 枯れずの鬼灯 (ポプラ文庫ピュアフル)


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2012.11.18

「猿飛三世」 第6回「同の巻」

 ついに正式に前端玄蕃への輿入れが決まったお市。さらに長屋の牢人の妻が玄蕃に殺され、悩む佐助の前に現れた徳三郎は、自分と相手の心を同じくしろと告げる。それにヒントを得た佐助は牢人たちとともに玄蕃に殺された者の怨霊に扮して玄蕃を脅かし、震え上がった玄蕃は婚儀を取り止めるのだった。

 気がつけば「猿飛三世」も、今回を入れて残すところわずか3話。その第6話は、前回を受けてのお市の嫁入り騒動の後編とも言うべき展開であります。

 京都所司代・北倉治重の陰謀により信州広見藩主・前端玄蕃に輿入れすることとなったお市。しかし玄蕃はとんでもない暗君の上に広見藩の財政は火の車、どう転んでも不幸に終わるこの婚儀を止めるべく、北倉を襲った佐助ですが、もちろんうまくいくはずもなく…

 という前回ですが、今回も佐助が八方ふさがりの状況は変わりません。前回ついに父であることを知った渡海屋の徳三郎に噛みつく佐助ですが、忍びとして、人間としてまだまだとバッサリ言われてしまう始末。
 そんな最中、同じ長屋の牢人が所司代の牢人狩りで袋叩きにされた上、前端家に奉公していたその妻が玄蕃に斬られるという悲劇が起こるのですが…

 という鬱々とした展開を突き抜けるのが、今回の「同の術」。
 またもや押し掛けてきたお辰の言葉が効いたか、悩む佐助の前に現れた徳三郎の「敵の立場ならどうするか、自分と他人の心を同じくしろ」という言葉(そして主膳の、玄蕃の気が触れれば良いのにという言葉)にヒントを得た佐助は、才蔵やさぼてん、そして何よりも牢人たちの手を借りて、一大作戦を実行します。

 それは、玄蕃に今まで自分が殺してきた者たちの幽霊を見せて、罪の意識からキチガ…発き…とにかく正気を失わせようというもの。
 幽霊と言っても、佐助の催眠術の一種+仲間たちの扮装で、傍から見るとむしろギャグではあるのですが、ちょっと70年代の時代劇チックな味わいのある仕置で、これはこれでなかなか面白くはあります。

 もっとも、既に乱心しているとしか思えない玄蕃が放置されていたのに、今更本キチにしたところで――というのはさておき、玄蕃は国元に送り返され、お市との婚儀もなかったこととなって、まずはめでたし…といったところであります。


 しかし今回ちょっと感心させられたのは、徳三郎が「同」という理を、自分と敵の心を同じくせよという意味で使ったのに対し、佐助はそれを、自分と仲間――才蔵やさぼてん、そして牢人たち――の心を同じくして、一つの敵に立ち向かうと解釈し直したことであります。

 これまで本作において毎回佐助が会得してきた術は、ある意味火事場のクソ力というべきものであって、冷静に考えるとその術と理が本当に同じものなのか、疑わしいところも多々ありました。
 しかし今回は、その理を示唆されつつも、自分なりに解釈し、使ってみせた点に、大きな進歩があります。

 忍びの前に人間たろうとする佐助と、忍びとしての道を貫こうとする徳三郎と、この回に来て明確となった、二人の行く道の違い(それが、この術理に対する解釈の違いから浮かび上がるのが心憎い)。
 もちろん、徳三郎が指摘するように、佐助はまだまだ人としても忍びとしても未熟ではあります。しかし、術に任せて闇雲に突っ走るだけではなく、その理を考え、自分なりに咀嚼して使うことを学んだ佐助は、これまでの佐助とは異なるでしょう。

 残るはたった2話、「殺」と「天」、この二つの術にいかに佐助が目覚めるのか――期待してもよさそうです。


 しかし今回のラスト、徳三郎が捕らわれたのは、言うな言うな言ってるのに佐助とお辰が大声で騒ぐもんだから正体がばれたんでは…


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 「猿飛三世」 第3回「風の巻」
 「猿飛三世」 第4回「人の巻」
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2012.11.17

「いかさま博覧亭」同人ドラマCD2 音だけでも楽しい大騒動

 いささか発売から間が空き、ファンとしては忸怩たるものがありますが「いかさま博覧亭」のドラマCD第2弾であります。第1弾はオリジナルストーリーでしたが、今回は「怪異いかさま博覧亭」第5巻収録された大江戸鬼ごっこのエピソードがドラマ化されています。

 毎度おなじみ、両国のさびれた見世物小屋「博覧亭」の若旦那・榊をはじめとするおかしな人間・妖怪が入りみだれてのドタバタ騒動を描いた「いかさま博覧亭」。
 今回ドラマ化されたのは、博覧亭の面々をはじめとする両国界隈の連中総出で繰り広げられた鬼ごっこの顛末なのですが、もちろん、ただの鬼ごっこのわけがありません。
 追いかけるのは榊たち参加者、追いかけられるのは――何と本物の鬼、天邪鬼なのですから。

 かつて悪行を繰り返した末に高僧・石竹に捕らえられ、彼もろとも石像に封印されたという天邪鬼のクロ。
 解き放たれたクロが捕まる前に朱引から外に逃げられればクロの勝ち、その前にクロを捕まえられれば捕まえた者の勝ちという、呑気といえば呑気、剣呑といえば剣呑という、いかにも本作らしい展開です。

 さて、このドラマCDの内容・展開は、ほとんど全く原作そのまま。そういう意味では、原作読者にとっての意外性というのはほとんどないのですが、ドラマCDなのですから楽しみなのはキャスティング。
 第1弾も、榊役の平川大輔役をはじめとした豪華キャスティングで、同人作品(なのですよ、このCDは)というものの意味について考えさせられたものですが、今回も実に豪華であります。

 今回のキーパーソンである石竹とクロは、藤原啓治と斎賀みつき。原作でもサブレギュラーの悪徳尼僧コンビ・空木&石蕗は丹下桜と伊藤美紀。そして熊野烏の付喪神・八咫は金元寿子――
 相変わらずアニメに疎い私でも驚かされるキャスティングです。

 言うまでもなく皆はまり役、という印象なのですが、面白かったのは石蕗の演技。オトナの女性、というかかなりお色気入った声なのですが…
 冷静に考えてみれば、石蕗は本作の巨乳四天王の一人。原作ではそれを売りにしているシーンがほとんどないので完璧に忘れていましたが、ここでそれを再確認させられるというのも面白いお話ではあります。


 いずれにせよ、音だけで聞いても十分以上に面白い本作。音だけでこれだけ楽しいのですから、絵が付いたら…と考えてしまうのは、ファンの欲目でしょうか。
 いつかその日が来ることを、密かに楽しみにしているのであります。

「いかさま博覧亭」同人ドラマCD2 Amazon


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2012.11.16

「笑傲江湖」 第39集「心の魔」/第40集「鴛鴦の譜」(その二)

 ドラマ版「笑傲江湖」感想、これが最後の最後、ラスト一話であります。

 さて、華山の外に寧中則を葬り、恒山に戻った令狐冲と盈盈。しかし二人が見たものは、無惨に殺された門弟たちの姿――すわ日月神教の襲撃か、と思いきや、犯人は岳不群。主立った門弟たちをさらい、黒木崖に向かったという岳不群は、五嶽を率いてついに魔教との決戦に臨まんとしていたのでありました。
(にしてもラスト2回は恒山・華山・黒木崖の行き来が異常に多く…野暮ながら位置関係が気になるところであります)

 その頃、黒木崖では、任我行が盈盈の家出に怒り心頭。実は令狐冲が去って以来、毎日「武林で一番強いのは誰だ?」と盈盈に確かめていたという任我行。力に溺れる者は力を恐れるということでしょうか…
 それはともかく、任我行をなだめていた向門天は、思い出したように五嶽の襲来を報告します(そっち先に言おうよ!)

 たちまち黒木崖を舞台に始まる正邪――いや両派の壮絶な死闘。その中でついに任我行と岳不群が対峙することとなります。
 まさに武林で一二を争う遣い手二人、吸星大法と辟邪剣法、二つの秘術の限りを尽くした天秤は、しかし次第に岳不群の方に傾いていきます(考えてみれば同じ技の東方不敗に四人がかりでやっとだったわけで)。

 この場に駆けつけた令狐冲ですが、さすがにどちらの味方もできず、見守るのみ。その間に、助太刀に入った向門天は片腕を失い瀕死の状態、盈盈も深傷を負い、そしてついに任我行が無惨な最期を…
 一番強いのは私だ! と高らかに宣言する岳不群。その前に立ったのは――言うまでもない、令狐冲!

 高らかに名曲「人心無窮大」が流れる中、ついに始まる最後の戦い。任我行との激闘の疲れも見せぬまま令狐冲を追い詰める岳不群ですが、令狐冲も負けるわけにはいかない。独孤九剣が岳不群の髭――おそらくこれは、岳の偽君子としての姿の象徴なのでしょう――を削り取り、ついに勝負あった!

 が、さすがに止めを刺すのは忍びず、自決を促して去ろうとする令狐冲。…もちろん、ここで黙って自決するようでは悪役の名折れ、後ろから襲いかかる岳不群!
 その剣に貫かれ、壁に縫い付けられた格好となった令狐冲。助けに入った恒山派の尼僧たちも一撃で岳に吹き飛ばされ、手にした剣が宙に舞う――が、ここで吸星大法!
 吸い寄せられた体に尼僧たちの剣が次々と突き刺さり、壁に貼り付け状態となって岳不群はついに最期を遂げるのでありました。奇しくも恒山派の復讐を受けた形で…


 力に取り憑かれた者たちが斃れ、ようやく平和を取り戻した武林。恒山派は儀琳が掌門を継ぎ(えっ)、令狐冲と盈盈は望み通り二人隠棲することに。
 武林最強となった令狐冲に一抹の不安を感じる冲虚道長ですが、方証大師は「令狐冲は心が武林最強」と、うまいことを言って信じている様子。

 物語は、令狐冲と盈盈が「笑傲江湖」を――力に溺れた人々に引き裂かれた者たちの象徴であったこの曲を――仲睦まじく奏で、物語は大団円を迎えるのでありました。


 …長きに渡って誰得に続けてきましたが、「笑傲江湖」紹介もこれで終了。
 TV放送と同じく、毎週2話ずつ見ることを半ば習慣にしてきましたが、最後の方は2話しか見れないのがもどかしいほどで、自分が武侠ファンであることを抜きにしても、完全にはまった状態でありました。

 さて、このドラマ版は、原作に比べると様々な相違点・変更点があります。原作未読の方のために伏せますが、中盤の少林寺襲撃と恒山派掌門就任の順番が前後していたことの他、キャラクターの生死も実は色々と変わっている点があります。
 最大の違いは、終盤の展開(ボス級のキャラの死に様)がほとんど全く異なっていることで――この辺り、特に作品のテーマを考えると、原作での任我行のあまりに皮肉な扱いが変わったのはちと残念ですが、ドラマとしての見栄えを考えると、やむを得ない変更かとは思います。
 何よりも、ラストバトルは溜飲下がりましたしな!

 しかしそのような変更が加わった後でも、原作に流れていた、一個人の自由を愛し、権力者の暴威を憎む――まさに「笑傲江湖」の精神は、その諸所に溢れていたと感じます。
 原作読者であっても裏切られることない(むしろ変更点の意外性が楽しい)見事なドラマ化であったと感じる次第です。

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2012.11.15

「笑傲江湖」 第39集「心の魔」/第40集「鴛鴦の譜」(その一)

 長きに渡って紹介してきたドラマ版「笑傲江湖」ですが、ついに残すところあと2話、ここに物語は見事に大団円を迎えます。

 儀琳の両親関連の騒動に、こんな時にやることか、と思っていれば、案の定恒山に攻めてきた日月神教。これに対し、令狐冲と盈盈、そして恒山派の主立った門弟たちは、急ぎ神教の本拠・黒木崖に向かいます。
 そこで令狐冲に副教主の地位をちらつかせる任我行。令狐冲はこれに対し、恒山派を日月神教に引き込むことはできないため副教主は辞退すること、そして盈盈と結婚させて欲しいと願います。

 もちろん任我行がこの二つを同時に認めるわけがありません。この場は大人らしく鷹揚に見逃してくれましたが、一ヶ月以内に恒山派全滅を宣言。令狐冲は盈盈を置いて恒山に帰ることとなります(と、ここで向門天をはじめとする魔教の面々が、令狐冲とにこやかに別れの杯を交わすのに、任我行がこめかみピクピクするシーンが入るのが面白い)。

 さて、恒山で何故か竹林に籠もった令狐冲。訪ねてきた方証&冲虚の両老師が見たのは、竹を相手に見事な独孤九剣を振るう(しかしその実、家を建てるために竹斬ってましたという)令狐冲の姿。二人を前に、自分がしてきたことは本当に正しかったのか、と悩む令狐冲に対し、方証大師は、風清揚先生の口訣と偽って、易筋行の秘伝を伝えます。
 実は令狐冲の体は、不完全な吸星大法の副作用に蝕まれて…って、ドラマでは全く描かれてないよ! と言いたくなるところ(本当にこの点は大失敗だと思います)ですが、とにかくそれを癒すために大師は気を利かせてくれたのでした。

 さて、一方野望に向けて突き進む岳不群は、華山に五嶽派の面々を集めて、洞窟に残された各流派の技を見せようと計画。
 もちろんこれに従う恒山派ではありませんが、なんと岳不群は、自分から令狐冲を迎えに行くと言いだすのですが…

 その頃、はじめて盈盈と心を交わした緑竹庵を模した庵を完成させた令狐冲の前に現れたのは盈盈。ずいぶんあっさり抜けてきたなと呆れますが、さっそくいちゃつく二人の前に、岳不群が…(早いな)

 「こんな時にまで魔女といちゃついているとは」とごもっともなイヤミはともかく、令狐冲に手を貸してやろうという岳不群。また昔のように師弟に戻り、魔教を滅ぼそう(そうしなかったらぬっ殺す)と甘言を弄する岳不群ですが、もう令狐冲がそれに耳を貸すことはなく、岳不群を追い返すのでした。

 この時、令狐冲が盈盈に語った、本当の魔は心の中にある、という言葉こそが、本作の一つの結論と言って差し支えありますまい。主義主張ではなく、それを唱え、利用しようとする人の心にこそ悪魔が宿るのだと――

 そして一度黒木崖に帰る(帰るのかよ!)という盈盈ですが、帰り道に待ち構えていたのは岳不群。彼女の忘れ物に気づいて追った令狐冲ですが、その姿は既になく…

 と、ここまでが第39集。本当に残り1話で終わるのか!? というところですが――


 華山に戻り、そこらの破落戸のごとく盈盈を縛り付けて脅しつける岳不群。その姿に呆れかえった岳夫人は「お暇を取らせていただきます」と出て行こうとしますが、点穴されてしまいます。
 夫人を置いて洞窟にやってきた岳不群は、五嶽統一の生け贄に、盈盈を血祭りにあげると宣言。五嶽の一員であれば魔女を剣で突け、そうしない者は私の敵だ、という言葉に、思わず漫画版「デビルマン」のトラウマが…

 と、ここで高らかに響き渡る笑い声。救いの主は――林平之!? 岳不群打倒の妄執に憑かれ、労徳諾を脅して華山までやって来た平之は、自分が、そして岳不群が実践した辟邪剣譜の秘密を皆の前で語ります。
 駆けつけた令狐冲に救われてその場に来ていた岳夫人はその言葉に卒倒、あまりのことに逃げだそうとした労徳諾は岳不群に殺され、何とも厭な空気が漂う中、ついに林平之と岳不群が激突することになるのですが――
 ここに来るまでも一苦労だった盲人の平之に勝ち目はもとよりありません。あっさりと岳不群に後ろからどつかれて崖の下に転落。ここに霊珊の最期の願いも空しく、平之も惨死を遂げるのでありました。

 その間に盈盈を助けて立ち去ろうとする令狐冲を呼び止めた岳夫人、いや寧中則は、自分をここから連れ出して欲しいと告げ、一瞬の隙に自らの胸に(娘と同じく)玉石雌雄剣を突き刺し、命を絶つのでありました。怒りの令狐冲は岳不群を一蹴、盈盈とともに寧女侠の亡骸を抱き、華山を去ることに――

 以下、その二に続きます。

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2012.11.14

「大樹 剣豪将軍義輝」第1巻 剣豪将軍、漫画にて復活

 今年は宮本昌孝の作品が相次いでコミック化されました。「陣借り平助」「風魔」――そして「剣豪将軍義輝」。今回第1巻が刊行された本作は、その「剣豪将軍義輝」の漫画版であります。

 原作者のファンであれば言うまでもなくご存じかと思いますが、「剣豪将軍義輝」は、宮本昌孝の初の本格時代小説であり、代表作であります(正確には、本作に先行する時代ものとしては早川書房のYA向け雑誌で連載された「旗本花咲男」がありますが…)。

 本作の主人公は、室町幕府第13代将軍・足利義輝。歴史好き以外には今ひとつ馴染みの薄い人物かもしれませんが、将軍の権威が失墜し続けてきた中、信長・謙信・信玄といった錚々たる戦国大名と渡り合い、将軍の威信回復に努めた人物であります。
 しかし時代もの好きとしては、この義輝は、上泉伊勢守や塚原卜伝に学んで「一の太刀」を授けられたと言われる、まさに剣豪将軍。その悲劇的かつ壮絶な最期も含めて、戦国史において決して忘れられない人物の一人であります。

 さて、「剣豪将軍義輝」はこの義輝の一代記を、ドラマ性・伝奇性豊かに描き出した大作であり、この「大樹」は、その漫画版であります。
 この第1巻には、原作のまだ序盤――わずか12歳の義輝が初陣で敗走する途中に「剣豪」の卓越した技を目撃し、そして終生のライバルである熊鷹と対面。そしてヒロイン真羽と出会い、何者かに拐かされた彼女を求めて、妓楼に殴り込みをかける辺りまでが収録されています。

 本作の作画を担当するのは、同じ「COMICリュウ」誌で「嵐ノ花 叢ノ歌」を連載してきた(今は休載扱いでしょうか)東冬であり、画力においては屈指のものを持つ作家です。
 しかしながら、「嵐ノ花 叢ノ歌」は日中戦争期の大陸を舞台とした壮大な伝奇活劇、本作とあまりにも方向性が異なるため、果たしてどのようなものとなるか…と危惧がないわけでもなかったのですが、もちろんそれは杞憂でありました。

 まず表紙からして、咲き誇る藤の大樹――大樹=将軍と、義輝の初名・義藤とかけたものでしょう――の下に凛々しく立つ義輝の姿に目を引き寄せられますが、単行本を開いた巻頭では原作ファンであればあっと驚くあのシーンを先取りでカラー化。
 続く本編の方も、義輝や熊鷹、真羽をはじめとする登場人物たちを原作のイメージを崩さずに、それでいて漫画としてのアレンジを加えてビジュアル化しているのに感心いたします(個人的には梅花さんの可愛らしさと鯉九郎さんのシブ格好良さが嬉しい)。

 そしてもちろん、本作を描く上では避けて通れない剣戟描写もお見事。この第1巻では、冒頭とラストにおいて、スタイリッシュかつ迫力ある剣戟シーンが描かれておりますが、この辺り、時代ものプロパー「ではない」作家ならではの斬新さがあるかと思います。


 さて、上で述べたとおり、この第1巻の時点では、原作の序盤が描かれたところ。厚手の文庫本で全3巻という原作から考えると、まだまだ先は長いのですが――しかしこの先、楽しみに待っても大丈夫そうな、そんな漫画化であります。

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2012.11.13

「猿飛三世」 第5回「活の巻」

 お市に信州広見藩主・前端玄蕃との輿入れの話が舞い込んだ。しかし玄蕃頭は次々と正室らを斬り捨てる暗君。さらに広見藩の財政は火の車であり、輿入れしてもしなくても、高波藩と主膳は窮地に陥ることは明白だった。佐助は死中に活を求めて背後で糸を引く京都所司代・北倉治重を襲うのだが…

 「猿飛三世」も早くも後半戦、第5話は「活の巻」。
 前回、佐助とお市の身分の違いというものが描かれ、その時には「こういう展開ならばお市が輿入れする話にすればいいのに…」と思ったのですが、今回はまさにその展開が、予想よりも遙かに厳しい形で突きつけられることとなります。

 そう、今回はお市の輿入れ話となるのですが、その相手というのが信州広見藩主の前端玄蕃頭。将軍家の血筋ということで、高波藩の留守居役の娘であるお市にとっては玉の輿にも見えますが、さにあらず。
 この前端玄蕃頭、暗君、馬鹿殿を絵に描いたような愚劣な人物で、これまでも正室・側室を幾人も斬り捨てているという男。話が話なら、アラカンや西村晃に襲撃されていそうな人間であります。

 しかも広見藩の財政は逼迫しており、お市が輿入れすれば、高波藩が食い物にされるのは火を見るよりも明らか(個人的には、養子に入ったならともかく、正室の実家にたかるというのはあるのかなあ、とは思いますが…)。
 これを仕組んだのは、もちろんかねてより高波藩取り潰しを狙う京都所司代・北倉と服部伴蔵ですが、どう転んでも高波藩や主膳にとっては大きな傷が残る、実にイヤらしい罠であります。

 とはいえ、表向きには玉の輿であり、(今の目からすれば理不尽ながら)断る権利は主膳にもお市にもありません。そしてこれまでにも描かれたように、主膳にとってはあくまでも私情よりもお家が大事であり、お市も自分が犠牲となって、少しでも高波藩への影響を減らそうとするのですが――

 もちろんおさまらないのは佐助。ついにその正体を明かした渡海屋の徳三郎こと父・鬼丸の言葉にも耳を貸さず、「活」の術――すなわち、死中に活を求めて、北倉に対してテロルを敢行し、この婚儀を潰えさせようといたします(ここで直接玄蕃頭をヌッ殺せばいいのに…と思うようでは、純粋さが足りないのでしょう)。
 しかしそんな無茶が通用するはずもない。護衛の侍たちに包囲され、佐助に出来たのは、這々の体で逃げ出すことのみ。おまけに自分の名前まで知られてしまい…と、八方ふさがりのまま、次回に続くこととなります。


 というわけで、事件は解決せず、次回に続くこととなった今回。

 思えば本作は、佐助と京都所司代&服部伴蔵の戦いを描きつつも、それ以上に、佐助が人間として現実というままならぬ壁にぶつかり、それを忍術の助けを借りてブチ破っていく姿が描かれている作品であります。
 その壁は次第に厚く、高くなっているように感じられますが、これまでで最も強固な壁に対して、佐助に何が出来るのか?
 説得力のある答えを期待したいところですが――


 それにしても、北倉から「忍びに名などないか」と言われて思わず名乗ってしまった佐助は忍びとしてどうかと思いますが、しかしそこに彼の人間性というものが垣間見られて興味深く感じた次第(そしてこれが恒例の「猿飛佐助」名乗りとなっているのもなかなか面白いではありませんか)。


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 「猿飛三世」 第2回「忍の巻」
 「猿飛三世」 第3回「風の巻」
 「猿飛三世」 第4回「人の巻」

関連サイト
 公式サイト

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2012.11.12

「忍剣花百姫伝 4 決戦、逢魔の城」 ついに集結、八忍剣!?

 空天の法により20年の時を超えた捨て丸。しかし元の時代に帰ろうとした彼女が辿り着いたのは、10年前の世界だった。それが魔王が八剣城を襲撃する直前であることを知った彼女は、城を、父・朱虎を救うため、八忍剣の力を結集して魔王軍に立ち向かう。果たして滅びの運命を変えることはできるのか?

 いよいよ全7巻の中間地点、第4巻まで来た「忍剣花百姫伝」。第3巻ではなんと時間を遡るという展開に大いに驚かせていただきましたが、この巻ではさらに意表をついた展開が待ち構えております。

 神宝・破魔の鏡の力で20年の時を超えた捨て丸(花百姫)。そこで時空を超える力を持つ空天の法の術者と出会い、その時代での魔王を撃退することに成功した彼女は、再び時空の扉を超え、20年後の元の時代に帰ろうとします。
 しかし、運命のいたずらか、神意によるものか、彼女が次に現れたのは、それから10年後、すなわち元の時代から10年前の時代であり――そしてそれは彼女が生まれ育った八剣城が魔王軍に攻められ、壊滅する直前の時間軸であったのです。

 そう、今回の舞台となるのは、第1巻の冒頭で軽く描かれるに留まった、全ての物語の始まりというべきあの時。
 あのシーンの裏側には、こんな物語が!? そしてあの場面とこの場面がこう繋がるのか!? と大いにテンションが上がります。

 そしてテンションが上がるといえば、これまで少しずつ顔見せされていた八忍剣の残りのメンバーが、ほぼ全員顔を揃えるのもまたたまらない。
 天外守部・白鳥霧矢・水魚郎・天魚といったこれまで登場した面々に加え、この巻では夢候・伊留加・醜草と一挙に3人が登場。これがまた、キャラ造形といい得意技といい、初登場にもかかわらず実にイイ味を出しているのであります。
(おや、一人足りないのでは…と思われるかもしれませんが、そこがどうなっているかは読んでのお楽しみ)


 しかし――確かに大いに盛り上がるのは事実なのですが、果たしてこれで良いのか、と同時に感じてしまったのもまた事実。

 ファンタジー的な側面が強いとはいえ、本作は時代もの。そこで時間を遡るというのだけでも十分危険球であるのに、本作ではさらに、歴史を、運命を変えようという試みが描かれるのですから――

 この点については、正直なところ、今後のストーリーがどう展開していくかわからない現時点では判断し難い部分があります。
 しかし、第3巻の感想で触れたように、時空を超えるという展開が、物語に、そして人物の関係性に縦方向の広がりを与えたことは、間違いなく事実でありましょう。

 本作においてその大半が集結した八忍剣。しかし彼らのうち約半数は、実は役目を受け継いだばかりの新しい世代であります。
 八忍剣は、長い時の中で顔ぶれは変われど、その使命を、技を、神宝を受け継いできた存在。彼ら一人一人の背後に、過去の忍剣士たちがおり、そして彼らの先には、未来の忍剣士たちがいるのです。

 本作の主人公は、もちろん捨て丸こと花百姫であり、彼女が受け継いできたもの、彼女を巡る人々との縦横の絆が、本作のドラマを構成していることは間違いありません。
 しかし彼女を守る八忍剣もまた、受け継がれてきた絆を背負う者たち。その絆が、運命の変転でどのように変わり、絡み合っていくのか――そのダイナミズムが、本作の魅力の一つであることは、これは間違いないかと思います。

 少なくとも、本書のラストで味わう感動は、この構造抜きにはあり得ないものなのですから――


 残すところはあと3巻。その中で花百姫と八忍剣の、そして他のキャラクターたちとの絆がどのように描かれていくのか――いよいよ文庫版を待っていられない、旧版でも良いので手を出してしまおうかと、真剣に悩んでいるところなのであります。

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忍剣花百姫伝(四)  (ポプラ文庫ピュアフル)


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2012.11.11

「『陰陽師』のすべて」 25年を振り返る充実のガイドブック

 先日、「陰陽師 酔月ノ巻」の紹介でも触れましたが、夢枕獏の「陰陽師」シリーズは今年で25周年。それを記念して、「『陰陽師』のすべて」と題したムックが刊行されました。

 インタビュー、対談、作品の舞台となった場所の案内、単行本未収録作品の収録、エピソード総解説、陰陽師&安倍晴明ブックガイドと、いわゆるガイド本的な内容となっている本書。
 正直なところ、ガイド本についてはしばしば痛い目に遭っているのですが(特に漫画のガイド本)、本書はかなりの充実ぶりで、大いに楽しませていただきました。

 やはりファンとしてはまず気になるのは単行本未収録作品だと思いますが、こちらはアンソロジーに収録された「花の下に立つ女」を掲載。
 博雅が夜笛を吹くたびに現れる謎の女性を描いた本作は、分量的にも内容的にも、短編というよりも小品と言うべきものかと思いますが、風景描写の美しさといい、儚くも美しい結末といい、(シリーズのお約束からは外れつつも)実に「陰陽師」的作品で、嬉しいボーナストラックであります。

 また、個人的に面白かったのがエピソード総解説。読んで字の如く、シリーズの長短編全作品の解説なのですが、その項目が面白いのです。
 というのも本コーナー、あらすじ、キーワード、名台詞・名フレーズが記載されているのはまず当然として、各エピソードで起きた怪異の内容、そして晴明への依頼人も記載されているのです。
 この辺り、ほとんどミステリものののエピソードガイド的で、少々意外にも見えますが、しかし本作の源流の一つにシャーロック・ホームズものがあることを思えば、頷けるものです。
(さらに、エピソードの舞台となった季節が記載されているのは、これは実に「陰陽師」らしい)

 また、解説に合わせて作者自薦のベスト11が挙げられているのも面白い。発表時期的にばらけたチョイスとなっているのが個人的には少々意外に感じましたが、しかしさすがにこの結果には納得。自分が大好きなエピソードが選ばれているのは、やはり嬉しいものです。

 もう一つ見逃せないのは、細谷正充氏によるブックガイド。「陰陽師」に先行する作品、そして以後に大量に発表された陰陽師ものをほとんど総ざらえした内容は、充実の一言。
 大いに楽しみつつも、妬み半分に突っ込めるところはないかと探してみたりもしたのですが、ほとんど隙のないラインナップで、他の陰陽師ものに興味を持った方にとってはマストと言ってもよい内容かと思います。


 実のところ、本書の何割かは再録(上記のブックガイドも含めて)ではあるのですが、しかし、これだけの内容を一冊にまとめてくれたのはやはりありがたいお話。
 「陰陽師」ファンであれば手にとってまず損はない一冊ではないかと考える次第です。

「『陰陽師』のすべて」(夢枕獏 文春MOOK) Amazon


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2012.11.10

「陰陽師 酔月ノ巻」 変わらないようでいて変わり続けるということ

 今年でなんと25周年という夢枕獏の「陰陽師」シリーズ。その最新巻である「陰陽師 酔月ノ巻」が発売されました。今回も変わらず、楽しく、恐ろしく、美しく、そして哀しい世界が展開されています。

 今回収録された作品は「銅酒を飲む女」「桜闇、女の首。」「首大臣」「道満、酒を馳走されて死人と添い寝する語」「めなし」「新山月記」「牛怪」「望月の五位」「夜叉婆あ」の全9作。

 ほとんどのエピソードは、いつものフォーマット――屋敷で酒を酌み交わしていた晴明と博雅のところに奇怪な事件が持ち込まれ、
「ゆこう」
「ゆこう」
そういうことになったのである
というあれ――に則った展開ではあるのですが、これまでも述べてきたように、むしろこれは安心の展開。
 いつもの二人が、いつものように怪事に挑む…その心地よさが、本書には、本シリーズにはあります。


 …と申し上げたばかりで恐縮ですが、本書で目を引くのは、そのフォーマットから外れた、いやそれどころか晴明も博雅も登場しない、あの蘆屋道満が主人公のエピソードがあることであります。

 それが「道満、酒を馳走されて死人と添い寝する語」。
 常日頃から信心厚く奇瑞を起こしていた男がつまらぬことでぽっくりと亡くなり、その葬列の前に道満が現れたことから、事態が思わぬ方向に転がっていく物語であります。

 本シリーズにおける道満は、正でもなく邪でもなく、強いていえば気儘としか言いようのない言動を見せる怪人物ですが、本作においても果たして何を考えているのかわからぬ行動を見せるうちに、事件を解決しているのが面白い。
 かと思えばその前の「首大臣」では、人の心の闇を啖って生きるなどと自称してメフィストフェレス的な役回りを見せており、本シリーズにおいて良いアクセントになっていることは間違いありません。
(ちなみに「夜叉婆あ」でも道満の人助けがあるのですが、こちらは物語自体が少々小粒の印象)

 そしてもう一作品、本書で驚かされたのは、「新山月記」であります。
 己の才能を恃む倨傲な男が、世に受け入れられることなく狂気して姿を消し、白楽天の詩を吟ずる虎となって都の人々を食らうようになる。ある晩、その虎と出会ったのは男の親友だった者で…
 という本作は、題名からも一目瞭然のように、中島敦の「山月記」を下敷きにしたもの。
 というより、原典では中国の唐が舞台だったものを、日本の平安京に移しただけではないかと、その意味でも驚かされるのですが、しかし本作は、結末近くで原典にはない、ある展開をみせることとなります。

 その詳細についてはもちろんここでは述べませんが、どこまでも皮肉で、残酷で、そして哀しい展開は、思わず天を仰ぎたくなるようなもの。
 実は晴明と博雅はほとんど傍観者に近い役回りなのですが、個人的には本書の中で最も印象に残った作品であります。


 変わらないようでいて、少しずつ変わり続けてきた本シリーズ。その様は、博雅がしばしば嘆じる、天然自然の変化の様すら思い起こさせるものがあります。
 自然が常にそこに在るように、本シリーズもまた、いつまでも在って欲しいと、そんな想いを新たにさせられた次第です。

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陰陽師 酔月ノ巻


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2012.11.09

「狐弟子」 ミステリ味を効かせた唐代奇譚

 唐の嗣聖年間、洛陽城中の破れ寺に狐の化身で占いの名人と評判の老人・毛潜がいた。そんな毛潜の前に現れた美少年・馬孝児は、狐になりたいと弟子入りを申し出る。狐になるために日々修行に励む馬孝児だが…(「狐弟子」)

 中国ミステリの名手・森福都による中国奇談を集めた短編集であります。
 それぞれは個々に全く独立した作品ではありますが、いずれも作者が得意とする唐代を舞台とした作品が収録されています。

「鳩胸」…韋后との血縁により長安で権勢を振るう大富豪。その家の対照的な二人の娘に挟まれた男が見た、二人の皮肉な運命。
「雲鬢」…表の顔は髪結い、裏の顔は盗賊の青年。新進士の男が芸妓を正妻に迎えるという美談の背後に彼が見たものとは。
「股肉」…身を以て義母の病を癒した孝女として評判の楽士の妻。ふとした事件から、その思わぬ素顔が明らかになっていく。
「狐弟子」…狐の化身と評判の占い師の前に現れた、狐志願の美少年。妻の不貞に悩む夫の相談に乗った二人の奮闘の顛末。
「石榴缶」…酒浸りの父に悩む少年が出会った占い師の姉弟。幽鬼の力で占いを行うという彼女の言葉が少年と父の運命を変えていく。
「碧眼視鬼」…人捜しのために長安に出てきた霊感を持った青年。彼は不運に取り憑かれたような娘と出会い、その理由を知るが。
「鏡像趙美人」…玄宗が愛した美女を描いたという幻の名画。双子の絵師によって描かれたその絵にまつわる奇譚。

 以上七編、どれも他所ではお目にかかれないようなユニークなものばかり。
 まさに爛熟期にあった唐という国の毒々しいほどに美しい有様と、それと表裏一体に存在する熾烈な権力闘争とそれに翻弄される(そして同時にそれにたくましく立ち向かう)人々の姿が、作者一流のミステリ味で調理された逸品揃いであります。


 そんな作品たちの中でも、私個人にとって、特に印象に残ったのは、「雲鬢」と「鏡像趙美人」の二篇です。
 髪結いにして盗賊の主人公が、美談の陰に隠されたある企みを暴くという武侠もの的な展開を見せつつも、その中で儚い男女の愛を描き――そしてラストでギョッとさせる「雲鬢」。
 容貌だけでなく、描くものも瓜二つの双子の絵師が宮中の思惑に動かされながらも描くことになった美人画が、彼ら自身にも、そして周囲の人間たちにも思わぬ波乱を巻き起こす様を、思わぬドンデン返しを交えて描いた「鏡像趙美人」。

 どちらも唐代という時代ならではの奇譚を、ミステリ味というひねりを加えることでピリッと引き締めてみせた佳品で、まず作者の代表作と言ってよいのではないか…というのは言い過ぎかもしれませんが、作者の作品の何たるかが良く表れた作品であることは間違いありません。

 もちろん、他の5篇もいずれ劣らぬ佳品揃いであり、人によって琴線に触れる作品は異なることでしょう。
 だいぶ以前に単行本で刊行されたきりなのが惜しまれる一冊ですが、ぜひ実際に手にとって、ご覧いただきたい作品集であります。

「狐弟子」(森福都 実業之日本社) Amazon
狐弟子

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2012.11.08

「腕 駿河城御前試合」第3巻 予断を許さない世界へ

 つい先日「戦国武将列伝」誌での連載が終了した森秀樹の「腕 駿河城御前試合」の第3巻であります。言うまでもなく南條範夫の名作の漫画化ではありますが、この巻では原作を離れた独自の物語を展開していくこととなります。

 寛永6年に駿河城の徳川忠長の御前で行われた11番の真剣勝負を描く「駿河城御前試合」。その漫画化である本作は、これまで6つの試合が描かれてきました。
 その試合順や、エピソードによっては出場剣士が変わったものもありましたが、概ね原作通りに展開されてきた本作。しかしこの第3巻に収められた3試合のうち、2つは完全に本作オリジナルのものであり、残る1試合も、原作とは大きく異なる展開を迎えることとなります。

 そのオリジナルのエピソードとは、「鼻」「女剣士磯田きぬ」の両編。前者は第7試合の禅智内供 対 戸田伝衛門、後者は多情丸 対 中村進吾を描いたものですが――原作をご覧になった方は一目瞭然の通り、この2試合に出場した剣士は、原作に登場しないキャラクターであります。
 そしてこの両編でそれぞれ主役となる禅智内供と多情丸は、それぞれ「今昔物語集」をベースとした芥川龍之介の短編小説の登場人物が元となっています。

 「鼻」の禅智内供は、人並み外れて長い鼻に強いコンプレックスを持つ人物。親の顔も知らぬ捨て子として育ち、せめて心清く生きようと願っていた彼は、しかし戦乱の中で激しく歪み、無頼の徒に堕ちていくこととなります。
 一方、「女剣士磯田きぬ」の多情丸もまた無頼の男。かつて腹を減らして盗みに入った村で袋だたきにあった上、片足を斬り落とされたことを恨み、徒党を組んで村を襲い住民を皆殺しにせんと企む男であります。

 実はこの二人の無頼漢の人生に絡むのが、第6試合で座波間左衛門と戦った女剣士・磯田きぬ。
 間左衛門によって顔に醜い傷を負わされ、家族も含めた人生を滅茶苦茶にされて放浪を続けながらも清い心を失わない彼女の存在は、二人の無頼漢の心にも影響を与えることになるのですが…

 正直なところ、ここでなぜ今昔、なぜ芥川、という印象は強くあります(私の記憶が正しければ、「鼻」は以前作者が描いた別の作品のセルフリメイクだったように思うのですが…)。
 さらにまた、二話に渡って磯田きぬがヒロイン役を務めるのにもなんとなく座りが悪いものがあり(もっとも、この辺りについては最終巻である第4巻の感想で触れることがあるかと思います)、この2編をどう受け止めるべきかは、未だに悩ましいところであります。


 こちらに比べると、かなり原作に近い形となっているのは原作の「破幻の秘太刀」を元とした「石切り大四郎」。
 その刀で石を斬ったことから「石切り」の異名を持つ豪傑・成瀬大四郎と、美貌の邪剣士・笹島志摩介が試合を行う点は原作でも本作でも共通であり、剣と家庭と、大四郎が心の内に抱えた鬱屈もまた、原作を踏まえたものであります。

 しかし仰天させられるのは、御前試合で行われる二人の戦いの姿、試合のスタイルであります。
 そんな馬鹿なと思いつつも、この御前試合であれば…と妙に納得させられるその試合の様とその結末は、まさに切れ味抜群、というほかありません。


 後半戦に入り、全く予断を許さない世界に踏み込んできた本作。
 残るは2試合、果たしてどこから何が飛び出してくるか――そして結末に何が待っているのか、最後まで気が抜けません。

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2012.11.07

「笑傲江湖」 第37集「野望と別離」/第38集「琴瑟相和す」

 さて、ドラマ版「笑傲江湖」も残すところわずか4話となりましたが、この第37,38集は、今頃こんな話やってる場合か! と言いたくなるような展開(そして演出もボロボロ)。クライマックスに向け、色々と不安になってきました。今回は2話まとめて紹介します。

 何だか突然ベタベタといちゃつき始めた令狐冲と任盈盈。君たち何かあったね、と思いつつ、まずはとりあえずは恒山に帰らねばなりませんし、前回失明した林平之に付きそう霊珊も心配であります。
 と、平之と霊珊をうかがうあからさまに怪しい黒装束。果たしてその正体は…と思っていると宿屋に乱入してくる青城派残党。本来であれば視力がなくともバカ強いはずの林平之はあっさりと捕まり、令狐冲の救援も空しく霊珊も捕らわれてしまいます(ちなみにこの辺、シーンのつなぎ方がメチャクチャ)。

 囚われの平之が霊珊に自分のこと、岳不群のこと洗いざらいぶちまけていると(しかし平之よ、本当になぜあと一晩待てなかったのか…確かにあの時代、復仇は愛情に勝りそうですが)、そこに二人を助けに現れたのはあの黒装束。
 盈盈に全く敵わなかったが青城派の下っ端には負けない程度の腕前の怪漢の正体は――行方不明だった労徳諾。実は左冷禅のスパイだった彼は行き場をなくし、林平之に対し手を組んで岳不群を殺そうと持ちかけます。

 これを受け入れた平之は、自分にも父親にもつかないという霊珊を、なんとあのあの玉石雌雄剣でブッスリ。平之らが立ち去った後に駆けつけた令狐冲に、霊珊は苦しい息で願います。私の夫、林平之を守って…と。
 最後の最後まで、霊珊の心は平之とともにあったのね、無神経ではありましたが決して悪い子ではなかったのに…と思わず粛然とした気分になりましたが、令狐冲の悲嘆はいかばかりか。

 ついには失神してしまった彼が意識を取り戻して見たのは、岳不群を捨てて華山に帰る途中に偶然この悲劇を知った寧中則の姿。同じく悲嘆に暮れる寧夫人をなだめるように、養子となることを申し出た令狐冲は、彼女とともに嵩山に戻るのでした。
 と、嵩山の令狐冲のもとに大胆にも現れたのは向門天。任我行の使者として、令狐冲を再びスカウトに来たのですが、もちろんその答えは否。しかも、任我行の命で忍んでいた華山派の弟子に見つかり、かえって令狐冲を窮地に陥れることに。

 …というか、ここで弟子に命じ、館ごと令狐冲を爆破しようとする岳不群。いくらなんでも無茶苦茶ですが、寧中則により令狐冲は逃がされるのでした(そしてまたメチャクチャなシーンつなぎ)。

 しかしなおも続く令狐冲の受難。そこまでスカウトを拒むならば…という任我行の謀略で、令狐冲は任我行を救出し、東方不敗を倒して任我行の教主就任を助けた、とあながち嘘でもない噂を流された令狐冲は、江湖に身の置き所がなくなってしまいます。
 とりあえず掌門を辞任して恒山派に迷惑をかけまいとする令狐冲は、盈盈脅威のメイクアップで(何故か)恒山派の下働きのおばさんに変装。これまで触れる機会がありませんでしたが、耳が聞こえないのをいいことに、儀琳の乙女の妄想をいつも一方的に聴かされていた人物であります。

 その頃、恒山派の弟子たちは、定逸師太の死因と、盟主決定戦で岳不群が使った技を照らし合わせて、岳不群を定逸師太暗殺犯と断定。自分たちだけの手で仇を討つべく、特訓に励む最中。
 その中でも令狐冲への想いが捨てきれない儀琳は、例によっておばさんに語りかけるのですが…おばさんが喋った!

 実はおばさんこそは行方不明だった儀琳の母(不戒和尚どこ見てんねん)。儀琳の想いを知った彼女は、令狐冲が自分に化けたのを良いことに、令狐冲(と盈盈)を捕らえると、儀琳との結婚を強要します。

 ああ、原作でもこの時期にやる話か…ドラマ版では省いて良いのにと思った話を、ラスト数話になってやるとは。
 とさすがに呆れましたが、たぶんさらに呆れたのは令狐冲・盈盈・儀琳の面々。三人から集中砲火を浴びて(特に娘からドン引きされて)儀琳母は退散します。

 そこに現れた不戒和尚に、令狐冲は何やら耳打ちして――という本当にどうでもいいところで終わった今回。
 正派と邪派が、それぞれの奥義を究めたいわば最終兵器として令狐冲を自陣に引き入れようとする(さもなくばヌッ殺そうとする)という、非常に緊迫した状況の中、バカ夫婦の痴話喧嘩で武林が滅びかねぬ…と頭が痛くなった次第です。
 本当にあと2話で終わるのかしら…

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2012.11.06

「戦都の陰陽師 騒乱ノ奈良編」 陰陽師と忍びの死闘、再び…

 魔を滅ぼす霊剣・速秋津比売の剣を出雲から持ち帰り、京を救った土御門光子。しかし魔天の四天狗を名乗る魔物が土御門家を襲撃、剣が奪われてしまう。剣が松永久秀の多聞山城にあることを知った光子は、再び疾風ら七人の伊賀忍者とともに奈良に向かう。しかし久秀の背後には魔人・果心居士の姿が――

 「忍びの森」で時代伝奇ファン・忍者ファンを驚かせ、続く「戦都の陰陽師」でも読者を唸らせた武内涼の第3作は、「戦都の陰陽師」の続編であります。
 松永久秀が東大寺の大仏を焼いたことにより生じたほころびから現世に侵入した強大な天魔に対し、かつて安倍晴明が封じた速秋津比売の剣を出雲から持ち帰り、天魔を封じた土御門家の姫・光子。
 彼女と、彼女を守る七人の伊賀忍者の戦いが、ここに再び始まります。

 正しき心で使えばあらゆる魔を討つものの、悪しき心で使えば魔物はおろか、この宇宙の全てを焼き尽くすという霊剣。光子たちがこの霊剣の新たな封印先を探していた矢先に、新たなる敵が出現することになります。。
 その敵とは、波旬坊・松明丸・立烏帽子・是害坊――魔天の四天狗。霊剣が安置されていた土御門家を襲った四天狗は、光子の祖父にして陰陽道の達人・有春を激闘の果てに深傷を負わせ、霊剣を何処かに持ち去ってしまいます。

 四天狗の背後にいたのは、裏蘆屋の妖術を操る謎の魔人・果心居士、そして彼と結んだ松永久秀――光子と七人の忍者は、霊剣が運ばれた多聞山城に向かいますが、そこは今まさに松永と三好三人衆、そして筒井順慶の戦いが繰り広げられる激戦地。
 古都が戦火に包まれ、果心による妖魔が徘徊する中、光子たちは多聞山城への潜入に挑むことになります。


 「忍びの森」ではトーナメントバトル、「戦都の陰陽師」では山野を逃走しながらのゲリラ戦と、それぞれの形で忍者の戦いを描いてきた作者ですが、本作で描かれるのは警戒厳重な城砦への潜入。ある意味忍者の本道とも言えるミッションであります。

 もちろん、光子や疾風たちの戦いが、潜入だけですむはずもありません。敵は当然、光子たちが奪還に訪れることを察知して、松永の軍兵、そして果心配下の外法僧たちを放って警戒を強めます。
 かくて、忍術・武術・陰陽術・妖術がここに再び繰り広げられるわけですが、こちらはもう安心のクオリティと言うべきでしょう。
 人知の限りを尽くした秘術と、物理法則すら無視した魔界の力、両者のぶつかり合いを描く作品は決して少なくありません。
 しかし、時に執拗に、時に大胆な省略を交えて描く作者独特の描写は、戦争というある意味最も現実的な行為と、その中で展開される超常の争闘を、違和感なく融合していると感じられます。


 もっとも――本作に対する不満は少なくはありません。

 何しろ本作は展開が遅い。潜入作戦には周到な準備が必要とは言っても、本格的に動き出すのが本当に終盤であり――そしてこれは少々ネタバレではありますが――一応の締めくくりはあるものの、物語は真の決着を見ていないというのは、やはりいかがなものかと感じます。
 これには、閉鎖空間でのトーナメントバトルや、敵に追われながらの逃走行に比べれば、本作の、待ち構える敵のもとに潜入するというシチュエーションに、ある意味戦いの必然性・緊急性が少ないことはあるかもしれませんが…

 さらにこうした展開の下では、作者の独特のリズム感を持つ文体、そして作中世界と現代を照らし合わせる形で描き出す作者独自の思想・主張が、より目立って見えることも事実であり、正直なところ、合わない方には合わないでしょう。


 この点どのように消化・昇華されることとなるのか――その辺りも含めて、まず間違いなく発表されるであろうシリーズ第3作目が待たれる次第です。

「戦都の陰陽師 騒乱ノ奈良編」(武内涼 角川ホラー文庫) Amazon
戦都の陰陽師  騒乱ノ奈良編 (角川ホラー文庫)


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2012.11.05

「孔雀王 戦国転生」連載開始 孔雀、戦国に立つ!?

 第一報を聞いた時、誰もが耳を疑ったであろう「孔雀王 戦国転生」の連載が、リイド社の「戦国武将列伝」の今月号から開始されました。他のなにものでもない、荻野真の「孔雀王」最新作であります。

 「孔雀王」は、「ヤングジャンプ」誌に長期連載された、世の裏で妖魔を滅する使命を持つ裏高野の退魔僧・孔雀を主人公とした伝奇アクション漫画。
 シリーズの方は、第1作終了後に「退魔聖伝」「曲神紀」と断続的に続編が描かれ、つい先日には出版社を変えてエピソードゼロとも言うべき「孔雀王ライジング」の連載が開始されたと思いきや、新作がここでも連載されるとは…

 しかし戦国、の名に違わず、本作の舞台となるのは戦国時代、登場するのは織田信長、木下藤吉郎――確かに戦国ものではありますが、信長の姿は怪しげな美少年、藤吉郎は「猿」の愛称そのままの類人猿さながらの外見と、早くも不穏な(?)展開であります。

 しかし、魔童子然とした信長と対照的に、藤吉郎は外見とは裏腹の好人物。今回はその藤吉郎のもとに、「ねね」が嫁入りする姿が描かれることとなります。
 が、輿入れの当日から、その美貌で周囲の男たちをたらし込む「ねね」の正体は、実は奇怪な姿を持つ妖魔。
 そして、藤吉郎と真のねねを守って妖魔の前に立ちふさがるのは、あの孔雀――!


 というのが第1話の内容ですが、これがビジュアルといい展開といい、良くも悪くも「孔雀王」。
 エロありグロあり(今回登場する妖魔の造形はこの両方を兼ね備えて、いかにもという印象)、そしてラストには活劇あり…昔から「孔雀王」を読んでいる方であれば、想像以上に違和感なく本作を受け止めることができるのではないでしょうか。


 しかし読者にとって最も興味を引くのは、本作に登場する孔雀が、あの孔雀か、ということでしょう。
 本作の孔雀は、藤吉郎の家の居候という設定。無精髭を生やして酒に溺れた、かなりやさぐれた印象ですが、しかしなんだかんだで人が良く、強力な法力を持つ辺りは、我々の良く知る孔雀その人であります。

 この辺りはおそらく、いやまず間違いなく
本作最大の謎であろうかと思いますが、この第1話のラストでの孔雀の「とてつもない呪を与えられこの世界に討ち払われたただの負け犬だよ」という台詞を見るに…どうやら面白い展開となりそうであります。

 いずれにせよ、シリーズ第1作が、1985年と実に約30年前に始まった「孔雀王」。その孔雀が、時を超えここに(いささかやさぐれたとはいえ)登場したというのは、なかなか感慨深いものがあります。


 それにしても「戦国武将列伝」は、本作だけでなく、まだまだ先の読めない長谷川哲也「セキガハラ」の連載が始まったり、次号では楠桂の戦国ホラー読み切りが掲載されたりと、色々な意味で実に面白い雑誌であります。
 この先も何が飛び出してくるのか、大いに気になるところです。

「孔雀王 戦国転生」(荻野真 リイド社「戦国武将列伝」連載)

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2012.11.04

「猿飛三世」 第4回「人の巻」

 右大臣家に招待されて琴を弾くことになったお市に供しようとするが、家格を理由に断られてショックを受ける佐助。一方、京で暮らし始めたさぼてんや才蔵もそれぞれに問題を抱えていた。悩み続けた佐助は、牢人狩りの役人を前に「人」の力に目覚めて大暴れする。その頃、所司代では新たな陰謀が…

 全8回のうちもう前半ラストの第4回は「人の巻」。佐助たち三人忍者が、人の世の現実というものに直面することとなります。

 何だかんだで京で暮らし始めた佐助・才蔵・さぼてん(あと佐助母)ですが、働かざるもの食うべからず。ほかの二人がそういう側面では普通に頑張っているのに対し、生活力のない佐助は日銭を稼ぐのも苦労している印象です。

 そんな状況でもお市様に櫛をプレゼントしようとするのは、ほほえましいと言えばほほえましいのですが、供として外出するのを拒否されるという、身分の差をそれとなく、いやはっきりと思い知らされて、釈然としない想いを抱くこととなります。
(それを言葉にして叩きつけるのが、佐助の○○であることが明白となった――まあ、今までもバレバレではあったのですが――徳三郎というのはなかなか面白い)

 もっとも、ままならぬ想いを抱えるのは、ほかの二人も同じ。
 さぼてんは町で出会った僧に叶わぬ想いを抱き、才蔵は方便に選んだ取り立て屋として長屋から追い払った浪人父子の父が行き倒れて亡くなったことを佐助や子供に責められ…
 どちらも自分自身ではどうにもならない、しかし周囲からは非難されてしまうという状況に陥った中で、どうすればよいのか? 今回のテーマは、ここに集約されるかと思います。

 結論から言えば、これに対し、明確な答えが示されることはありません。三人三様の悩みは、彼ら自身の手ではなく、ある意味状況が解決することになります。
 既にお馴染みになった佐助覚醒も、今回は幕府の牢人狩りに巻き込まれた件の牢人の子を助けるために役人相手に暴れ回るというシチュエーション。
 確かに牢人狩りはひどすぎるものだったとはいえ(ってこんなに豪快にやってたかは知りませんが)、この辺りはほとんど八つ当たりで、これで人の道に目覚められても…とは思います。しかしその反面、ギャグかシリアスか中途半端なよりも、今回のようにままならぬものをままならぬままで終わってしまうような話の方が、よいのかもと思ったのも事実ではあります。

 が、本当にそんなモヤモヤを抱えたまま終わったら良かったのですが、そこに取ってつけたように(本当に!)服部伴蔵の配下で前回も登場した黄不動が襲いかかったのは興ざめの一言。
 その闘いの結果も不完全燃焼で、これは本当にどうしてこうなった感しか残りませんが…


 それにしても、佐助とお市の身分の差を描くのであれば、お市の結婚の話の方が…と思っていたら、次回はまさにそのエピソードということ。今度こそままならぬままに終わってはまずい話に、どう決着をつけるのか?



関連記事
 「猿飛三世」 第1回「秘伝七術の巻」
 「猿飛三世」 第2回「忍の巻」
 「猿飛三世」 第3回「風の巻」

関連サイト
 公式サイト

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2012.11.03

「いくさの子 織田三郎信長伝」第3巻 父と子の涙!

 織田信長の少年時代を描く原哲夫「いくさの子 織田三郎信長伝」第3巻であります。
 この巻では、信長自身というよりも、その父・信秀の最期を中心に、物語が展開していきます。

 元服し、うつけの仮面の下で着々と将来に向けた地固めをしていく信長。南蛮人シスコ、そして快僧…というよりも乱僧・沢彦宗恩の下で、配下の不良少年たちと理想の軍――後の母衣衆に繋がる――を作るべく、野山を駆け巡る毎日であります。

 しかしこの時期の尾張は内憂外患――辛うじて織田信秀がまとめていた国内は、織田一門の中でも公然と反旗を翻す者が現れるなど、乱れる一方。
 そして国外では、前巻より登場の「ノオウ!」の今川義元と太原雪斎が、さらに娘を信長と娶せたとはいえ全く油断のならぬ美濃の蝮・斎藤道三が、国内の乱れに乗じて尾張を奪うべく虎視眈々と狙っております。

 そんな中、尾張の自由のため戦い続けてきた信秀ですが、尾張の虎と恐れられた彼も病み衰え、ついに最期の時が迫ることとなります。
 ちなみにここで信秀が語る「自由」が、明らかに近代的な自立・自決の概念なのですが、信秀自身の口で「気ままに生きること」ではないと、当時の自由概念を否定しているところを見ると、これはわかってやっているのでありましょう。

 閑話休題、史実ではその葬式で、信長が遺影に抹香を投げつけたというエピソードで名高い(?)信秀ですが、本作においては、その父と子の絆は揺るぎないもの。
 国内を引き締めるために、最期の出陣を行い、見事に勝利した信秀に対する、信長の奇想天外かつ心の籠もった出迎えの様は、間違いなくこの巻のクライマックスと言えるでしょう。

 実のところ、父と子の別れがメインとなるこの巻は、冒頭に述べたとおり信長のサイドの動きは小さく、その意味では地味な印象を受けるます。
 しかし、この巻で幾度となく描かれる、男臭い連中が堪えに堪えた末にぶわっと涙を流す姿は、これぞ原哲夫節、とでも言うべきドラマ描写で、これはこれで悪くありません。

 また、史実では諸説ある信秀の没年ですが、本作ではそれを利用して、信秀の死を隠すべく影武者を用意していたという設定も面白い。
 この影武者が、剛毅なのか弱気なのかわからない(しかし戦場で受けた傷がもとで、明日をも知れぬ身という)キャラなのもユニークで、今後が楽しみなキャラクターがまた増えた、という印象であります。


 ただ一つ残念なのは、単行本の帯の「信長とこの男の運命が交わる!! 稀代の軍師明智光秀参戦!!」というアオリが明らかに言い過ぎなことで――実際にはほとんど顔見せのみ。
 もちろん、本当に信長と光秀の運命が交わる日もさほど遠くはないのでしょうが…

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2012.11.02

「曇天に笑う」第4巻 残された者たちの歩む道

 300年に一度復活する人類の敵・オロチ(呪大蛇)。明治の世にその時を迎え、オロチに抗する人々の姿を描く伝奇アクション「曇天に笑う」、激動の第4巻であります。

 復活の時に、人間を器として選ぶというオロチ。今回の復活の時に選ばれたのは、主人公たる曇三兄弟の長兄・天火だった…!?
 というだけでもインパクトが大きすぎるところに、前巻のラストでは事が露見した天火が処刑されるというあまりにもショッキングなシーンで終わった本作。

 読者にとってもショックなのですから、兄を失った兄を失った空丸と宙太郎の衝撃はいかほどのものか…
 しかし、二人はそれぞれの形で、その衝撃を受け止め、前に進み始めます。…その形が、必ずしも正しいものとは言えないのが、また物語をややこしくしてくれます。

 かたや、兄の親友であり、対オロチ特殊部隊・犲の隊長・安倍蒼世の下で、これまで以上に剣術の修行に打ち込むようになった空丸。
 自分は兄にはなれない、しかし自分には自分にしかできないことがある――その想いを胸に前向きに成長していく彼の姿は、まさに少年漫画の主人公であります。
(そして、彼の修行シーンを通じて、犲と曇家、そして獄門処に潜む仮面の男の因縁が描かれるのも実に面白い)

 一方、どう見ても間違った方向に進んでいるのが宙太郎。獄門処から脱走した人斬り・嘉神の甘言により、兄を処刑した新政府への恨みを募らせた宙太郎は、嘉神と行動を共に
することになります。

 空丸の方が、かつて獄門処で行動を共にしたはぐれ風魔の少女・錦と出会い、交流を深めるなど確実に良い方向に向かっている一方で、宙太郎は無頼の嘉神と行動を共にして危うく野盗の真似事をさせられるなど、どう見ても闇落ちの方向に…


 残された兄弟の行動にやきもきさせられる一方で、その他のキャラクターたちの動静からも目が離せません。
 残された二人を案じる元風魔の頭領・白子、その彼とも因縁を持つ仮面の男、そして犲の上に立つ岩倉具視も知らぬ動きを見せる政府の一派とそれと結ぶ謎の男・比良裏(その名前は…!)

 すでに三兄弟だけで収まらぬ数々のキャラクターたちの因縁が入り乱れ、そのダイナミズムが物語を動かしていくというのは、まさに伝奇ものの醍醐味。
 ほとんど役者は出揃ったであろう、ここからがおそらく本番。オロチを巡る物語が果たしてどこに向かっていくのか、全く先が見えないだけに、何とも心が躍ります。


 いや、もう一人、役者が欠けている――と思いきや、その彼がこの巻のラストで思わぬ姿を見せ、一気にこちらのテンションも上がる!
 と思いきや、その直後にまたもや最大の悲劇が待ち受けていようとは…

 まったく、この作品にはこちらの気持ちをいいように振り回されているようですが、それもまた優れた物語の醍醐味。まだまだいくらでも振り回していただきたい、そんな作品なのであります。

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2012.11.01

「おコン! 狐闇 夢幻組あやかし始末帖 百鬼夜行に花吹雪2」 敵は30万狐軍!? 飛べ竜之進!

 「夢幻組」の組頭・月影竜之進が察知した妖狐たちの人間界侵略。30万を超える狐族が、江戸を狙っているというのだ。時を同じくして、夢幻組のメンバーで稲荷憑きの娘・お紺が行方不明となった。果たして彼女は狐族のスパイなのか? 戦力を欠いた夢幻組に三大妖怪が襲いかかる! 江戸の運命や如何に!?

 江戸のゴーストハンター、いや江戸の魔術戦士と言うべきでしょうか、江戸を脅かす妖怪や怪異と対決する「夢幻組」の第二の冒険が発売されました。

 普段は黒眼鏡姿でうだつのあがらない同心、実は霊刀・村雨と数々の霊能力を振るう月影竜之進を組頭に、士農工商+αのいずれも一芸に秀でたメンバーから構成された「夢幻組」。
 前作では尾張大納言に取り憑いた大妖・牙御前と対決した夢幻組ですが、本作の敵は、黒の左大臣なる妖狐操る3匹の大妖怪、そして狐軍団30万であります。

 その戦いの前兆となったのは将軍吉宗の生母・浄円院を襲った譫妄状態。彼女が口にしたという謎めいた言葉や和歌の数々に、竜之進は妖狐たちが江戸を狙っていることを読み取ります(この辺り、実に作者らしい伝奇ホラータッチの描写が嬉しい)。
 早速江戸の防備に走る夢幻組の面々ですが、気にかかるのは、メンバーの一人であるお紺が行方不明となっていること。彼女は実は稲荷憑き、稲荷と言えばもちろん付きものは狐――そしてその悪い予感を裏付けるように、彼女の前に、同輩を名乗る狐族の男が現れることとなります。

 かくて夢幻組分裂の危機の中、黒の左大臣が叩きつけてきた挑戦状に則り、魔界から現れる三つの大妖怪。果たして竜之進と夢幻組は大妖怪を倒し、妖狐の大群から江戸を、江戸城を守ることができるのか!? というわけで、前作以上の大バトルがここに繰り広げられることとなります。

 前作の紹介でも述べたように、いまや文庫書き下ろし時代小説界では一つのサブジャンルとなった感のある妖怪もの。
 その中でも本作は、おそらくは最強の武闘派、襲い来る奇怪な妖怪たちを、竜之進たちが時に武の力で、時に知恵と勇気で痛快に撃破していく様は、長きにわたって伝奇・ホラーエンターテイメントの世界で活躍してきた作者ならでは、と申せましょう。

 特に終盤、敵の主力の妖狐軍が江戸城に迫る中、敵の陰謀で浅草に誘き出された竜之進が、如何にして江戸城に駆けつけるのか? というシーンは、本作から読む方であればあまりのことにひっくり返るでしょうし、前作からの読者であれば「来るか…来るか…来た!!」と快哉を叫ぶこと必至のクライマックスであります。

 一方、シリアスな部分と同時に、コミカルな味付けも忘れていないのが本作。ホラーと同時に、ナンセンス・コメディのジャンルでも名作を発表してきた作者らしく、緊迫感溢れるシーンで、登場人物がすっとぼけた会話をかわすなど、緩急巧みな使い分けと言うべきでしょう。

 もっとも――これはギャグの意味もあると思うのですが――登場人物の台詞で、複雑な状況や概念をほとんど全て説明してしまうスタイルには、好き嫌いが分かれるかもしれませんが…


 前作の紹介でも触れましたが、正直なところ前作の段階では、キャラクター描写やシリアスとギャグの使い分けなどにまだぎこちない部分が感じられました。
 これはシリーズ第1弾ということもあってでしょうか、本作においてはかなり解消された印象があります。特に竜之進とお紺以外の夢幻組の面々――妖怪等の知識に長けた郷士・柴三郎、力自慢の宮大工・太郎吉、裏社会に通じ礫術の達人の香具師・半蔵、そして前作から加わった仔狸の黒右衛門――にもそれぞれの出番があるのは、特に本作のような作品においては好印象であります。

 もっとも、この作者であれば、まだまだ先がある、もっともっと凄いものが描ける、というのもまた、昔からのファンとしての正直な印象でもあります。

 いよいよノってきた感のある本シリーズ、第3弾では果たして何を見せてくれるのか――楽しみにしていて間違いはないでしょう。

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