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2012.11.22

「踊る猫」 蕪村と怪異を結ぶ優しい視線

 人と亡魂の交流を温かくも美しいタッチで描き出した「梅と鴬」で第三回小説宝石新人賞を受賞した折口真喜子の初単行本は、かの与謝蕪村を狂言回しとした作品集。蕪村が出会った不思議な事件、妖かしの数々で描く短編連作であります。

 与謝蕪村がいかなる人物であるかについて、江戸時代中期の俳人であり、蕉風(正風)回帰を唱えた俳諧中興の祖である――などと、ここでくだくだしく述べるまでもないでしょう(ただし、南画の大成者としても知られる画家でもあったことを知っておくと、本書はさらに楽しむことができるでしょう)。

 本書は、その後半生に京で暮らす蕪村を中心に据えて、この世の様々な不思議と――そして美しい事物の数々を描き出します。

 蕪村と不思議・怪異というのは意外な取り合わせのようにも感じられますが、蕪村は「蕪村妖怪絵巻」として知られるユニークな絵巻(絵物語)を遺したことでも知られるように、妖怪のような妖かしの世界に、ポジティブな態度を取った人物であります。
(ちなみに山田風太郎ファンであれば、「甲賀衆が忍びの賭や夜半の秋」という句をご存じかもしれません。これも一種の妖かしの世界でしょう)

 その意味でも、蕪村を狂言回しに選ぶという視点にまず感心させられるのですが、さて実際の物語の方はといえば、これがなかなかバラエティに富んでおります。
 本書に収録されているのは、かつて諸国を放浪していた際に山中に迷い込んだ先で出会った不思議な者たちを描く「月兎」のように、蕪村が直接見聞きしたものだけではありません。
 島原の太夫がかつて川で出会った不思議な存在が彼女の運命を変えていった様を描く「かわたろ」、茶会で盲僧が野ざらしの骸骨から感じ取った数奇な物語を語る「雪」のように、蕪村が出会った人々が物語る作品もあり――色とりどりとでも言いたくなるような作品群であります。

 しかし、そんな中でも貫かれている視点があります。それは、生きた人間も亡くなった者も、動物も妖かしも、自然の風物も超自然の怪異も…皆等しくこの世に存在するものとしてあるがままに受け止め、それを愛しいものとして見つめる――その視線であります。(実は本書には、妖かしの類と関係ない作品も幾つか収録されているのですが、しかしそれらの作品においても、もちろんこの視線は健在であります)

 そしてそれが、蕪村の俳句や絵画に現れた彼の姿勢と重なるものであることは言うまでもありません。
 実際のところ、本書に収録された作品の数々は、背後にあるドラマを想像させつつも決して押しつけがましくなく、むしろ素朴な美しさすら感じさせる物語ばかりであります。

 「妖怪もの」というくくりで語ってしまうと誤解を招く――むしろ有害ですらあるかもしれない――作品集ではありますが、しかし妖かしを通じてでなければ描けないもの、妖かしを通じることでより印象的に描けるもの、そうしたものを集めた佳品なのです。


 もっとも、褒むべき点ばかりではありません。これは作者のスタイルかとは思いますが、文体が(特に会話において)饒舌になりすぎる点、全てを文章で説明しようとする点が、読んでいてかなり気になりました。
 特に本作のような俳句を題材の一つとした作品においては、これはむしろマイナス――少なくとも作中で引用される俳句と噛み合わせがよろしくない――でありましょう。

 もちろんこれが作者の第一作であることを考えれば、この点はこれから解消されていくのではないかと期待しているのですが…


 なお、本書には、冒頭で触れた作者のデビュー作「梅と鶯」が併録されています。
 見鬼の才を持つ植木屋と、若くして亡くなったばかりの武士の新妻との交流を描く本作は、蕪村の登場する作品群とは全く独立した作品ではありますが、しかし作中の人物、事物に向ける視線の優しさは、共通したものとして感じられるのが実に興味深い。
(意地悪なことを言えば、欠点も共通なのですが…)

 おそらくはこの優しさこそが作者の持ち味、これからもこの眼差しでもって、この世に在ることの素晴らしさを描き出していただきたいと願う次第です。

「踊る猫」(折口真喜子 光文社) Amazon
踊る猫

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